夢のあとで・・・。
碧は夢を見ていた………。
やたらとリアルな夢である。
そう、この夢は、最近見た“あの夢”とまったく一緒だった。
ツルツルとした幅広の白い廊下に、壁にはやたらと張り紙が貼ってある。
地域清掃活動のお知らせや、ココロの相談室のお知らせ、弁護士の無料相談といったモノまで貼ってあった。
人の通りは少ない。
スーツにネクタイ姿のいかつい男性達が、なにやら隅でこんな話をしていた。
「なんで毒なんか………」
だけどすぐに、テレビ画面でいうところの砂嵐現象が起こり、プツンと一旦夢の中が真っ暗になってから、桜の花びらが舞う展望台へと場面は移ったのだった。
その展望台には、たくさんの人達が倒れている。
やたらと無精ひげの男達もその中に含まれていて、彼らのそばには、拳銃が転がっていた。
女性も2人いた。
その内の1人は、後ろ手に両手首をまわされ、手錠をかけられた状態のまま、うつぶせになっている。目は瞑っているが、気を失っているだけみたいだ。
もう1人の女性は見た事があった。
東京高匡総合病院前で出会った、あの彼女だった。
たしか名前は、加賀城密季だったはず。
彼女は、顔がもう真っ白だった。
唇がかすかに動いているが、このままだともう時間の問題だった。
すると、そんな彼女へと近づく、もう1人の人物が登場する。
例の占い師の彼女だった。
彼女は、手に注射器を持っていた。
そして、そこでこの夢は終了した。
でも、目を開けても、部屋は真っ暗のままだった。
どうやら、いつの間にか夜になってしまったらしい。
碧は、ベッドの脇に置いてあったリモコンで電気をつけ、ナイトテーブルの上にあったデジタル時計へと目をやった。
23時だった。
額には冷えピタが貼ってある。
まだカピカピにはなっていない。つまり、額に貼られてから、そんなに時間が経っていないという事なのだろう。
部屋を出ると、リビングチェアに座りながら、メガネの高さを調節している“例のマスク姿の家政婦”がいた。
テーブルには、碧が渡したお金のお釣りが置かれている。
どうやら買い物は2万円以内に済んだらしい。1万円札が8枚も、テーブルの上にあった。
赤毛の家政婦は、すぐに碧の方へと顔を向けた。
「……………………」
この家政婦、よく見ると、とてもきれいな、大きな目をしている。
「体調はよくなりました?」
「えっ……ああ……まあ、大分」
「本当は、こんな時間まで長居するのは失礼に値するんですけど、もし悪化したら、救急車を呼ぶにも、1人じゃ苦労するだろうなって思って。様子見で残ったんです」
「……そうですか。ありがとうございます」
「おかゆ、今から作りますね。おかゆ用の出汁はもうできてるから、あとはご飯を入れてサッと煮るだけ」
リビングチェアから立ち上がった赤毛の家政婦は、鍋に火をつけ、中の出汁が煮立ったタイミングで、炊飯器の中の1人分のご飯を鍋に投入した。
「ねえ、家政婦さん。あなた、名前は?」
「………えっと……あか……アカサカ・マドカ。赤坂円です」
「まどかちゃんね」
「テンマさんが作ってくれたレンコンのキンピラ炒めと一緒に、食べてくださいね」
まどかことまといは、ミニサイズの土鍋におかゆを注ぎ、小皿に、レンコンのキンピラ炒めを入れた。
そしてそれらをリビングテーブルの上にのせた。
「まどかちゃんは?まどかちゃんは夜ご飯は食べたの?」
「ええ、食べましたよ」
ギュルルルルル。
「………………」
「………………」
「本当に食べたの?」
「いや、いっ、今の音は、ほらっ、胃が活発に動いている音っていうか……」
「小腹が空いてるんなら一緒に食べてよ」
「だっ、大丈夫です。家に帰って食べますから」
一緒に食べるわけにはいかなかった。
だって、食べるとなると、マスクを外さないといけなくなるからだ。
「じゃあ、私もう帰りますね」
まといはそそくさと玄関へと急いだ。
でも、碧はすぐあとを追ってくる。
「待ってよ。できれば、また来てくれるとうれしいんだけど」
「え………」
「最近は特に、家事とか私、しなくなっちゃったし、面倒くさいなとすら思うようになっちゃったから、だから、家政婦さんがいてくれると助かるっていうか」
「…………」
「できればあなたを雇いたい。だって、態度が悪い家政婦に来てもらってもあれだし、チャラチャラした人とかもカンベンって感じだから、毎日じゃなくてもいいから、週に何回か来てほしいっていうか」
「…………」
「もちろん、お金には色をつける。ほかのところで働くよりかは得だなって思えるような金額でね」
「…………」
「だから、電話番号とか教えてくれると………」
「だめです。スマホとか持ってないし」
そう、こんな事、今日限りにすべきだった。
碧の事が心配じゃないわけではない。時期的に考えても、碧がこんなになるまで追い詰められてしまったのは、あきらかに自分のせいだったからだ。
でも、警察に自首するという未来しかない自分が、これ以上は関わってはいけない。
「じゃあ、私のスマホ、貸してあげる。3つ持ってるから。仕事用に、プライベート用。あと、どっちか壊れた時の予備で、もう1本」
「そんな事しないで、ほかの家政婦雇ってください」
「やだ」
「………」
「あなたがいい。あなた以外は雇わない。だったら1人でいいや。徹底的にこの部屋をゴミ屋敷にするから。朝、昼、晩、ずっとカップラーメンでいいし」
「………………」
どうしよう。
彼女は本気だ。
実際、あの冷蔵庫はスッカスカだった。
御影テンマだって、毎日は碧の様子を見れないからこそ、まといにあんな形で家政婦を頼んできたのだ。
「……………わかりました」
「やったぁ。じゃあ決まりね」
いったん碧は、奥の部屋へとスマホを取りに行き、すぐに戻ってきてまといへと渡した。
あと、このマンションへ入るためのカードキーと、この家の鍵もまといに渡した。
「じゃあ、今度こそ私、もう帰ります」
「うん、じゃあね、まどかちゃん」
そしてまといは出ていき、玄関のドアが、ゆっくりとガシャンと音を立てた。
「じゃあね。まといちゃん……」