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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第二章 御影テンマと稲辺頼宏
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稲辺頼宏の事情3



 その男の名は郷田六郎。

 主にゴシップ記事で生計を立てている。

 やたらと豪華な金時計を左手首から光らせている。


 そんな彼は、まずは10万円を頼宏から巻き上げたのだった。


 頼宏の貯金は、残り50万円のみである。

 それに、あの男がまたここへやって来るのは1カ月後とは限らない。1週間ごとに来られたら、5週間後には貯金が尽きる。そしたら結局言いふらされるだけ。


 もう潮時だと思った。

 だから頼宏は、お店を辞めたいとテンマに言ったのだった。

 するとテンマは、当然の質問を頼宏へと投げかけてくる。



 「なんで?住む場所は?もうすでに決めてあるの?」


 

 「いや、えっと………」

 

 

 「あまりにも急だよね。だって3日前までは、そんなにそわそわしてなかったじゃない?つまり、その時点ではまだ辞めたいとは思ってなかったって事だよね。それに、たった3日で住む場所はなかなか決められないもんだし、なにかあったんじゃないの?」


 

 見抜かれている。



 「いいえ、住む場所は決まってます。親戚の家業を継ぎたいので、遠くへ引っ越すんです」



 あまり嘘はつきたくなかった。

 でも、もう時間がないのだ。



 「そう…………」



 テンマは深いため息をついた。



 「ごめんなさい御影さん、急に辞める事になって」



 「いいよ。それに、いままでとっても助けられてきたわけだし」



 テンマはにっこりと笑みを浮かべる。



 頼宏は早々に荷物をまとめて出て行った。



 そして…………。



 頼宏なき部屋をテンマは一点に見つめながら、ゆっくりとその場に座り込んだのだった。


 

 部屋が、とても広く感じる。





 


 


 次の日、花屋ペイズリーに常連の客がやって来た。








 常連と言っても、1年ごとの客でしかないが、お花をたくさん注文してくれるので、いい稼ぎにはなる。

 スノードロップという名の白い花を、3人でも持ちきれない量を大量注文である。



 そんな注文主の名は、蒼野まとい。清涼感のある声が特徴の、いつもカメラを持ち歩いている女性である。



 「今日は予約だけしに来ました。1週間後に引き取りにきます」



 「いつもありがとうございます。本当なら目的の場所に宅配できればいいんですけど」



 「別に大丈夫です。ここからだとお墓(・・)が遠いので」



 蒼野まといはにっこりとほほ笑む。

 

 お墓用だとは知らなかった。普通、1人用の墓にこんなに供えないので、なにかお別れ会にでも使うのかと思ってた。

 そこでテンマは疑問に思った。

 だったら、そのお墓から近いところにある花屋で買えばいいのでは?


 それについては、まといはこう答えてくれた。



 「心がこもってない花はいりません」



 「そうなの?そんなにそこの花屋はひどいところなの?」



 「心がこもってないと花はすぐに痛みます。店員のやる気がそもそもないからです。だから、適切な温度に保とうとも思わない」


 「そっかー。そんなにうちの花を評価してくれてるのね。まあ、私は湿度をこまめに気にしてるだけで、ここまで育てたのは花農家にいる義父の親戚の人なんだけどね」



 それでも、褒められるのはうれしいものである。

 テンマは注文票を受け取り、数に間違いがないかを確認した。



 「………………」



 あともうひとつ疑問に思った事といえば、さきほども言ったが、1人用にしてはあまりにも多すぎるという事。物騒な話だが、親戚がいっせいに死にでもしない限りは、こんな量の花はさすがに必要ないだろう。

 


 「ねえ、まといさん。量があまりにも多いけど、みんなお墓用なの?」

 


 「そうですよ。あからさまな仏花だとみんな(・・・)嫌がるかもしれないから、きれいなスノードロップにしてるんです。ここのスノードロップはとてもきれいだから………。1週間後になったら、またリヤカー引きながら来ますね」



 「そう……………」

 

 

 2人分………3人分………いや、花束にしたら15人以上はある。

 それを1人で…………。



 「ほかに運んでくれる人はいないの?」



 「もう私しか残ってません」



 「そっ、そうなんだ……」



 これ以上は聞けないと思った。

 普通の家庭なら、たとえ両親や兄弟が死ぬような事故に見舞われたとしても、親戚くらいには頼めるはずだ。よっぽど親戚との仲が険悪でない限りは、たとえば、父方の兄弟とかに。


 でも、その選択肢すらも彼女は持っていないという事は、そもそも彼女には頼れる親戚がいないという事にもなる。親がいない可能性すらあった。



 それに、この辺で15人以上の家族が亡くなったなんてニュースは知らない。でも、27人死んだニュースなら、もう2年前…いや、正確には1年と11ヶ月前の事ではあるが、今でもはっきりと覚えてる。


 

 そして、生き残りは誰1人としていないという事も………。



 あのような形で27人亡くなったので、誰も花を手向けようとはしなかった。無関係を装う事で、罪悪感から逃れたかったから。


 でも、今はたくさんの花が供えられている。

 魂が報われるよう祈れば、呪い殺される事はないと思いたいからだ。



 心がこもってない花はいらない。

 


 まるで、亡くなってしまった27人の言葉を代弁しているかのようにも聞こえる。



 「そだ。注文票の控えを渡さないとね」



 テンマは、注文票控えを注文票の裏からめくって引き剥がし、それをまといへと渡した。



 でも、そこである事にテンマは気づいた。



  

 ペン入れとして使っていたシルバーのコップに、彼女の姿が映っていなかったのだ。



 「…………………」



 気のせいだ。気のせい。気のせいに決まってる。

 でも……何度瞬きをしても、そのシルバーのコップに彼女の姿がどうしても映らなかった。




 …………………アレ?



