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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十三章 くすんだはずの炎
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蔵本ワカコの場合2


 でも、明後日を待たないうちに津島葉菜加は死んでしまった。

 心筋梗塞だった。

 


 津島葉菜加は、東京都内の一軒家に、両親とともに暮らしていたのだが、翌朝、出かける時間になっても、彼女が2階の部屋から出てこなかったので、母親が起こしに部屋の中へと入ったら、床のうえに倒れているのを見つけたというわけだった。


 両親が言うには、夜中にドスンという音は聞こえてはいたそうだが、その音が、葉菜加がベッドから落ちた音だとは思わなかったらしい。

 警察が家に到着してから1時間もしないうちにそのニュースはネットで流れ、騒ぎとなった。



 心筋梗塞。つまりは、突然死という形で死んでしまったわけで、これはもう仕方のない事ではあるのだが、葉菜加は、男女関係なく若者からの支持が高かったので、SNSのトレンドランキングの上位にのぼるほどの大きなニュースとなった。


 

 ワカコはそのニュースを、朝のテレビ速報で知った。

 

 衝撃のあまり、心臓がズキンと痛み、しばらく、何も考える事ができなかった。

 昨日の夜だって、ちょっとしたラインのやりとりをしていたというのに、あまりにも突然すぎて、つらすぎる。



 それでもワカコは、いつも通りの時間に家を出た。歌手として仕事をさせてもらっている以上、自分と同じ声の持ち主でもいない限りは、ほかに替えなんてきかない。

 それに、仮に休めたとしても、空けてしまったその穴を埋めるために、事務所にも、そしてテレビ局側にも迷惑をかけてしまうわけである。


 「………迷惑をかけないために、自分に嘘をつき続ける仕事……か」


 歌手としての道は、今は亡きミチルとの夢でもあるし、楽しんではやっている。でも、こんな事が起きてしまうと、少し考えてしまうのである。


 津島葉菜加の心の中の本音。

 元気そうに見えても、まわりに心配かけさせないために、無理していたのではないかと思うのである。

 そして、その心の疲労がどんどん蓄積していって、心筋梗塞という形で、ついには破裂してしまった。


 「…………………」


 





 

 ワカコは、仕事が終わってからすぐに、直江寺にいる宗政へと会いに行った。

 その頃にはもう、すっかり空は真っ暗になってしまっていた。

 宗政はワカコを、離れのお屋敷の、縁側の和室へと案内し、お茶をふるまった。



 「あっ、あの、宗政さん。“営業”の方はうまくいってますか?」


 「営業?ああ、昨日私が話した事についてですね。うまくいってますよ」


 「そうですか……」


 「テレビのワイドショーを通し、私の事を気に入ってくださるお金持ちの方が1人でも増えれば、しばらくはもちます」


 「…………お金持ち……ね」


 

 なんだかそれって、パトロンのようだなとワカコは思った。

 

 

 「で、あなたがここへ来た目的は、そんな事を聞くためではないのでしょう?」


 「え………ええ」


 

 そう、そんな事を聞くためにここへ来たのではない。

 


 「宗政さんは、津島葉菜加さんが心筋梗塞で死んだの、知ってますか?有名な若手のタレントさんなんですけど……」


 「………いいえ、ご存じないです。今日はこの敷地内から1歩も外へと出てませんので、そういった情報は耳に入ってきてないです」


 「そうですか………でね、そのタレントさん、私と友達だったんだけど……」


 「………………」


 「私、これでもう、2人目です。大切な友達が死ぬの……」


 「そうですか……」


 「突然死だったとはいえ、もっと私、彼女の前兆に気づけてあげられたんじゃないかって思って……」


 「…………………」 


 「だから、無念な気持ちのまま死んだかどうか、不安になって……」


 

 あの時もっと気にかけていればと、どうしても思ってしまう。

 ミチルの時もそうだった。あの時、彼女をファミレスに呼び出さなければ、もっと違った未来があったかもしれない。


 

 「…………心筋梗塞は生活習慣病の一種です。生活習慣病の恐いところは、なかなか自覚が持ちづらいところなんです。健康診断を定期的に受けていない人は特に、手遅れになってはじめて、事の重大さを思い知るケースも少なくはない」


 「………………」


 「だから、あなたのせいではありません。それに、無念や心残りといった負の感情は感じられませんし。つまり、自分が死んだという事すら分からぬまま、成仏してしまったという事」


 ワカコはゴクリと息を呑んだ。

 さらに宗政はこう言葉を続ける。


 「それに、生活習慣を改めろと他人が口を出したところで、なかなか改められないのがヒトです。このくらい大丈夫だと自分に対し甘い言い訳ばかり続けた結果、糖尿病になる人だっています。お酒をやめようとしなかった結果、肝臓を悪くしてしまったりね」


 「…………………」


 「人の身で出来る事は、思いのほか限られているんですよ。過労による心筋梗塞だった場合はなおさら、自身の体調のために今後仕事は入れるなとあなたが言ったところで、どうしようもありません」


 「………でも………」


 「それにあなただって、多少疲れていても、仕事を休もうとは思わないでしょう?」


 「………思い、ませんね………」



 思わない。

 疲れない仕事なんてないんだからとすら思っている。



 「つまりはそういう事です。疲れるのが当たり前。そういった意識のせいで、自身の体調について、そんなに深刻にとらえる事をしなかった。だから彼女は死んでしまった」


 「…………………」


 「どうですか?少しは心、楽になりましたか?」


 「………わからないです」


 「………そうですか」


 「葉菜加ちゃんが、無念を抱く事なく逝けたと聞いて、本当は喜ぶべきなんでしょうけど、でも、もう彼女の気持ちを聞く事ができないんだなって思ったら、とても悲しくなった」


 「………成仏について喜ぶべきかどうかについては、大切な友達が死んでしまったのだから、そんな簡単に、気持ちの整理なんてつかないと私は思いますよ。大切ならなおさらね」


 「…………そう、ですよね。うん、たしかにそうだ。大切な人が死んだんだから、そんな簡単に割り切れるはずないよね」



 ミチルの事だって、いまだに割り切れてはいないのだから。

 





 ワカコはもう帰る事にした。

 宗政の事は好きなので、まだまだ話してはいたいのだが、葉菜加のようにならないためにも、睡眠時間を確保するため、直江寺を後にした。



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