稲辺頼宏の事情6
暴力犯係の刑事達が鮫山組事務所に来た時には、すでに何もかも終わった後だった。
それは、花屋ペイズリーの事件から2時間後くらいの事だった。
銃声があったという通報がありやって来たのだが、彼らの拳銃は今、すべて地面に転がっている。
鮫山組は、インテリ系の暴力団だった。
暴力は主には使わず、まるで探偵のようにいろんな人たちの弱みを調べ上げ、脅しの材料に使ったり、インサイダー取引の橋渡しをしたりして、極力目立たず闇の世界に生きる事をモットーにしていた。
でも、彼らは銃を使わざるを得なかった。
なぜなら、ある1人の人間を今ここで始末しないと、潰されかねないまでに追い詰められたからだ。
結果、彼らは勝てなかった。
そして加賀城密季が今、その場に立っているだけ。
そして彼女は、暴力犯係の刑事達にこう言った。
「殺してはいません。あとはあなた達で逮捕してください。ノートパソコンもそこに落ちてますし、これだけいろんなものが転がっていれば、もう簡単でしょう?」
そして加賀城は、鮫山組のアジトを後にし、郷田六郎のもとへと急いだ。
花屋ペイズリーに大型トラックを突っ込ませたのは、鮫山組が手を回したからだった。
でも、そもそもは、郷田六郎が鮫山組にお願いさえしなければ起きなかった事件でもあった。
郷田六郎は鮫山組に、『人殺しをかばった性悪女に罰を与えたい』と言ったらしい。
なぜ鮫山組と彼がつながっていたのかというと、組にとって都合のいいデマを流すのに、郷田六郎という存在がちょうどよかったためだ。
鮫山組がつぶれた今となっては郷田六郎はもうおしまいだ。ボロボロと証拠の数々が出てくるだろう。
でもその前に、一発郷田六郎をぶん殴ってやりたかった。
空気が………まだ2月初めだというのに温かみを帯びている。
郷田六郎がいるはずのオフィスの階から、オレンジ色の煙が空へと立ち上っているのが見えた。
加賀城と同じタイミングで消防車が到着し、消火活動をはじめた。
もうすぐ0時30分。
郷田六郎はすでにこの世を去ったあとだった。