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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十三章 くすんだはずの炎
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肉塊


 

 少しだけ時間は遡って、5月22日の23時。



 真壁の死はすぐに、全国のニュースで報じられた。そのついでに、ヤマトテレビを建設した際に浮かせた分のお金の一部を、彼も受け取っていた詳細まで、流れたのだった。

 真壁を殺害したのは、警察庁公安の元刑事、トモイ・ナカミチとも報じられた。

 それに比べて鹿津絵里については、夕桐高等学校の件も含め、いまだに詳しくはニュースで報じられていない。

  

 テレビをつけっぱなしのまま福富神子は、あきれた表情を浮かべた。

 こうも事件に対しての熱量が違うと、失笑を通り越して、本気の笑いすら出てきそうだった。

 

 いつの間にかトモイが元刑事(・・・)という事になってしまっているし、真壁がお金を受け取っていた証拠が、このタイミングで都合よく出てきただなんて出来すぎているので、黒幕の描いたカバーストーリー通りに進んでいるなと思ったのである。

 

 「…………………やっぱり徳川かな………」


 まといが取ってきてくれたUSBには、徳川へと繋がる直接的なものは何も入っていなかった。だから、まだ公開していない残りの情報をネット新聞でアップしても、黒幕はマカベだったという不完全な真実の後押しをしてしまうだけ。


 BECKの件に関してもそうである。


 やはり、戸土間の真実をあきらかにする事でしか、徳川を倒せそうになかった。




 すると、キャバクラの店長から連絡が入って来て、徳川老がいま、ある料亭へと顔を出していると教えてくれたので、さっそくその場所へと向かい、料亭から少し離れたところに停まっていた6人乗りのバンの中へと乗り込んだ。


 運転席には、キャバクラの店長が乗っていた。

 後部座席の方には、黒くて大きいボックス型の機械が置かれている。あと、スピーカーもあった。

 キャバクラの店長は福富神子に対し、こう言った。

 


 「昔うちで働いていた子を、1年前からあそこで働かせている」


 「もう1つの料亭の方は?」


 「川藤秀治はもういないが、彼と通じていた女将があそこでまだ働いているからな。もう2度と行かないだろうな」


 「そうね」


 

 福富神子は、キャバクラの店長にコードレスタイプのイヤホンをもらい、それを両耳へとつけた。


 イヤホンの向こう側から、こんな声が聞こえてくる。



 『二野前洋子の勢いは、留まる事を知りません。いったいどうすればいいか……』


 『慌てる事はない。3・11の時、国民は痛いほど学んだはずだ。政治を知らない人間に国を任せる事が、どれだけ危険なのかを』


 『しっ……しかし……』


 『こちらも、若者向けに……いや、出産予定の女性向けに、新たな働き方改革を公約に打ち出せばいい。そうすれば、ルーキーに任せるよりも、我々に東京を任せた方がいいと思うはず』


 『なっ、なるほど』


 『とはいえ、なるべく顔にエグみが出ていない、たとえば、羽柴くんに出馬してもらった方がいいかな』


 『そうですね。そうしましょう』


 

 中々、戸土間の件に入りそうになかった。まあ、近くでお酌している人がいれば、話しにくい話題に関しては、触れないものかもしれないが……。



 『まあでも、あまり出産予定の女性達にばかり、金もかけてはいられないがな』


 『ハハハ、それもそうではありますが、待機児童云々の話も、あまりにもばかばかしいですよね』


 『子供の面倒をちゃんとみる余裕がないんだったら、はじめから産まなければいいのが、なぜわからないのか』


 『そうですよね。共働きの時代だなんて言ってはいますが、教養のない夫が、稼ぎの少ない会社にしか入れないから、共働きせざるを得ないわけですし』


 『それもそうだが、教養のない女にも問題がある。待遇の悪い会社にしか入れないから、家政婦も雇えないし、保育園に子供を預けるしかなくなってしまうんだ。そして今の時代、そういった女性で溢れているからこそ、保育園も余裕がなくなってくるんだよ』



 なんだか、胸糞悪い話になってきた。

 こんな差別意識の強い人間達がいつまでも政治のイスに座っているのもまた、待機児童の問題が解消されない原因なのはたしかだった。


 聞いていて本当に気分が悪い。

 子供の話となると、本当に…………。


 さらに彼らは、こう話を続けた。

 


 『日本の未来の役に立たん子供は、産まなくてもよし』

 

 『そうですね。どうせろくな大学にもいけないわけですし、税金がかさむだけです』


 『そういう事。役に立たん未来しかない赤ん坊は肉塊(にくかい)と同じ』


 『ハハハハハっ。たしかに』


 『もっと、中絶を推奨するよう、国民の意識を変えていかんとだめだな。肉塊を産んでしまう前に』


 『そうそう。人の心を持ち始める前に、ゴミを自主的に処分するようにしなければいけな……』





 キャバクラの店長は、そこでようやく、福富神子の両耳からイヤホンを取ったのだった。

 だけど後悔した。

 

 もっと早く………、もっと早く取っていればよかった。


 徳川老が本当に黒幕なら、彼女の子供をなんのためらいもなく、殺すように指示したという事になる。


 つまり、彼にとって、彼女の子供もまた、肉塊でしかなく………。


 

 彼女は、15年ものあいだ、ずっと耐えてきたのだ。心が粉々にならないように、冷静な人間であるよう努めてきたのである。

 それなのにこんなの、あまりにもひどすぎる。

 だからキャバクラの店長は、いったん福富神子を福神出版へと帰らせるため、車のエンジンをかけたのだった。


 ノートパソコンを後部座席へと開いたまま置き、アクセルをゆっくりと踏んで、車を走らせる。


 

 「神子………お前はもう、この件から手を引け」


 「なんでよ」


 「強がるなよ。お前は充分に頑張った。あとは俺達でやる。そして必ず徳川老を……」


 「あいつを殺したいほど憎んでいるのは、あなたも同じなのは知ってる。単身赴任で戸土間を離れたせいで、あなたの奥さんと1人娘は………」


 「ああ、そうだ。殺したいほど憎いよ。だけど、この復讐を成し遂げるためには、お前の肩はな、あまりにも小さすぎるんだよ」


 「バカにしないで。私はやめない。絶対にやめないから」


 「このままだとお前、ろくなことにならないぞ」


 「ふっ、ばかじゃないの。すでに手遅れなの。すでにろくなことになってないから、私はいま、この車に乗ってるの」


 「お前……………」


 「こうなったら徹底的にやってやるわ。どうせ、復讐以外に生きがいなんて持てないんだから、派手にやってやるわよ」


 

 キャバクラの店長は、眉間に深くしわを刻んだ。

 正しい選択肢のつもりでここまでやってきたというのに、このまま復讐を成し遂げても、彼女が報われる事は決してない。

 





 いやな予感がした。






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