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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第二章 御影テンマと稲辺頼宏
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稲辺頼宏の事情5



 郷田六郎は今、1人オフィスの中にいた。

 オフィスと言っても、十歩歩けばすぐ出口へ着いてしまうほどに狭いフロアだ。一応、窓と換気扇もついているので、息苦しさを感じずに仕事はできるが……。


 もちろんパソコンだって置いてある。

 六郎は今、次に載せる記事を、キーボードを叩きながら推敲中である。


 テーマはこうだ。加害者達の今。


 

 頼宏のようなとんずらこいた連中達に思い知らせるために書いた記事だ。この記事の載った雑誌が出回れば、もうあいつらはどこへ行っても、肩身の狭い生活しかできなくなる。


 でも、当然の報いだ。



 刑務所できちんと刑期を終えようが、それでチャラというわけではない。というより、今の司法制度がおかしいのである。

 その証拠に、前科を武勇伝のように語るバカもいるくらいだ。



 だから六郎は、自分自身が抑止力でなくてはならないと思っている。



 コンコン。



 オフィスの扉が軽く叩かれる。

 もうすっかり0時を回ってしまっている。


 いったいこんな時間に何の用だと思いながらも、六郎は出入り口の扉を軽く開けた。




 誰も、いなかった。




 廊下も電気すらついてはおらず、奥の階段なんかは、真っ暗闇だった。


 「………………」


 いたずらだと思った。

 だから六郎は扉を閉め、ふたたびパソコンの席へと座った。




 でも、またノックの音が聞こえたのである。


 コンコン………。


 イラっとした。だから今度は、扉を開けると同時に『コラッ!!』と怒鳴り散らしたのだが。



 また、誰もいなかった。



 六郎は舌打ちをした。

 まさか、こんな小学生みたいないたずらにイラつく羽目になるとは……。


 でも、ふと思った。

 2度ある事は3度ある。しかもこんな深夜だ。相当の恨みでもない限りは、わざわざこんな時間帯にやって来ないはずだ。



 だから六郎は、今度は、パソコンの方へは戻らず、扉の前で反応をうかがった。


 耳を澄まし、息を殺して、足音が扉の前で止まるのを待った。



 「………………………」


 

 コツ………コツ…………コツ……ズズズ……。


 小さいが、地面がかすれるようなそんな足音も聞こえる。


 六郎はニヤリと笑みを浮かべ、ドアノブを静かにゆっくりとまわして、目1つ分の隙間を開けた。


 足音はまだ聞こえる………。




 そして、ようやく犯人が扉の目の前に……………。 

 

 


 

 

 誰の姿も見えなかった。


 




 「……………うそ、だろ?」


 確かに、誰かがやってくる気配はあったのである。

 でも今、この隙間からは誰の姿も見えてない。

 それとも、自分の目には映っていないだけで、本当に今、目の前にいるとでもいうのだろうか。


 

 いや、もしかしたら、うまい具合に扉の影にでも隠れたのかもしれない。そうなると、このわずかな隙間からは、姿をうかがう事は無理だ。



 なら簡単だ。犯人がまた走り去る前に、扉を開けてしまえばいいだけの事だ。 



 だから六郎は、一発ぶん殴ってやる勢いで扉をすばやく開け、一歩、犯人の前へと躍り出た………つもりだった。




 でもやはり、誰もいなかった。




 もしかして、あれは足音なんかではなく別の音だったとか?

 いや、だとしたら、いったい何の音かという話になってくる。

 それに、誰がいったい、扉を叩いたのか。

 

 普通に考えるならば、足音をさせずにあの階段の奥の方へ素早く移動したとみるべきなのだろう。



 こうなったら、1度あの階段の奥を調べた方がいいのかもしれない。

 真っ暗闇で見えないが、奥へと行けば、もしかしたら誰かいるかも………。


 「…………………」


 待て。よく考えろ。

 誰かが本当にあの暗がりの中に立っていた場合、わざわざ近づくのは相当危ない行為なのではないだろうか。凶器を持っていないとも限らない。



 「………………」



 六郎は、いったん扉の中へと引っ込み、完全には閉めないで、スマホを取り出した。


 懐中電灯機能である。向こう側を照らす十分(じゅうぶん)な明かりとなってくれるだろう。



 そのスマホの白い光は、まず六郎の足元を照らした。

 六郎は、扉の隙間から上半身だけを外に出し、ゆっくりと階段の奥を照らしたのだった。


 


 「なっ……………」


 


 六郎はすぐに後悔した。

 そして、扉を閉め、鍵をかけた。


 ギョッとした………というのはこういう事を言うのかもしれない。

 

 たしかに…………階段の奥には人がいた。

 でも1人ではなかった。たくさんいたのである。


 その中の1人には見覚えがあった。

 児童養護施設跡前で死んだはずの、あの高校生だった。

 そして、その高校生の頭上には、ぼやけた顔の集合体のようなものが浮かんでいたのである。


 みんなニヤニヤと笑っていた。まるで、何か(・・)を待っているかのようだった。



 だから六郎は扉を閉めたのである。

 

 後悔先に立たず。

 あんなよけいなものさえ見なければ、ただのイタズラと思う事ができた。

 でも、もう遅い。

 あれはただのイタズラなんかではない。

 

