扉の外側 真壁サイド
5月22日の夜。PM19:00
京王赤橋プラザホテルの最上階の部屋で、マカベはごくりと息を呑んだ。
ELSAが関わっていた別荘で白骨遺体が出てしまったという事実は、マカベにとって、死の宣告も同じだった。
本当は、あんな場所から遺体なんて出るわけがなかったのに。
ELSAや赤佐内建設もろとも窮地に立たされるような場所に、わざわざ埋めようとも思わない。
ようは、はめられたというわけだ。それも、遺体の本当の隠し場所を知っていた何者かによって。
そして、“すべてがマカベのしわざ”といったカバーストーリーのもと、責任を、そして罪を押しつけられようとしている。
こうなってしまった以上は、裏切り者を道連れにして共に逝きたいところではあるが、こう先手を打たれてしまっては、どうしようもなかった。
この部屋の中にいれば、まだ安全ではあるが……。
防犯カメラは廊下にしっかりとついているので、そう易々とは近づけないだろう。
誰かがホテルの従業員に変装して近づいてきた場合に備え、ある特定の従業員しかルームサービスに来させないようにはすでにしてあるので、扉越しでの声の確認を、きちんと怠らなければ、大丈夫だろう。
警察が逮捕状を手に、乗り込んで来さえしなければ、まだ猶予はあった。
しかし、いったいどうすれば………。
「ん?」
テーブルのうえに直置きされていたコードレスホンに電話がかかって来る。
いったい何者なのかと思いながらも、真壁は電話を取った。
すると、電話越しから、従業員以外の声で、こう聞こえてきたのだった。
『トモイか城士松に頼れ』
「なっ、お前は、お前はいったい」
ボイスチェンジャーで加工された声のせいで、この人物がいったい誰なのか、わかりそうになかった。
『15年前、お前はまだまだ下っ端だった。だから、徳川へとつながる証拠を何ひとつ持っていないのはわかってる。だけど、お前も同罪だ。この15年間、ずっと口をつぐんでいたんだからな。でもあの日、戸土間でいったい何が起こったのか、その真実を語るくらいならできるだろう』
「なっ………」
『本当なら、お前の額を拳銃でぶち抜いてやりたい。だけど、それはしない』
「ふん、つまりは、俺の生死を簡単に選べる立場にいるって事か……。たく、俺も堕ちたものだな」
『だけど、徳川を殺すタイミングは今じゃない。もっとヤツを窮地に立たせてからじゃないと、別の人間がトップとしてすげ変わるだけ』
「なら、私にどうしろと」
『さっきも言っただろう?戸土間の真実を語れ。TOUTUBEを使ってでもいい。たとえ証拠がそろっていなくても、多くの人がその動画を見れば、徳川へと疑惑が向けられる事になる』
「くっ」
やはり、その方法でしか、道連れにできないという事か。
コンコン。
ノックの音が鳴った。
真壁は受話器を持ったまま、扉越しの相手に対し、何者だと尋ねた。
すると、扉の向こう側の相手は、トモイと名乗ったのだった。
「………………」
真壁は、トモイの顔は知っていた。
猿手川殺害の罪を着せた相手の顔くらいは覚えていた。
だから真壁は、本物かどうか確かめるために、ドアについていた覗き穴で、外に立っている人物の顔を見たのだった。
トモイではなかった。
そして、扉の外側に立っていたその人物は、にやりと口元に笑みを浮かべた。
その時になって真壁はようやく、してやられたと思ったのだった。
簡単に扉の近くに立ってしまう事が、いかに危ない事なのかを、今になって、ようやく思い出したのである。
この電話の人物も、おそらくグルだろう。
「チッ!!」
真壁はすぐに扉から遠ざかろうとしたが、一直線に飛んでくる弾丸を避け切れる自信なんて、もちろんなかった。
そして………扉の外側で発砲音が5発、聞こえたのだった。