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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十五章 報道の自由
229/487

面白い


 相変わらずマンションの前にはマスコミの人達がたくさんいたが、まといは構わず地下の駐車場へと車で入って、いつものスペースに停めた。


 「…………………」


 

 管理人には、碧に言われた通り、近日中に出て行く旨を伝えた。


 少しくらいは同情の声が出てくる事を期待したが、『そうですか』しか言われなかった。


 「…………………」




 

 部屋へと入り、碧のクローゼットの奥から大型のキャリーケースと、リュックサックを引っ張り出し、言われたモノを詰め込み、いったんリビングへと移動した。



 「…………………」



 食洗器のうえに置かれた2人分の食器が目についた。


 

 さすがにこれらは、ワレモノだから持ってはいけない。


 「…………………」


 碧とここで一緒に食事を食べるあのひととき、たのしかった。

 でも、ここにはもう暮らせない。


 こうも簡単に、日常が粉々に砕けてしまうだなんて……。



 もう充分だ。

 彼女は、もう充分苦しんだ。


 だからもう………本当にやめてほしい。



 「帰らないと………」


 

 冷蔵庫にあったお惣菜の入ったパックとゼリーをいくつかリュックサックの中へと入れ、キャリーケースを片手に、地下駐車場へと降り、マンションの外へと車で出ようとした。

 その際、何人かのマスコミが外への出口をふさいでいたので、まといは乱暴にクラクションを叩き、彼らを威圧し、四方へと散り散りに散らせたのだった。


 

 

 そしてまといは碧のもとへと帰って来る。

 碧はベッドの上で、うつぶせの状態のまま眠っていた。

 だけど毛布は床に落ちていた。


 「碧………さん?」


 まといはリュックとキャリーケースを適当な場所へと置き、彼女へと駆け寄って、上半身を抱き起こした。


 「碧さんっ!!」


 彼女は苦しそうだった。

 大量の汗をかいていて、額もかなり熱を帯びていた。


 「どっ、どうしよう………熱さまシートは持ってこなかったし………。水を飲ませようにも意識を失ってるし………」


 彼女がこうなった原因はもうあきらかだった。




 極度のストレスから来る高熱。




 つい最近も高熱で意識を失っていた事があった。赤坂円として初めてあのマンションを訪れた5月5日の事である。

 あれもストレスが原因の高熱だった。

 そう期間が開かずに極度のストレス状態に陥ると、熱がでやすい体質になりやすい。

 


 とにかく、こうなってしまった以上は病院にお世話になるしかない。

 VIP席でかくまってもらえれば、また彼女が高熱にうなされる事になっても、看護師、そして医者からのバックアップも受けられるはず。


 「はやくっ、はやくしないと」


 小さなバッグに必要なものをすばやくまとめ、碧をなんとか車イスへと座らせ、外へと出ようとした。



 コンコン。



 ノックの音が聞こえた。

 そういえば、この建物はインターホンがなかった。だから、わざわざ扉の前に来て、ノックをしたという事か……。

 

 今は、誰かの相手をしている暇がないというのに……。

 敷地内への門を開けっ放しにしてしまったせいで、入って来たのだろう。


 それにしても誰だ。

 この場所を知っているのは福富神子くらいしかいないとは思うが……。


 「………………」


 まといは扉を開けた。どのみち、碧を病院に連れて行かないといけないからだ。


 「いやはや、おはようございます」


 福富神子ではなかった。


 セミロングの髪を後ろに束ねた、無精ひげの男だった。

 彼はカメラを構えていた。

 まといの表情からスッと、人間らしい感情のすべてが消え失せる。



 「俺、比留間って言います。睦城邸の件について、色々お話を聞きたくて」


 「……………………」


 「あれ、風椿さん、車イスに座ったまま寝ちゃってますね。両親や妹まで死んだのに、ずいぶんと余裕ですね」


 「………………………」


 「ならあなたでもいいです。生き残ったのは葵の方だった可能性。この可能性についてどうか教えてください」


 「…………………………」


 「なにか、不思議に思った事ないですか。たとえば、普段の風椿碧ならしないはずの挙動とか?」


 「………何を話しても、あなたには無駄だと思いますけど」


 「いやいや、そうおっしゃらずに」


 「こんな状況を目にしても、碧さんが呑気に寝ているようにしか見えない時点で、無駄なんですよ」

 

 「というと?」


 「真実を真実として見ようとしていないじゃないですか?そんなあなたに、何を話しても無駄かと」


 「真実を受け止めようとしていないのは彼女の方だよ。睦城邸の事件のせいで、いろんな人が迷惑被ってるんだよ。責任は果たすべきでしょ?」


 「それを阻んでいるのはあなた達の方だというのが、なんでわからないんですか?こんなところまで碧さんを付け回して……。こんなんじゃ、落ち着いて葬式をする事だってできないし、火事の煙のせいで被害に遭った人がどれだけいるのか、確認だってまともにできない」


 「それはつまり、私達マスコミのせいにして、逃げよう(・・・・)としているという事ですね?」


 

 比留間がニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 そして心の中でこうつぶやいた。『面白くなってきた』と………。


 だが………………。











 「何がそんなに面白いんですか?」








 

 口に出して言ってはいないはずなのに、まといはギョロリと目を見開き、比留間に対して言った。


 「いや、俺、いま、何も言ってな………」


 「結局…………それが本音ですか………」


 「いや、俺、何も…………」


 「罪悪感なんて、きっと感じていないんでしょうね」



 カタカタカタカタ。


 比留間が手に持っていたカメラが小刻みに震え始める。



 「なっ、なっ、なんだよこれ………」


 「真実を真実として見る気がないんだったら、その両目、イラナイですよね」


 「ヒっ!!!」


 

 比留間は両目に強い痛みを覚えた。

 まといから目を逸らしたかったが、なぜだか顔が動かなかった。


 両目が、泡となって溶けていっているような気がする………。




 「ヤメろぉぉぉぉっ!!ヤメてくれぇええええええ!!」



 

 比留間は発狂し、後ろへと勢いよく尻餅をついた。

 

 金縛りで動けなかったはずの顔が動き、目も普通に見えた状態のままだったので、比留間はもう逃げる事にした。


 今逃げずにこのまま取材を続けようものなら、今度こそ本当に、両目を持っていかれそうな気がしたからである。



 

 まといはすぐに碧を車へと乗せ、病院へと連れて行ったのだった。





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