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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十六章 ア×ク×アクイカ
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碧の決意


 5月28日 17時


 東京高匡総合病院・病室内。

 看護師からの許しが出たので碧は、マネージャーと電話で今後について話をしていた。


 いま、この病室には碧しかいない。

 でも、さっきまでタエがここにいた。


 葬式は明後日の30日だ。


 でも通夜の方は明日だ。碧の体調がそれなりに回復すれば、彼女も通夜に出席する。


 通夜といっても、形式上だけのもので、遺族が遺体の顔を見る事はない。どの遺体も、無残に焼け焦げているので、これはそう、精神的な配慮だった。


 碧はマネージャーに電話でこう言った。


 

 「ごめんなさい。もうすぐ薔薇の麗人の公開なのに」


 『碧ちゃん安心して。みんな碧ちゃんに同情的だから』


 「………だからといって、それで済む話ではありません」


 

 

 昨日、ノートパソコンでネットのニュースを見て、ようやくあのマンション前で10人も死者が出てしまった“事故”の事を知った。

 

 SNSやネットの掲示板では、もっとも多かったのが『自業自得』といった意見だ。

 

 わかりやすく言えば、自業自得だから死んでOK。それが彼らの意見というわけである。

 


 もううんざりだった。

 



 碧はさらに、こう言葉を続ける。



 「私の体調がもう少しよくなったら会見を開くつもりです。そして“引退”を宣言しようかと」


 『そんな……』


 「もともとそのつもりで、そんなにお仕事も入れてなかったし、ケジメをつけるにはいい機会かと」


 『才能をドブに捨てるようなものだよ。考え直してみない?』


 「いいえ。もう無理です。私には耐えられないんです」


 『………碧ちゃん』


 「自業自得の一言で片付けようとしてくる人達のために、もうこれ以上は偽りの自分を演じる元気はありません」


 『………そっか』


 「ごめんなさい」


 『わかった。そこまで言うんだったら、しかたがない。私から社長に話してみる』

 

 「ありがとうございます。もちろん、残りの仕事はきっちりと済ませるつもりです」


 『芸能界って、こういうところがあるから、ほんと、呆れちゃうよね』


 「そうですね」


 『同じ不倫でもさ、許される人と許されない人もいるしね。擁護してくれる人がいても、歪んだ擁護の仕方だったりもする。そして簡単に、社会的制裁を求めようとする。不幸のどん底まで堕ちるのを望む人もね』


 「……………」


 『碧ちゃんの気持ち、痛いほどよくわかるけど、やっぱり悔しいって言うのが正直な気持ちかな。ほんと、悔しくてしかたがない』


 

 そして、マネージャーとの会話は終了した。



 「…………はあ、罪悪感」


 

 実は途中から、姉の方が入れ替わりで女優やってましたとは、とてもではないが言えなかった。


 そんな事を言ったらよけいにややこしくなるだけだし、葵の名誉がさらに傷つく事になりそうだったから、言うのはやめておいたのだ。



 

 女優としての風椿碧は、6月いっぱいでおわりだろう。長引いても、7月の上旬。



 右足首の痛みは、昨日よりかは大分マシにはなってはきたが、まだまだ火傷の部分はジュクジュクと熟れた柔らかさがあり、じんわりと痛かった。


 「んー、引っ越し場所、どうしようかな」


 あんな事になってしまった以上は、いよいよあのマンションにはもう住めないだろう。


 でも、他のマンションに引っ越しても、結局は同じのような気がするのである。


 

 いっそ一軒家にでも住もうか。



 独り身で一軒家とかバカみたいだと思ったからあのマンションを選んだのだが、こうなってしまった以上は、逆に一軒家の方が、迷惑をかける人が少なく済みそうだ。

 もちろん、マンションだろうが一軒家だろうが、御近所づきあいから逃れる事はできないわけだが……。


 それでも、ある程度隣の家との距離が開いている物件を選びたい。

 まあこればかりは、ネットの不動産情報だけではなく、実際に不動産屋を訪ねてみないと。




 「まといちゃんと住みたいな……」



 想像を頭の中で巡らせるだけでも楽しい。本当の恋人同士みたいに、日差しの暖かい家で暮らすのだ。


 「………………………」


 結局、フォーカスモンスターはいったい誰なのだろう。

 東京高匡総合病院で加賀城密季と再会したあの時、もしかしてまといがフォーカスモンスターなのかもしれないと思った事もあったが、でも、マンション前でマスコミの人間が10人死んだあの時刻、彼女はこの病室にいたはず。

 

 「私が起きるまで、まといちゃんはずっとこの病室にいて、で、そのあともずっとここにいた」


 それに、あの大型撮影スタジオの時もそうだ。彼女は、あの男が向けていたフォーカスからかばってくれたのではとすら思うのである。



 でも、諸見沢勇士が死んだあの日、彼女はまた頭にケガを負ってしまっていて……。


 

 「…………………」



 いや、物事を都合よく考えるのはやめよう。

 もう心は決まっている。


 自分の想いをちゃんと彼女に打ち明け、彼女が犯した罪も受け入れる。


 家を買ったとしても、そこで彼女と暮らせる時間はそう残されてはいないかもしれないが、それでもいい。


 彼女が生きている限りは、何度だって、刑務所だろうがどこだろうが会いに行けばいいだけなのだから。




 ガラッ。



 まといが入って来る。



 「碧さん、サラダとコンポタージュ買ってきたよ」


 「ありがとー」


 「今日はローストビーフのサラダね。クルトンも入ってる」


 「ねえ、あのさ………まどかちゃん」


 「ん?」


 「恋人はいるの?」


 「………えっ?」


 「もしいるんだったら私、嫉妬しちゃうな」


 「どっ、どっ、いきなりどうしたの碧さん」


 「で、いるの?」


 「いっ、いないけど……」


 「ふうん、いないんだ」



 まといが言ったその答えに対し、碧は満足そうに笑みを浮かべたのだった。



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