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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十四章 サラを殺したヒト
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睦城家の一族



 結局、碧とまといは、あの屈強な体つきの男達に、4階の隅の部屋へと押し込められた。

 

 床が誇りまみれの、家具1つすら置いていない部屋だった。

 

 その部屋は窓がついていたので、まといはすぐに窓を開け、新鮮な空気を、室内に取り入れようとした。



 あのセカンドバッグ一式は取り上げられてしまったので、助けは呼べそうにない。

 スマホ2つと、充電器まで入れて、持ってきたというのに……。

 



 「家族との仲、悪いんですね」




 窓際でまといは碧に言った。



 「えっ、ああ、うん……」


 「私が中学生や高校生だった時、たまに、両親に対しての愚痴を、憎しみ混じりに言ってる子とかいたけれど、それでもうらやましかったな。朝昼夕、3食寝床付きで養ってもらえているのに、なんで不満を漏らすのか……。でも、今の見てて、少しだけ考えが変わった」


 「というと?」


 「漫画やドラマとは違って、家族愛が存在しない家庭もある。それこそ、子供の事を嫌いな親なんていないといった考えはただの理想論。親であろうがなかろうが、人は人。どうしようもない仲も存在する」


 「まどかちゃんの親は?まどかちゃんも、親と仲が悪かったの?」


 「覚えていないんです。死んでしまったのは確かだけど」


 「ごっ、ごめん。なんか悪い事聞いちゃったね……」


 「ううん。私から最初に碧さんに話を振ったわけだから、気にしてない」


 「そっか………。あっ、じゃあさ、覚えていないってどういう事?子供の頃に亡くしたとしても、それなりには覚えてるもんだと思うけど」


 「15年くらい前かな……。交通事故で私だけ助かったみたいです。で、記憶がポッカリと抜けてしまって……」


 「……そっか………」



 蒼野まとい。

 謎多き女の過去が今になってこうして少しだけあきらかになったが、なんて壮絶な過去だろうと思った。

 悲しくなる。


 「じゃあ、親戚に引き取られたの?」


 「いいえ…………捨てられたんです。叔父に」


 

 まといは深くため息をついた。

 そしてこんな事を思った。

 これ以上、自分の過去について語るのはよくない。

 今は蒼野まといとしてではなく、赤坂円としているわけだから、なおさらだ。



 だけど碧は、今ので察した。

 蒼野まといは児童養護施設育ちだと。


 児童養護施設で暮らせるのは、原則18歳までである。


 「まどかちゃんは何歳?20歳だっけ?」


 「ええ、そうですけど…………」


 「………………」


 

 児童養護施設で暮らせるのは原則18歳までだが、彼女の性格からして、18になるまでに色々と自立のための準備はしていたはずなのだ。たとえば、安い家賃のアパートを探したり、なるべく時給のいい場所で、自立のためのお金を稼いだり。

 それなのに、なぜホームレスになってしまったのかが、気になるところ。

 せっかくのバイトを辞めざるを得なくなってしまう何かが起こり、ホームレスにならざるを得なくなってしまうほどにお金を使ってしまったから、ホームレスになってしまった。

 そして、そのお金の使い道は、彼女の性格からして、決して、いい加減な事じゃないのだけはたしかで……。


 彼女はいまもお金を貯めていて………。


 「碧さんは何歳ですか?」


 「21歳だけど?」


 「そっかー。誕生日は………」


 と碧に尋ねたところで、まといは今になって気がついた。



 

 そういえば、彼女の誕生日を知らない。




 

 なんてひどい女なのだろう。 

 あんないいマンションにタダで半年以上も住まわせてもらった、しかも友達だった彼女の誕生日を、いまだに知らないだなんて……。


 まだ彼女の誕生日が来ていないのであればまだいいが、同居している時に、たとえば10月が彼女の誕生日とかだったら、平然とした顔でまといは、彼女におめでとうすら言わなかった事になってしまうわけで………。

 


 そりゃあ、彼女との友情に亀裂が生じてしまっても、仕方のない事だと思った。




 「6月1日だよ」


 「そっかー。じゃあ、祝わないとね」


 「……祝って、くれるの?」



 去年の誕生日は、まといには祝ってもらえなかった。

 6月の時点では、まだ一緒に暮らしていなかったし、月1で会う程度の仲だったから、別に気にしてはいない。

 

 でも、少しだけ悲しい。

 今になって誕生日を聞いてきた事に……。

 どれだけ彼女は、自分に対して興味を抱いてくれていなかったのか、痛感させられてしまう。



 まっ、まあ………、いっ、今はヨシとしよう。2人の仲は、進歩はしているはずだから。


 








 

 といった会話をなんやかんやとしているうちに時間となり、碧だけ親族会議の席に連れていかれた。


 上質な白のテーブルクロスがかけられた、やたらと長細いテーブルを囲うようにして、みんなのイスが等間隔に置いてあった。


 その席には、物々しい形相の中年男性と初老の男性、高級宿で女将をやっていそうな、偉そうな和服の女性。あと、似たような顔をした男性が数名集まっていた。



 碧は、上座に位置する窓際の真ん中の席に座り、碧の母親はその近くの席に座った。

 碧の父親の姿まであった。親族会議だから当然かもしれないが。


 進行役は、碧の母親がおこなった。



 「皆様、このたびはお集まりいただき………」


 「何を偉そうに。1度は我々分家に追い出された身のくせに」


 「…………でも、あなた方は私達家族を、また本家に引き戻した。切羽詰まっているからじゃないんですか?」


 「くっ………」


 「ぜっ、全部花房聖のせいだっ。我々の事業をことごとく潰していったアイツの」



 

 また花房聖。

 碧は深いため息をついた。


 

 碧の父親も母親に続いて、やくざみたいにドスの利いた声でこう言った。



 「全員一致のはずですよね。ウチの娘を“トウシュ”にすると」


 

 碧は眉間に深いしわを刻んだ。

 なんかとんでもないワードが、耳に入ってきたような気がする……。 


 党首?投手?とうしゅ?トウシュ?