 …………………どうして?



 「…………………」



 おかしいのはどっちだ。

 彼女か、それとも自分か。



 27人中、誰も生き残ったモノはいない……。

 もしもそれがその通りなのだとしたら、今、目の前にいる彼女はもう……。


 



 


 気がつくと店内は薄暗くなっていて、蒼野まといは帰った後だった。


 「………………」



 心細い。

 母が亡くなってからというもの、1人でやっていけるか心細くてしかたなかったが、頼宏がいてくれたからこそ、頑張って来れたと思っている。


 はじめて彼と出会ったあの日、今にも消えてなくなりそうなそんな儚さを第一印象に感じて、なんだか放ってはおけなかった。彼は当時、疲労で痩せこけて見えたし、だいの大人が財布すら持っていなかったのである。だから、なにか事情があって困っているのではないかと思ったのだ。


 

 そんな彼が、1人でもやっていけると思って出て行ったのなら、喜ぶべきなのだ。



 すると、店内に1人の強面の男が入ってくる。

 郷田六郎だった。

 苦手なタイプだなとテンマは思った。

 そして、これは確信だ。悪意にまみれた人間独特の、表情のゆがみが彼にはあった。

 かつての父と同じだ。

 こういうタイプは、誰かを不幸にする事を決してためらわない。



 「お嬢さん、稲辺頼宏さんはどこかな?」



 「…………彼になにか用ですか?」



 「いいえ、たいした用じゃないんですよ。彼とはちょっとした友達でね。飲みにでも行こうかなって思ったんですよ」



 「……………………彼はうちを辞めていきました」



 「はっ?」



 「彼がここへ戻る事は2度とないです。親戚の家業を継ぐ関係で、出ていきましたから」


 

 「………………で、引っ越し先は?」



 郷田六郎の眉間にゆっくりと深いしわが刻まれる。頼宏がここを去ったのがあきらかに気に入らないといった感じだった。



 「引っ越し先は知りません」



 「ハハハ、そんなはずはないでしょう?」



 「嘘なんかついてません」



 「ほんとに~」


 

 本当に嘘なんてついてない。彼がどこに行ったかなんて知らない。

 でも、六郎はそれを信じてくれない。

 だって、テンマが居場所を知っていないと、わざわざ自分の足で探さないといけないわけでとても面倒だからだ。



 役立たず。六郎は心の中でそう思った。



 「困ったなぁ、実はね、3日後のボクシングの八百長賭博で、荒稼ぎできるチャンスに恵まれましてね。でも賭け金がたくさん必要なんですよね。だから頼宏くんにも協力してもらおうと思ってまして」



 「………………えっ?」



 「実はね、彼、人殺しなんですよ。父親を昔殺したんです…………。ひどい話ですよね。そして、さらにひどいのが、刑期を終えたらどんな極悪人でもシャバに出てきてしまう事です。それっておかしい話だと思いません?」



 「……………………彼が、人殺し?」



 「そうです。人殺しです。ねえ人殺しって、気持ち悪いでしょっ!!一度罪を犯した罪人は、二度と新鮮な空気を吸っちゃいけないんですっ。だから私は罰を与えていた。彼らが豪華な暮らしをできないよう、罰金を徴収してきたんです」



 「………………………」



 「おかしな話です。人殺しのくせに平穏な暮らしを続けたいから金を払う。ククク、醜い人殺しのくせにね」


 

 「………………………」



 彼が、人殺し?

 とてもじゃないが、信じたくはない話だ。

 だって人殺しは、非道な人間がする(おこな)いのはずだから。


 

 「ほらっ、これが証拠の記事ですよっ!!」



 六郎は、新聞の切り抜きをテンマへと渡した。

 それを受け取ったテンマは、目を走らせながら記事を読み、そして、稲辺頼宏の名前を見つけた。


 可能性があるとしたら、同姓同名の別人。

 でも、頼宏が本当の理由を告げずに去った事を考えると、それもないような気がした。


 彼は………人殺し。



 「ねっ、だからさっ、あの男がどこへ行ったのか教えてもらませんかねっ!!かばう必要なんてないでしょっ!!!」



 「……………………」



 「あの男はクズなんですっ!!!!」



 「…………クズの基準ってなんですか?」



 「はっ?」



 「人殺しさえしなければ清廉潔白なんですか?私はそうは思いません。人殺しであろうがなかろうが、誰かの心を平気で踏みにじったその時点で同じなんですよ」



 「はっ?同じじゃねえだろ?」


 

 「ほらっ、そうやって自覚しようともしない。自分の犯した罪から逃げてる。八百長賭博だってひとつの罪でしょ?それなのに、誰かをさばく資格、あなたにあるんですか?」



 「……………お前、頭湧いてんのか?」



 六郎の眉間に、さらに深いしわが刻まれる。

 頼宏がいなくなった腹いせでテンマに人殺しの事をばらしたのに、なぜこんなにも責められなければならないのか。


 

 「もう帰ってください………。本当に彼の居場所は知りませんから」




 心臓が…………痛い。

 本当に今………とても心臓が痛かった。

 まるで針金でぎゅうぎゅうに締め付けられているかのような、そんな嫌な痛みがなかなか治まろうとしない。


 頼宏の事はショックだが、たとえ彼の居場所を知っていたとしても、話したりは決してしないだろう。



 誰かが罰を与える必要なんてもうない。




 「ちっ」




 ようやくあきらめたのか、六郎は目をギラつかせながらも花屋を出て行った。


 テンマはほっと息をつき、地面へと座り込む。

 心臓がまだ痛かったが、一晩寝ればきっと治るだろう。

 とりあえず戸締りのためにシャッターを下ろし、玄関のカギをかけた。



 そして………………。


 

 



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