戸惑う想い2
まといが庇った事によって、碧は花房聖にビンタをせずに済み、事なきを得た。そしてなんとか、対談インタビューの仕事を終える事が出来た。
とはいえ、碧と聖との間で発生してしまった険悪な雰囲気は、ほかのスタッフ達もビシビシと感じてはいたようだが……。
碧の今日のスケジュールはこれで終わりなので、京王赤橋プラザホテルの近くにあったお寿司屋さんで、2人分の詰め合わせをテイクアウトしてから、マンションに帰宅した。
碧はトボトボと玄関をあがってから、リビングの椅子へと腰を下ろし、うなだれた。
まといは深くため息をつきながらも、お茶と味噌汁を用意し、テーブルのうえに置いた。
「…………まどかちゃん。庇ってくれてありがとうって、言うべきかな?」
「…………………」
「それとも、あなたが庇ったのは花房聖の方?彼女が平手打ちされないように、私に体当たりしたの??」
蒼野まといが花房聖とつき合っている。
この事実は、思った以上の精神的ダメージを碧に与えていた。
まといは、そんな碧に対し、こう言った。
「何についてケンカしているのかは、あの距離からだと聞こえづらくてわからなかったけど、私が守りたかったのはあなたの方かな」
「えっ………」
テーブルのうえでうなだれていた碧だったが、顔をゆっくりとあげた。
「あそこでもし、あなたが聖さんを叩いていたら、マスコミが面白おかしく書き立てるのは目に見えてたしね。そういうの、やなの」
「………………」
「あなたがいま、どんなに精神的に参った状態であっても、マスコミにとって、それは関係がないんだよ。報道の自由を笠に着て、正当性を主張する。そして、警察側も、彼らを取り締まったりはしない」
「…………………」
「だから、私はあなたを守りたかった。この気持ちに対しては、嘘偽りはない」
「……でも、幻滅したでしょ?」
「えっ?」
「いやな事を言われても、耐えて平静を装うのがオトナなのに……私は子供みたいに、手をあげようとした。そう、みっともなくね」
「…………」
「みんなに好かれていた頃の風椿碧は、もういないんだよ………」
「…………それでいいんじゃないの?」
「えっ?」
「だって、もう疲れたんでしょ?人気者の風椿碧を演じるのに」
「………………」
「だったらもう、終わりにしていいのかもしれないよ。もうみんなに好かれなくていいんだよ」
「……でもわたし、嫌われたくないんだよ」
「嫌われる事になっても、仕方がないと思う。完璧な風椿碧しか愛せない人じゃ、意味なんてないんだよ」
「………………」
「あなたの、弱い部分も込みで、受け止めてくれる人じゃなきゃ……」
「なら……なら、あなたはどうなの?」
「………………」
「私の事、受け止めてくれるの?」
碧の、大きくてきれいな目がまといへと向けられている。
「………………」
本当は、視線を逸らしたかった。
彼女を受け止める立場に、自分は今いないからである。
でも………。
でも………。
守りたい………。
「私はあなたの事を嫌いになんてならない。絶対に」
自分で言っておきながらまといは、己の浅はかさに対し、締め付けられるような胸の痛みを覚えた。
でも他に、なんて言うべきかわからなかった。
ここでもし『あなたの事は受け入れない』なんて言おうものなら、さらに深く傷つけるだけでしかない。
「ありがとう……うれしいな」
碧はにっこりと笑みを浮かべた。
ズキン。
罪悪感でさらに胸が痛んだ。
「じゃあさ、まどかちゃん。一緒に寝よ」
「えっ?」
「このお寿司を食べたらさ、仮眠を取りたいんだよね。ちょっと疲れちゃった。だからさ、一緒に仮眠取らない?一緒にベッドに入って、近くにいてほしいっていうか……」
「………………」
「あっ、いやならいいんだよ。部屋の布団、しばらく干したり洗ったりしてなかったから、掛布団に染みついた汗がまどかちゃんの服に染みついちゃうかもしれないし」
「別にいいよ……」
「ほんと?」
「うん」
一瞬、18禁の方を想像してしまったので、どう答えていいかわからなかったが、心配する必要は、最初からなかった。
だって、つき合ってもいない相手に対し、あろうことか、碧がそんな事言うわけがなかったからだ。
というより、なんで18禁の方を想像してしまったのか。
聖に、一緒にお風呂に入ろうなんて言われたせいなのか……。
それとも………。