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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十四章 サラを殺したヒト
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縁切りましたよね?


 5月23日 PM22時。



 冷蔵庫から取り出したペットボトルの炭酸ジュースをコップに注ぎ、リビングのイスにいったん腰を下ろした碧だったが、スマホの着信音が鳴ったので、すぐに立って、部屋へと戻った。


 コップに注がれた炭酸ジュースがまだ、荒々しく波打っていた。

 


 電話は、マネージャーからだった。



 まといはもう帰ったので、いまは、このマンションの部屋には碧1人だけである。


 とにかく碧は通話ボタンを押し、マネージャーからの電話に出た。



 「もしもし?」


 『あっ、碧ちゃん。ごめんね、夜遅くて』


 「別に大丈夫ですよ。23時過ぎるとさすがにわからないですけど」


 『そう、よかった。じゃあ、さっそく本題なんだけどね』


 「えっ?仕事でなにかトラブルでも?」


 『ううん、そっちじゃないんだけど………碧ちゃんにとっては、かなり面倒くさい話』


 「えっ…………」



 なんだか嫌な予感がした。

 仕事に関係ない話を、本当ならこのマネージャーが持ってくるはずがないからだ。

 仮に、合コンに碧を誘おうとしていたとしても、こんな深刻そうな話の切り出し方はしないはずだ。



 『あなたの両親からなんだけど………』


 「…………………げっ……」



 碧は、喉の奥に苦いものを感じ、思いきり顔をしかめた。



 『明日、午前10時くらいに睦城の家に来てほしいって』


 両親というワードが出てきた時点でもう、かなり胸糞悪いというのに、さらに、あの家に行けと来た。別にこのマネージャーが悪いわけではないが、ふざけるんじゃないよと言いたくなってくる。



 「………あの人達とは縁を切ったんですけど」


 『でないとマスコミに、風椿碧は睦城家の人間だって大々的に発表するって』


 「…………………」


 『そうしたら、いろんな人達から、睦城家に関して突っ込まれる事になる。碧ちゃんからしたらイヤよね』


 「そうですね。今はまだ睦城家にはチカラは残ってるけど、いよいよ、没落なんて事になったら、没落した一族の女優として、ネチネチ突っ込まれる事になる。私にとってそれは、かなりうっとうしい」


 『なんとかしてあげたいんだけど、事務所のチカラだけでは、睦城家を抑えるのはまだ無理なんだよね』


 「………そうですね。わかりました。明日、睦城の家に行ってきます」


 『ごめんね。力になれなくて』


 「いいえ。お気になさらずに」



 そして碧は電話を切った。


 「……………………」


 

 なんだろう………。

 汚染されていないはずなのに、今、空気が非常においしくない。

 腐っているような気さえ覚えてくる。


 

 前々から性格の悪い両親だなとは思ってはいたけれど、ここまでくると、カタカナのクから始まってズで終わる2文字のあのワードが、どうしても頭によぎってしまう。


 人の事をそう簡単に〇ズとは言いたくはないけれど、尊敬できる部分があるかどうかと聞かれたら、思わず首をひねってしまうほどに皆無だった。


 

 両親との絆。

 そんなものはない。



 嫌いなものは嫌い。

 血のつながりがあろうが、性格的に合わないものは、どうしようもなかった。


 なので、できるなら明日、行きたくはない。でも、行かないと後々もっと面倒な事になる。


 「もーっ、まったくもうっ!!」

 

 憂鬱とともに込み上げてくる、両親に対しての怒り。

 どうせ葵の事は呼んでいないに違いない。本当に腹が立つ。


 「………………」


 だけど、このまま何の準備もなしに睦城の家に戻ったら、どんな手を打ってくるかわからない。


 「………しょうがない。本当はこんな事にまといちゃんを巻き込みたくはないけど」


 口が堅くて信頼に値する人といえば、彼女くらいだろう。



 碧はさっそくまといに電話をかけた。

 すると、1分もしないうちにまといは電話に出た。



 「ごめんね、まどかちゃん。寝てた?」


 『いいえまだです。ネットサーフィンしてました』


 「そっかー。よかったー」


 『で、何の用でしょうか?』


 「そうそう、明日ね、一緒に行ってほしいところがあるんだ。付き添いってやつ」


 『付き添い?』


 「もちろん、家政婦の仕事の範疇を超えているのはわかってる。でも、時給換算でお金はちゃんと払うし……じゃあ、1時間ごと1000円はどう?」


 『………で、私は基本的に何をすれば?』


 「ただ一緒にいてくれるだけでいい」


 『…………ただ一緒にいるだけで1000円も?』


 「うん。ちょっとね、気が重たくなる場所に、明日の10時に行かないといけなくて、心の支えがほしいっていうか……」


 『………お化け屋敷にでも行くつもりですか?』


 「ハハハ。まあ、ある意味、お化け屋敷みたいなもんかな」


 『……いいですよ。一緒に行っても』


 「ほんと?よかったー」



 これでひと安心だ。

 部外者が1人でもいれば、下手な手は打ってこないはず。一応、スマホの録音アプリを常時稼働させておいて、音声をしっかりとっておくのは忘れない。電池の消費は激しくなってしまうかもしれないが、充電器も一緒に持っていけば、大丈夫だろう。


 碧はひと通りの準備をきちんと終えてから、持ってきた炭酸ジュースを一気に飲み干し、歯を磨いて寝たのだった。

 






 

 


 そして翌日の5月24日。





 まといはマドカの恰好で、AM6:30に、碧のもとへとやって来る。

 まといは、冷蔵庫にあるもので、ささみのレモンサラダをつくり、フランスパン2枚と、オニオンスープを添えて、それを朝食にした。

 

