幕間2
港沿いの倉庫街には、輸入品や輸出品を一時的に保管しておける倉庫がいくつも密集している。
もちろん使う予定がない場合はシャッターが閉まっているが、シャッターとは別に、人ひとり分通れるドアはしっかりついているため、鍵を閉め忘れるとホームレスのたまり場になりやすかった。
鍵のかかっていない倉庫内にて女性の自殺遺体を見つけたのは、そのホームレス達だった。
女性は40代ぐらいで、身なりがとても薄汚れていた。
でも、遺体のそばには充電の残ったスマホや、最近のレシートが何枚か散らばっていたので、ホームレスというわけではなく、死に場所を求めてここへたどり着いた風でもあった。
そう、彼女もまた、あの郷田六郎に恐喝されていたうちの1人で、人生に何も見い出せなくなり、絶望して死を選んだのだった。
ねえ、伝説の刑事って知ってる?
警視庁の組織犯罪対策部はいま、その話題で持ちきりだった。
「ほらっ、その人が捜査1課に配属される前まではさ、捜査が半年も難航してた連続殺人があっただろ。でもその人はね、配属初日で捕まえちゃったんだよ」
「あー、たしかに。だから刑事部の連中、みんな揃って苦虫噛みつぶしたような顔してたのか」
「しかも、その刑事、たった7日間で別の課に自ら異動届出したんだぜ。もっと条件のいい昇進話もあったのに、それすら蹴ってな」
そんな話がなぜいま盛り上がっているのかというと、鮫山組をたったひとりで潰したのが、その刑事だったからだ。
加賀城は今、警視庁内の、あるフロアを訪れていた。
そのフロアには、威厳を漂わせた初老の男が数名、加賀城と向かい合うようにして、高そうな椅子に腰を下ろしている。
警視総監の姿も横にあった。
「加賀城くん、君の活躍には目を見張るものがある」
フチなし眼鏡が特徴の細身の男が、鋭い瞳を光らせている。
名前は知らない。おそらく、警察庁の方々だろう。
「君のおかげで鮫山組はなくなった。奴らはこの国にとって、ガンだったからね」
「………………………」
「そんな君に頼みたい事があるんだよ」
「頼みたい事?」
「そう、頼みたい事だ。君は………フォーカスモンスターについては知ってるかな?」
「フォーカスモンスター…………」
もちろん知っている。
あの高校生が児童養護施設跡前で死ぬまでは、ただの都市伝説として話のネタにされるだけの存在だった。
だけど、少しずつだが、恐怖という形で広がりつつある。
フォーカスモンスターは本当にいると。
妖怪と一緒だ。少々不自然な形で人が死ぬと、それを異形の仕業にしたがる。なぜなら、その方が盛り上がるし、戒めとして、子供たちに語りやすいからだ。
まあ、フォーカスモンスターがいるかいないかは別にして、誰かの意思が働いているのだけは加賀城は見抜いていた。
なぜなら、視えたからである。児童養護施設跡前と、そして、あの郷田六郎が死んだオフィス付近にかすかに残っていたものがあった。
殺意……というよりかは、おどろおどろしい呪いの念のようなものが、うねうねとしたガスのような形であったのだ。
まあこんな事、他の人に言ったところで、鼻で笑われるのがオチだが。
「そのフォーカスモンスターを殺してほしいんだよ」
みんなの視線が、加賀城に一点集中している。
加賀城は心の中で深いため息をついた。そして、こんな事を思った。
ああ、そんな事だろうと思ったよ。
彼らは、フォーカスモンスターを加賀城が殺した際は、もみ消す事を約束してくれた。あと、精神科警課にも、少しばかりのお金を回してくれるとも言ってくれた。
加賀城は「お互い大変な立場ですね」と言って、退室した。加賀城に続いて、警視総監もまた退室する。
そして、2人が出て行ってからしばらくしないうちに、着信音が鳴り響いた。
眼鏡の男はすぐさまスマホを脇から取り出し、電話にでた。
そしてこう言葉を続けた。
「ああ、これはどうも。ええ……ええ、問題はありません。スケープゴートはすでに用意してありますので、死ぬとしても、右田恒彦どまりです。二野前派を潰すいいチャンスですよ」
さらに彼は、こう言葉を続ける。
「それに、加賀城密季はタイミングを見計らって始末します。フォーカスモンスターよりもタチが悪いのは彼女ですので………」
ニヤリ。眼鏡の奥で光るその狡猾な笑みには、正義など何1つ宿ってはいなかった。
そして………、そこで電話はプツリと切れた。