扉の外側 トモイサイド
トモイはこの時をずっと待っていた。
真壁を殺すつもりだろう人物が、警察側の人間であれ、別の事情を抱えた人間であれ、いつかは動き出すと思っていたからである。
だからこそトモイは、3日経とうが、1週間経とうが、ずっと息を潜ませながら、ここで待ち続けたのだった。
真壁を殺すもっとも簡単な手段として、ホテルそのものを爆破するといった手っ取り早い方法もあるが、それを実行するためには、確実な場所に爆弾を仕掛けなければならない。
でも、1階付近には仕掛けないだろうと、城士松もトモイも踏んでいた。
警察庁のテロの件が、まさにそれである。爆発したのは最上階のフロアだった。1階に仕掛け、警察庁の建物そのものを亡き者にする選択肢だって取れたというのに。
つまり、あのテロの犯人も犯人で、なるべく被害を最小限にしようといった遺志があるという事。
だから、仕掛けるとしたら、最上階か、その下の階か、どちらかだった。
トモイは、キャバクラの店長に協力してもらって、該当する空いている部屋を、全部偽名で宿泊手続きしてもらった。
そして、真壁が借りている部屋の近くで、ずっと、この機会が来るのを待ち続けたのだった。
はたして、暗殺者としてやって来るのは、いったい何者なのか………。
「…………きた」
トモイは、扉の隙間から、その人物の姿を確認した。
帽子をかぶっていた。それに加え、顔半分が隠れるほどの大きなマスク。あと、ホテルの従業員の制服を着ていた。
だけど、ガタイがあきらかに、カタギのモノではなかった。
真壁がいる部屋の扉へと、拳銃がゆっくりと向けられ………。
トモイは、扉の隙間から、スッと、音もなく抜け出し、細身のナイフを一直線にその人物へと投げた。
すると、クルリとその銃口がトモイへと向けられる。
銃口が5回ほど光り、乾いた破裂音とともに弾丸が発射された。
トモイは横にスライドしてすべて避け切った。
6発目が来る前にトモイは身を屈んで、クラウチングスタートの要領で、相手の懐へと素早く飛び込んだ。
「っ!!」
相手は余裕の動作ですぐにサングラスをかけ、トモイに顔を見られないようにしつつ、ゆらりと後方へと上半身を傾けてから、重たい蹴りをそのままトモイへと放ったのだった。
トモイはすぐに重心を逸らして左へと避けたが、蹴りが、右肩の弾丸の傷へと微妙に当たってしまい、骨に響くその痛みに、思いきり表情をしかめたのだった。
だけど、攻撃はそれだけでは終わらなかった。
突然、バレエダンサーのように相手は体をしならせ、回し蹴りを、何度も何度も、トモイへと放ってきたのである。
「ちっ!!!しゃらくせえっ」
トモイもまた、何度も何度も、後ろへと飛んでその蹴りを避けたが、体力的にも、相手の方が有利なのは目に見えていた。
ついには腹へと蹴りがかすってしまい、次の一撃を避けられそうにない。
そんなトモイの窮地を救ったのは、城士松だった。
トモイから少し離れた後ろの方から発砲し、相手の肩へと、そして太ももへと的確に命中させる。
血しぶきが宙へと、一筋の線を刻んだ。
この時点でもう、この階で大きな銃声が7発も鳴ってしまっているので、何事かといった感じで、部屋の中から、そして、遠くの物陰から様子を見ている人達もいた。
「ふっ」
それでも、相手は鼻で城士松達の事をあざ笑い、真壁がいる部屋の扉を、片足1発でぶち破ったのだった。
留め具が外れ、亀裂の入ったその扉は、部屋の中へと一直線に飛んでいった。
「なっ」
扉の近くに真壁がいたせいか、真壁は、扉ごと部屋の奥へと飛ばされていってしまう。
「まずいっ!!」
トモイは、真壁を守るために、その暗殺者の前に立ちふさがったが、片腕のみのフルスイング1本で、横へとなぎ倒され、床へと転がされてしまった。
その暗殺者はいよいよ部屋の中へと入り、窓際へと逃げる真壁の首根っこを掴み、片手で持ち上げたのだった。
銃声が2発。
真壁を持ち上げている暗殺者の腕に弾丸が深くめり込み、一筋の血が、宙へと散った。
暗殺者はさすがに、痛みに耐えられなくなったのか、真壁から手を放し、弾丸を撃ち込まれた腕に手のひらをあてたのだった。
トモイが暗殺者に対し、銃口を向けている。
「残り2発だ。お前の負けだ」
「…………………」
真壁が地面へと転がっている。
真壁は苦しそうだった。
暗殺者に片手で持ち上げられた際、首の筋肉を断裂でもしてしまったらしい。
息もまともにできないといった感じだった。
「もうやめろ。こんな事して何になる」
「…………」
「お前は戸土間の生き残りか?それとも………」
「……………………」
「あの悲劇を引き起こした元凶の1人………なのか?」
「ふっ」
暗殺者は、突然ふところから閃光手榴弾を取り出し、地面へとフワリと投げた。
「しまったっ」
その閃光手榴弾は、床へバウンドすると同時に強烈な閃光を部屋全体へと放った。
トモイはすぐに手のひらで両目を覆い、閃光手榴弾による失明だけは防いだが、その隙に暗殺者は、トモイの横を通り過ぎ、部屋の近くまで来ていた城士松に蹴りを喰らわせてから、逃亡してしまったのだった。
トモイは片膝をつき、手のひらで両目をまだ押さえている。
「トモイっ、大丈夫かっ!!」
城士松がわき腹を押さえながら近づいてくる。
「…………平気…………。だけどしくじった」
真壁が床に転がっている。
気がつくと、もう、ピクリとも動いていなかった。
不自然に思った点といえば、彼のスマホが見当たらないという事。
ポケットをまさぐってみたが、やはりなかった。
あの犯人が、持っていってしまったのか………。
「城士松さん、逃げよう。このままだと、真壁を殺した罪すらも押しつけられるよ」
「…………そうだな」
暗殺者がこうして逃げてしまった以上、その可能性は十分あり得た。
だから城士松は、トモイに肩を貸してホテルから出て、コインパーキングに停めていたワンボックスカーに乗り込み、なるべく遠くへと逃げたのだった。




