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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十三章 くすんだはずの炎
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過去の自分を棄てた理由



 まどろみを誘う今の時期は特に、福富神子は憂鬱になる事が多い。



 4月、5月なんかは特に、ポカポカ陽気ばかりが続いてしまうので、気がなにかと緩んでしまうのである。

 そんな時はいつも、彼女は冷房をガンガンにかけるのだ。

 手が(かじか)むくらいに寒い思いをすれば、気の緩みも静まり、よけいな事を考える余裕もなくなる。

 そう……よけいな事など、考えてはいけないのである。

 

 でないとすぐに、気が狂いそうになってしまうから………。

 




 あの頃は……、あの頃は本当に、すべてが苦しくてしかたがなかった。

 夫となる予定だった恋人と、あと子供まで殺されてしまったからだ。

 子供の方は、生後1か月にも満たなかったというのに……。



 2人は火事で死んだ。

 放火だった。それも、かなり手の込んだタイプの……。



 寝静まった深夜の安アパートにて、その放火は起こった。

 内側にポストがついているタイプの玄関扉だったので、その差込口からガソリンを注ぎ込むのは、とても簡単だった。

 でもその前に犯人は、玄関扉の隙間を、金属の液体、はんだを使って固めて、外へと2人が逃げられないようにしたのだ。


 そしてその火事は、アパート全体を包み込むほどの大惨事となり、福富神子の恋人と、その子供は焼死した。

 なぜ福富神子だけ生き残ったのかというと、産後貧血がなかなか治まらず、ついには失神までしてしまったので、恋人が彼女を病院まで送っていったのである。でも、子供の面倒も彼は見なければいけなかったので、すぐにあのアパートへと帰ったのだった。

 




 彼が生きていた頃は、何もかもがまどろみに包まれているかのように暖かく、幸せだった。




 とてもやさしい人だった。

 そして、正義感にあふれた人でもあった。

 “戸土間”の事なんて探らなければ、こんな事にならなかったのかもしれない。



 彼は戸土間について、こんな事も言っていた。



 「神子。この“戸土間の悲劇”についての、本当の方の真実を、なるべく早くおおやけに晒さなければ、また、第2、第3の悲劇が起こるかもしれない」


 

 戸土間の悲劇。

 15年前に起きた大地震のせいで、戸土間市内に建っていた工場が大爆発し、ビルも崩れ、道路も塞がってしまって、戸土間市に住んでいた住民達はみんな、孤立状態になってしまったのだ。液状化現象まで発生し、地面の陥没。誰も戸土間の外へと逃げられなくなってしまった。

 そしてその(かん)も、4次災害、5次災害が起こって、たくさんの人が亡くなってしまったのである。



 だけど、そこまでの死者を出した本当の原因は、地震だけではなかったのだ。





 でも、そんなの、戸土間の人達には悪いが、しょせんは他人事でしかない。

 こんな形で殺されてしまうくらいなら、真実なんて放っておいて、素知らぬ顔をしていればよかったというのに……。





 どうせならあの時、恋人と子供と一緒に死にたかった。

 1人だけ生き残ってもむなしいだけである。


 誰もが福富神子に同情し、励ましの言葉を口にしたが、彼女の心にはいっさい響いたりはしなかった。

 だって、どこかの刑事ドラマで覚えてきたであろう『歯を食いしばってでも生きなきゃだめだよ』なんてテンプレートな言葉、恋人と子供を失いたての人に対して平気で言えてしまう時点で、励ましなんかではなく、ただただ無神経なだけでしかなかったからだ。


 だから福富神子は、まわりに期待する事はすぐにやめ、1人で生きていく事に決めたのである。

 死のうかどうかも考えたが、せめて、この事件を企てた犯人の顔に唾を吐いてからでも、遅くはないと思ったので、踏みとどまった。


 

 長かった。

 ここまで来るのに15年もの時間を要してしまった。



 でも、悲しみを抑えつけるのに必死で、憎しみの感情すらも鈍化させてしまったのは、ある意味では、加賀城密季の指摘通りだった。


 喜怒哀楽の感情を抑えつけてしまえば、ちょっとした事でも悲しいとは思わないし、誰かに煽られても、馬鹿みたいにその挑発に乗る事もなく、冷静でいられる。

 こんなにいい事はなかった。

 

 だけどそのせいで、復讐の炎はとっくのとうにくすんでしまっていた。

 冷静になりすぎてしまったせいで、ふと、こんな事を思ってしまったからだ。


 復讐を成し遂げても、その先には何もない。

 恋人も子供も生き返りはしないのだから、こんなの、無駄でしかないと。




 でもいまさら、他に生き方なんて選べなかった。

 恋人も子供も生き返らないからこそ、別の生き方を探したところで、その先にはやはり、何もありはしない。

 どんな選択肢を選んだところで、希望ある未来なんてありはしないのだ。

 


 だからこそ福富神子は、冷房をガンガンにかけるのである。

 気を紛らわせるために。



 ようやくここまで来たのだ。とうに復讐の炎はくすんでしまったが、中途半端に投げ出すくらいなら、せめて完全な形で終わらせい。

 

 



 

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