 「紫依菜(しいな)の跡を継げるのは、この子しかいないと」


 「…………………」



 どうしよう。本気で今すぐ帰りたい。

 



 昔はそれほど、この人達をひどい両親だと思ってはいなかった。

 物心ついていなかったせいもあるが、家族なんてこんなものだと、思い込んでいたからである。

 でも、睦城紫依菜が死んだあの日、母親がわずかに浮かべた口元の笑みを見てようやく悟ったのだ。この人達はあきれるくらいに薄情な人間なのだと。


 葵のために縁を切ってもなお、自分の人生に無神経にも土足で入り込もうとしてくるのだから、呆れを通り越して恐怖すら覚えてくる。

 


 「当主になる気はありません」



 とにかくこれだけはハッキリと言った。

 だけどみんなは納得しなかった。

 分家の方々は、口々に、碧に対してこんな事を言った。



 「碧さんや。大人になりましょうや。あんた1人のお気持ちだけでどうなる事じゃないんだよ」

 

 「睦城家は運命共同体。たった1人のエゴのせいで、すべてが台無しになる」


 「あなた、私達を殺すつもりですか?」


 「こんな歳にもなって、我々に、その辺のスーパーで働く人生を歩ませるつもりですか?私達睦城家の人間に」


 「私は睦城の人間ではありません」 


 「いいや、あんたは睦城の人間だっ!!!」


 

 同じ日本語を話す人間のはずなのに、どうしてこうも、まともな会話が成立しないのか。


 睦城の家が没落しようとも、それはしかたのない事だ。

 結果、スーパーで働かざるを得なくなってしまっても、素直にそこで働けばいいだけの話。

 こんな身勝手な人達のために、自分の人生をささげる気は毛頭ない。


 でも、彼らの頭の中はいつも、”自分達は絶対に正しい”といった前提が、頑固な油汚れのようにこびりついてしまっているからやっかいだった。


 

 結局碧は、また元の部屋へと戻され、扉の外から鍵までかけられてしまった。


 

 「まどかちゃん。トイレは大丈夫?」


 「うん、平気」


 「あーあ、どうしようかな。このままだと、私の心が折れるまでずっとこの部屋に閉じ込められっぱなしかも」



 碧は深いため息を吐いた。

 こんな事になるなら、まといを連れてこなければと反省した。



 「大丈夫だよ。さっき電話したから」


 「えっ?」


 「私もスマホ、もうひとつ持ってたの」


 「そっ、そうなの?」



 知ってた。

 そして、家政婦の仕事を断るために、あの日、スマホは持っていないと嘘をついた事も。

 結局彼女との仲はこうして続いてはいるが……。


 

 「テンマさんに電話したら、炭弥さんって人が来てくれるって」


 「そっか………ならよかった」



 碧はホッとため息をついた。




 そして、1時間もしないうちに炭弥が1人で睦城邸へと乗り込んできた。

 碧の母が、屈強な黒スーツの男達を連れて炭弥を出迎えたが、炭弥は、眉1つ、ピクリと動かさなかった。


 屈強な男達の1人が、炭弥に思い知らせるため、彼の肩を脱臼させようと手を伸ばしたが、すぐに片手1つで、地面へと転がされてしまった。



 「お母さん。碧さんを解放してくれませんかね。どうやら、そこに立っている黒スーツの方々、素人みたいですし、これ以上、時間の無駄なのは、あきらかですよね?」


 「くっ」


 「俺が丁寧(・・)にあんたらに接しているうちに、はよ決めーや。娘監禁するやなんて、どんだけ頭ん中、昭和脳ちゅー話や」



 炭弥の目がギラリと鋭くなり、碧の母親を、そしてまわりの男達をいとも簡単に圧倒する。

 それでも碧の母親はこんな事を言った。



 「このまま女優を続けさせるよりかは、睦城家で才を生かした方が、安心で、安定のはずです。あの子には、紫依菜に並ぶ才覚が………」


 「仮に彼女に、その才覚を振るう時が訪れたとしても、それは睦城家としてじゃない。あんたらに、彼女を搾取する権利はない」


 「くっ」


 「なんにせよ、もうこの事は数人の人間に知らせてある。俺がいつまで経っても彼らに連絡しないようなら、今度はもっと大勢の人数が押し掛けるだけ」


 「わっ、わかったわ。わかったから」



 そして、碧とまといは解放された。

 炭弥もまた自分の車で来たため、別々の車で各々の自宅へと戻る事になった。


 車の中でまといは、ふとこんな事を思った。



 やっぱり彼は、風椿碧の事が好きなのだろうかと。

 でないとあんなに、一生懸命にはならない。

 


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