稲辺頼宏のその後2
病室の窓から差し込む日の光がとてもまぶしかった。
あれからそんなに何日も経ってはいないだろう。
あの大型トラックが突っ込んできたあの日、スチール製のタンスが斜めに倒れてくれたおかげで壁際に三角の形をした空洞のようなスペースができ、そこに逃げ込んだおかげで、押しつぶされずに済んだのだ。
でも、肋骨が深く折れてしまった事と、あの事故で心臓がびっくりしてしまったのが原因で、心筋梗塞一歩手前の状態になってしまったので、入院を余儀なくされた。
「……………………」
病室に加賀城が入ってくる。
御影テンマは、加賀城の顔を見ても元気が出なかった。
重体に陥ったからとか、そういうのが原因ではない。
頼宏がここにいない事。
たったそれだけの事なのに、部屋が広すぎてしかたがないのである。
そう、御影テンマは、彼を引き留めなかった事を後悔していた。
こんなところで、入院なんてしていられない。
「ごめんなさい加賀城さん、わたしもう行きます」
「えっ?」
肋骨が折れているはずなのにテンマは、ベッドから下り、靴すらも履こうとはしないで病室から出ていこうとした。
加賀城は、さすがのこのテンマの行動には、目を大きく見開かせて驚いた。
もちろん、こんな重体の人間をただ行かせるわけにはいかない。
加賀城は、テンマの肩を掴んで、一度引き留めてからこう言った。
「あては、ないんでしょう?」
「えっ?」
「でも私ならあてはあります。まあできれば、頼宏さんが東京圏内にいてくれたら助かるんですけどね。私の能力的にも範囲に限界がありますので………」
加賀城はテンマに靴を履かせ、上着を羽織らせて、一緒に病院を出て行ったのだった。
そして頼宏は東京駅へと到着する。
そのまま電車から降り、人ごみに揉まれながらも階段を上がって、改札口へと向かった。
でも、改札口を出る直前で足を止める。
いまさら会ってもどうしようもないと思ったからである。
花屋ペイズリーはもうなくなってしまった。
とてもではないが、それをチャラにできるほどのお金を持っていないし、貯めるにしても、何年もかかってしまうだろう。
だったらお金が貯まった時にでも、彼女の口座に送金した方がいい。
会わせる顔がない。
それに………もし死んでしまっていたらと考えると、怖くて仕方がなかった。
だから頼宏は、踵を返し、ホームへと続く階段へと向かおうとした。
「待ってっ!!」
聞き覚えのある声が頼宏を呼び止めた。
振り返ると改札口越しに、加賀城に肩を抱かれたテンマがいた。
テンマは、骨折しているのにも関わらず、加賀城を置いて改札口の脇をお金も払わずに通り抜け、頼宏をぎゅっと抱きしめたのだった。
「御影さん…………」
「……………………」
テンマは、頼宏を放そうとはしなかった。
「御影さん………実は俺………」
加賀城はテンマの分のお金も一緒に改札窓口の駅員に払い、頼宏へと近づいた。そして頼宏にこう言った。
「守りたいなら、近くにいるべきではないでしょうか?」
「えっ」
「彼女はもうすべて知ってます。それに、誰かがよけいな事をしなくても、あなたは自分自身の意思で反省のできる人間です。逃げる必要はないのでは?」
「だけど…………」
「それに、誰かを幸せにするために生きる事もまた、償いかと」
「……………………」
頼宏は、自分はもっと苦しむべきだと思ってる。だから、自分にとってメリットしか生まない都合のいい考えや選択はすべきではないと思ってる。
でも、このままテンマから離れても、また同じのような気がした。
花屋がなくなってしまった今、彼女は1人だ。
償う事に囚われすぎて、守る事を怠ってしまっていたのだ。
だから、こうなる事も予想すらできず、彼女をこんなひどい目に遭わせてしまった。
そんなの償いでも何でもない。
ただの逃避だ。
もう逃げない。
今度は、誰かの幸せにつながる償いをしていこう。
そう………彼女と一緒に。