 ささみのレモンサラダ。

 ささみを煮てほぐしたものに、しめじを4等分にしてサッと煮たもの。さらに、トマトを細かくカットしたものと一緒に、バジルとレモンのドレッシングで和え、フランスパンのうえに載せてもおいしく食べられるような味付けにしてある。


 「わー、おいしそー」


 碧はニコニコとそれらを完食し、部屋へとすぐに戻って、クローゼットの中から、衣類カバーのかかったドレスを取り出し、ベッドのうえに載せた。


 この中には、黒のロングスカートのドレスが入っている。


 「…………………」


 本当は、こんな事(・・・・)のためにドレスなんて着たくはないのだが、スマホ2つに充電器を持っていくためには、最低でも、セカンドバッグがないとキツイ。

 あまり大きめのバッグを持っていくと、何のつもりでそんなバッグを持っているのかと怪しまれてしまうので、目立たない程度の小さなバッグでなければならなかった。


 セカンドバッグはドレスによく合う。


 セカンドバッグとは何かを短く説明すると、簡単な小物しか入らない程度の大きさのバッグの事だ。

  

 神経質になりすぎかもしれないが、革製のセカンドバッグなんかは特に、やぼったい服装には不釣り合いだ。トレーナーにジーンズだと、女性の場合は特に。だからドレスを着るのである。



 碧は衣類カバーを外し、ドレスにシミがないか確認した。



 「シミは……ないね。まあ、黒だしね」



 すると、部屋の中にまといが入って来る。



 「ドレス?お化け屋敷に行くんじゃないんですか?」


 「行くのは確かにお屋敷だけど、お化けは……でないかな」


 「ドレスコードがあるんだったら、言ってくれればよかったのに……」


 「ドレス、まどかちゃんのウチに行けばあるの?」


 「いいえ。だからレンタルで借りるしか……」


 「ああ、それじゃあ間に合わないよ。どっちにしろ、昨日まどかちゃんに電話をかけた時点で、もう22時過ぎてたしね。私の貸してあげる。黒いスーツにシルクのシャツ。あと、黒のレギンスタイプのパンツもあるよ。ウエストのところはゴムタイプになってるから、ピッタリ履けると思う」


 「わかった。じゃあ、着てくるね」



 まといは、スーツ一式を碧から借り、部屋を出て行った。



 




 そして2人は、睦城のお屋敷の門の前まで車でやって来る。

 睦城のお屋敷。略して睦城邸。

 6メートルもの高さの塀に敷地内は囲まれているので、プライバシーが侵害される事はない。


 敷地内も、校庭を含んだ都内の高校1つ分くらいの広さはあり、林まで、建物を囲うようにして拡がっている。

 睦城邸の建物は4階建てだ。

 

 門はすでに開いていたので、まといは車に乗ったまま正面から入ってまっすぐと車を走らせ、建物の近くへと車を停め、降りた。続いて碧も車から降りた。



 屋敷の中へと入ると、階段の方から、足音が聞こえてきたので2人はそちらへと顔を向けた。

 すると、童話シンデレラに出てきそうな意地悪そうな顔をした豪華な身なりの女性が、碧の前で足を止めた。

 50代のようにも見えるが、美人は美人だ。



 「よく来たわね」


 「ええ、あんな形で脅されて、来ないわけにはいかないですよね?」


 「それはあなたのせいでしょ。あなたがあんなみっともない真似をさせたのよ。連絡先を教えてくれれば、事務所の人達を巻き込む事にはならなかったの」


 「なんで私が教えようとしなかったのか、いままで真面目に考えた事ありますか?」


 「わからないわね。あなたの事はさんざんかわいがってきたのに、どうして怒るのか?」


 「くっ、あなたって人はっ!!」




 つん。


 まといは碧の背中を、人差し指でツンと、軽く触った。

 碧はハッと我に返り、怒りをぐっと堪える。



 「で、あなたの後ろにいる、その女の子は誰なの?」


 「私の付添人です。というより、見張りです。部外者を近くに置いておけば、あなた達も下手なマネはできないでしょ?」


 「親を疑うの?」


 「家族の縁は切ったって言いましたよね。それでも私はここへ来た。ありがたく思ってください」


 「ひどい娘ね」


 「葵の事は普通にここに呼んでないくせに、母親ヅラしないで」


 「……………」

 

 「で、何の用ですか?」


 「親族会議が11時から始まる。だからもうすぐ、分家の人達(・・・・・)も来るはず」


 「は?」


 「あなたに出てほしいの」


 「なんで私が親族会議に……」


 「……事態は思ったよりも深刻なの。だからこそ、分家は本家気取りを、いよいよできなくなってしまった。そう、花房聖のせいでね」


 「……………………」



 ここにきて花房聖の名前が出てくるとは……。


 

 「とにかく、親族会議に出てくれなければ、ここから帰さない。もちろん、その付き人の人もね」


 「娘を監禁するつもりですか?」


 「娘?親子の縁を切ったんじゃないの?」


 「まどかちゃん、帰ろう」


 

 パチン。


 突如、フィンガースナップの音が屋敷全体へと響き渡り、廊下の奥から、屈強な黒スーツの男達が素早く出てきて、碧達の周囲を取り囲んだ。


 「………………」


 すんなり帰してくれるとは思わなかったけれど、ここまでの人達をまだ雇う“金”が残っていたとは想定外だった。



 碧は思いきり眉間にしわを刻んだ。


 


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