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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十三章 くすんだはずの炎
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自己嫌悪2


 5月21日 PM21:00



 まといは、いつもひいきにしてもらっている漫画家の人と、地下のBARのカウンター席で呑んでいた。

 木目が際立つブラウンの家具に、棚は、アンティークな雰囲気を醸し出している。

 さらに、淡いイエローの照明。落ち着いてお酒を呑むのにピッタリだった。

 

 まといは、さきほど撮った背景の写真を、漫画家さんに確認してもらった。


 まといは、ノンアルコールのオレンジカクテルにしておいた。

 お酒は苦手だからである。

 何度か呑んだ事はあるが、頭の中の血液だけ抜き取られたような、そんなクラクラとした感じを覚えてしまうので好きではなかった。

 

 

 「蒼野さんには今度、森の中……というより、山の中を撮影しに行ってもらいたいんですよ。もうすぐ、サバイバル編が始まるので」


 「山の中ならどこでもいいんですか?」


 「崖も込みの方がいいですね」


 「なるほど」


 「あいかわらず極少数の漫画家さんからSNSで遠回しにイヤミ言われたりしますけどね。漫画の背景を写真に頼りすぎるのは邪道ってね」


 

 漫画家さんはケラケラと笑った。

 漫画界のことはよく知らないが、写真という形で背景を“ラク”してしまう行為を好まない人は少なからずいるそうだ。

 漫画を描くのはとても時間がかかる作業なので、いかにして時間を短縮し、作業効率をあげるかが、大きな課題というわけである。



 「蒼野さん、ちょっとトイレに行ってきますね。ちょっとお腹が……」


 

 漫画家さんは突然青い顔をしだし、慌てて席を立って、奥のトイレへと引っ込んでしまった。


 「………………」


 飲みかけのカクテルが沈殿したせいで、グラスの底にオレンジの粒が溜まっている。

 いつの間にか店内の客が増えていて、壁際のテーブル席に座っていた主婦達が、こんな話をしていた。



 「ハッハッハッ!!私はとことん殺人説を推していくからねっ!!!」


 「やっぱそうだよねー。うちらがちゃんと騒いであげないと、ケーサツもさ、ちゃんと調べようと思わないだろうし」


 

 まといは、マドラーという名の棒を使って、カクテルグラスの中をかきまわしたが、底に詰まってしまったオレンジの粒は、なかなか取れそうになかった。



 「解剖とかしたら、きっと新事実が出てくると思うの」



 まといはさらにカクテルグラスの中を、乱暴にかきまわしていく。

 


 「といってもうちら、津島葉菜加のファンでもないんだけどね」


 「そうそう、ただのミステリーオタク」


 「まあ別に、本当に殺人じゃなければ、それはそれで済む話だしね。誰にも迷惑なんてかからない」


 「ハッハッハッハッ、そうそう♪」



 ついには、カクテルグラスが横へと倒れてしまい、オレンジの液体がカウンターの上に勢いよく拡がっていった。

 まといは、近くにいたバーテンダーに軽く謝り、テーブル拭きで拭いてもらった。

 このテーブル拭き、名前をダスターというらしい。


 漫画家さんが戻ってきて、戸土間市にある山の中がちょうどいいのではといった話になった。

 といっても、戸土間は土地開発の真っ只中なので、許可を取る関係上、すぐに行く事はできないかもしれないが。

 いくら聖と恋人とはいえ、それはそれ。これはこれ。


 




 話が終わったので、漫画家さんは先に帰った。

 まといは、すぐには帰らなかった。

 例の主婦達が、まだ“例の話”に華を咲かせていたから。 


 「…………………」


 今日はカメラを持ってきているので、あの主婦達がこのBARから出て行ったタイミングで店の外へと出て、あとをつけていけば、写真を撮るチャンスには恵まれるはず。


 「…………………」


 ああいった連中は、たしかに許せなかった。

 


 彼女達はあきらかに楽しんでいた。

 心筋梗塞よりも、殺人だった方が展開的に面白くなりそうだから、騒いだだけ。

 そこに罪の意識なんて存在しない。

 だってさっき、彼女達もこう言っていたから。


 『まあ別に、本当に殺人じゃなければ、それはそれで済む話だしね』


 つまりは、津島葉菜加のマネージャーが、いわれもない誹謗中傷を受けようとも、本当に殺人を犯していないのであれば、逮捕されるわけじゃないんだから、別にいいじゃんといった考えというわけである。


 ワカコの話だと、マネージャーの彼は、精神的に参っているといった感じだった。

 このままだと、手遅れになりかねないとも………。

 でも………。



 彼女達を殺して、いったい何になるというのだろうか。

 彼女達のように殺人説を騒ぎ立てた人間は、ほかにもいるはずだ。だから、かなりの数の人達を殺さなければならない。


 それに、たとえ全員殺せたとしても、本当にそのマネージャーは、もとの生活を取り戻す事ができるのか……。




 否だ。




 壊れてしまったものは完璧には戻らない。

 たしかに、彼女達みたいな人間は許せない。

 だけど、そのマネージャーのためにすべきなのは、人を殺す事じゃない。精神的に寄り添ってあげる事だ。


 それに、ワカコにも昨日言った事ではあるが、たとえ1人でも、このカメラで殺す事をしてしまったら、彼女はおそらく後悔する。

 今は亡き来栖ミチルのためにも、そんな未来にだけはしたくはなかった。



 だからまといは、その主婦達よりも先に、店を出たのだった。



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