 扉を閉めただけでは効果なんてないのかもしれない。

 そう思ったら、恐怖をとたんに抑えられなくなった。


 

 いや、待てよ。



 この建物にお寺の住職でも呼べば、まだなんとかなるのではないだろうか。

 あの高校生の事件の時も、呪いを怖がった近隣住民が呼んでいたはずだ。

 確か、直江寺の………。


 

 六郎はスマホを使って、直江寺の電話番号を検索した。続けてその番号を使って電話をかけた。



 そして、3コール分の時間が経過し……『はい、もしもし』と若い男の声が電話口から聞こえた。

 六郎はその男の人に対し、今の状況をなんとか説明しようとしたが…。


 

 「すっ、すみません。実はいま、大変な事になってまして………」



 『ノイズがひどいですね………。もう、あなたのそばにいますよ』



 「えっ?」



 そこで、プツリと電話が切れた。


 再度かけてみようとするが、ボタンをいくら押してもスマホは反応しなかった。


 

 それに………もう、すぐそばにいると男の人は言っていたが……???



 まさか、ヤツラが入って来てしまったとか…………。



 六郎は、部屋をすぐに見渡した。



 ヤツラはまだ入って来てはいなかった。



 でも、窓側にひとり、カメラをこちらへと向けている女性がいた。



 この女性は、ヤツラのように気味の悪い顔こそしてはいないが、いったいどうやって入ってきたのかを考えると、結局は一緒だった。



 そう、蒼野まといである。




 「おっ………俺を殺す気なのか?」



 いったい、なんでこんな事になってしまったのか。

 

 順調な人生だった。

 金はいくらでも手に入った。芸能人から不倫の口止め料だってたくさん巻き上げたりもした。 


 みんなヤツラの自業自得だ。悪い事さえしなければ、こっちだって手を出したりはしないのだから。



 「おっ、俺はたいした悪党じゃないっ。てゆうか、完璧な人間なんていないだろっ!!誰だって時には悪い事だってするっ。悪気がなくても傷つけてしまう事くらい…………」



 「…………だから?」



 「おっ、俺は殺されるような事はしてないっ!!!誰かを殺したいんだったら、戦地にでも飛んで、戦争してるやつらをぶっ殺せよっ!!あいつらは人殺しだぞっ!!!よっぽどあいつらの方がっ」



 「…………27人、死んだけど?」


 

 「はっ?」


 

 「あなたみたいな人達が騒ぎ立てたせいで、27人死んだけど?私、ちゃんと調べたの。嘘八百並べ立てた記者を1人残らず」



 まといは、六郎の方へと、ある週刊誌を放った。

 なんとその週刊誌は、ひとりでにパラパラとページがめくれ、六郎がかつて書いたページで止まったのだった。

 その記事はとてもひどい内容だった。児童養護施設の責任者が、まといの親友の麻薬の罪を隠蔽しようとしていたのではといった、推測だらけの根拠のないものだった。

 

 でもこの記事を真に受けた人達は少なからず存在していて、児童養護施設の子供達まで誹謗中傷を受ける羽目にまでなった。



 「罪悪感は………ないの?」



 蒼野まといの眉間に、深いしわが刻まれる。


 

 「いっ、いや、ちょっと待ってよっ。なんで俺が人殺しなわけっ?」



 「…………………………」



 「まっ、待ってっ。怒らないでっ。金を積まれて書いたんだよっ。たしか、本当に麻薬を吸ってたのは別の……そう、女優の卵だったんだっ。官僚の愛人だよ。そんでさっ、その女優の卵がその官僚に対し、無罪にしてくれたら不倫をバラさないって言うもんだから、交換条件であの事件を企てたんだっ」



 「……………でっ、その官僚の名前は?」



 「右田っ、右田常信(みぎたつねのぶ)だよっ。なっ、殺さないでくれよっ」





 六郎は、深く土下座をし、すがりつくようにして謝ったが………。



 

 



 「でも、あなたのせいで28人以上は死んでるけど?」




 六郎を見下ろす蒼野まといの目が、まるでフォーカスのように鈍く光った。

 

 「………………は?」


 言っている意味が分からなかった。

 あの火事で死んだのは27人だけ(・・)だ。28人目なんているわけがないのである。


 しかし、まといの目は本気だった。



 「28人以上が死んでるけど?」



 蒼野まといはなおも六郎へと聞いてくる。

 そして、まといの頭上に、先ほどの顔の集合体がぼんやりと浮かび始める。



 このままだと本当にまずい。

 早く逃げなくては。


 「ひっ!」


 六郎はすぐに立ち上がろうとしたが、咄嗟(とっさ)だったせいか腰が抜けてしまい、強く尻をついてしまった。



 「罪悪感は………ないの?」



 「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ!!」



 「なんで罪悪感が持てないの?」



 「くっ、来るなあああああああっ!!」



 六郎は、必死に両手を動かしながら、尻もちをついた状態で後ろへと移動する。でも、まといが1歩歩いただけで簡単に距離をつめられてしまい……。



 「1度でも、本気で謝ったことがあるの?」



 カメラのフォーカスがゆっくりと六郎へと向けられ……、そして………。




 




 「あなたみたいな人間は………………死ねばいいわ」





 そして、このフロア1つ分を簡単に飲み込んでしまうくらいの大きなフラッシュが焚かれ……………。




 

 まといは、いずこへと消えていってしまった。






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