瞳の中に眠る化け物
まとい達が睦城邸に着いた頃には、4階の高さまで激しい炎が蠢いていて、近くの林にまで火の粉が飛び移り、燃え続けていた。
ミシミシと、林が軋む音まで聞こえる。
危ないので、まといは車を、建物から少し離れた場所に停めざるを得なかった。
「碧さんっ!!」
碧はすぐに車から降り、建物の正面から中へと入ろうとしたが、まといは彼女の肩を強く掴んで、それを制した。
「碧さんっ、もう無理ですっ!!!」
「だめっ、そんなのっ、そんなの認めないっ!!!」
碧は裏手へと走り、どこかに入れそうな場所がないか探したが、厨房のある場所が突如、大爆発し、爆風とともに、オレンジ色の炎が壁となって、碧の行く手を遮った。
その際、碧は炎の風に体ごと飲まれそうになったが、寸前でまといが彼女の手首を掴んで引っ張り、炎から彼女を守ったのだった。
だけど碧は、足に、特に右足首に深い火傷を負ってしまった。
「碧さんっ、安全な場所に行きましょうっ。つらいのはわかるけれど」
こうなってしまった以上はもう無理だった。
こんな状態の足でこの建物の中に入ったら、彼女まで死んでしまう。
「葵………どうしてっ、どうしてこんな事に………」
「碧さん………」
まといは碧に肩を貸し、立ち上がらせ、車が停めてある表の方へとゆっくりながらも戻って来る。
もうすでに、近所の誰かが消防本部に連絡している可能性もあったが、念のために119へとまといは連絡した。
でも、いつまでもここにいるつもりはなかった。碧を早く病院に連れていかないと。火傷は早い処置が大切だ。
「碧さん………」
「………………」
碧は、車へは乗らず、地べたへと両膝ついて座り、ずっと虚ろな目で燃え盛る建物を、見つめていた。
肩を叩いても、反応しなかった。
「………………」
これが、“28人”の命と引き換えに妹をかばい続けた姉に与えられた罰。
罪から目を背け、素知らぬ顔を続けても、結局、罪はどこまでも追って来て、妹を救う事はかなわなかった。
彼女にはもう、復讐する必要なんてない。
心をえぐるほど深く突き刺さったこの妹の悲劇の死は、死ぬまでずっと、彼女を苦しめ続けるだろう。
まさかこの日をもって、復讐のすべてが終わるとは思ってはいなかったが。
「………………葵………」
ズキン。
妹の名を呼ぶ碧の、か細い声に、まといの胸はギュウッと締め付けられたのだった。
そして…………。
例のフォーカスモンスターは、まだこの敷地内にいた。
林の陰にひっそりと息をひそめ、カメラのフォーカスをゆっくりと風椿碧へとズームアップしていく。
「……………」
彼女に近い距離に蒼野まといが立っていたが、このままなら、よけいな人間をフォーカス内に入れずに済みそうである。
一石二鳥だと思った。
あとはシャッターボタンを押すだけである。
「えっ…………」
突然、カメラがカタカタと震えだし、自動的にズームが元の倍率に戻ってしまい、まといの姿がまたフォーカス内に入り込んでしまった。
「………………」
まといは、こっちの方角へと首を傾けていた。
彼女の髪が、ふわりふわりとなびいている。
瞳は大きく開いており、感情のこもらない目で、ただただフォーカス越しに、こちらをジッと見ているではないか。
うまく隠れたはずなのに、まさか見つかるとは………。
それに、たかが小娘のはずなのに、なんであんな残酷な目ができるのか。
心を抉る目だった。
あの目ひとつだけで、心を粉々にできてしまいそうな、得体のしれない何かを感じた。
そしてまといは、腰のウエストポーチからゆっくりとシルバーのカメラを取り出し、シャッターを切ろうとした。
「くっ」
本当なら、撮られる前に撮ってしまいたかったが、カメラが思うように動かない以上、逃げるしかほかになかったのだった。




