稲辺頼宏の事情4
ここは赤橋署である。
加賀城の所属する精神科警課のフロアも、この建物の中に存在する。
陸の孤島扱いされているので、進んでこの課に異動届を出すものはゼロに近い。
なので、所属人数はわずか4名しかいなかった。
「課長。加賀城密季課長」
暴力犯係のフロアを歩いていた加賀城密季を呼び止める人がいた。
その人物とは、加賀城密季のお目付け役でもある城士松和麿である。
いったん2人は廊下へと移動した。
「課長……。今回もまた精神科警課の職務から逸脱しようとしてませんか?」
城士松は、目をきらりと光らせながら加賀城に尋ねた。
加賀城は、そんな城士松に対し、こう答えた。
「逸脱はギリギリしてません。だからこうして、暴力犯係の人達に情報を流しにきたわけで………」
「これはお世辞ではないですが、あなたは1人で20人分くらい働ける人間ではあります。しかし、キリがないとは思いませんか?」
「………………あなたが何を言いたいのか、理解してるつもりです」
「でも、やめるつもりもないんでしょう?」
「……………………………」
「あなたの特殊能力はひどく限定的なものです。それに、体力の消耗もしやすい。だから、つねに遠くから見守る事はできない。それに、1人に対して時間を割きすぎてしまうと、また別の場所で、誰かが手遅れなんて事になる」
「…………深入りする回数を減らせば、その分、他の人に時間を割く事ができる。わかってます。でも……でもそれだと、見殺しにするかどうかの決断にも迫られる」
「あなたがどんなに頑張っても、すべての人は救えないですよ」
「………………それでも、私が守りたいのは命じゃない。人の心ですから」
加賀城は城士松の横を通り過ぎ、赤橋署の外へと出た。
すると、目の前に停まっていたパトカーから、無線の内容が聞こえてきた。
『花屋ペイズリーにて、大型トラックが突っ込む事故が発生!!繰り返しますっ!!! 花屋ペイズリーにてっ………』
加賀城はすぐに花屋ペイズリーへと向かった。
空はすっかり黒一色になってしまっていて、パトカーの赤色灯が、現場をよりいっそう凄惨に照らしていた。
事件の内容はこうである。
大型トラックが無理な角度から花屋へと衝突した事が原因で、建物自体が抉れた状態になり、雪崩のように粉々に崩れてしまっている。
でも、問題はそこじゃない。
生き残っている人がいるかどうかだった。
「………………………」
加賀城の姿を見つけた暴力犯係の男性刑事が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてきて、『おやおや、警視の身分である御方が、なぜこのような場所に?』と皮肉を言ったが、彼はすぐに後悔した。
恐怖、といった方が正解だろうか。
今の加賀城には、人の心臓をたやすく抉ってしまいそうな凄みがあった。
大気が揺らいでいる。
早く、早くこの加賀城から距離を取った方がいい。
でないと心が壊されてしまう。
「おーいっ、生きてるぞーっ!!!」
瓦礫を掻き分けると、空洞になっていた部分から、御影テンマが発見される。
加賀城の姿はもうどこにもなかった。




