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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十二章 遅咲きの桜の真ん中で
175/487

最悪


 鹿津絵里からの電話を受けた加賀城は、急遽(きゅうきょ)、東京にある電機量販店に、片っ端から電話をかけ、あのカメラと同じタイプのものを、購入したのだった。

 といっても、年ごとに新しいヴァージョンが発売されているので、そこだけはまったく同じというわけではない。

 でも、色も形もほぼ一緒なので、遠目からでは、ニセモノとわからないだろう。


 

 品川かなめを人質に取られてしまっているので、遺留品置き場にもあのカメラがない事を、ばれるわけにはいかなかった。でないと、品川かなめは用済みになってしまう。

 せっかくここまで来たというのに、そんなの、あまりにもひどすぎる。


 

 鹿津絵里に指定された場所は、赤橋展望台広場だ。広場と同じ敷地内にあるその展望台は、坂道をのぼったところにあり、遠くの景色も見渡せて、大きな桜の木が何本か生えている。

 近くには大きな広場もあるため、小中学生がよくそこで野球をしたりもする。

 でも夜は、桜の木をろくでもない不良に傷つけられてしまうのを防ぐため、広場を含む敷地の周りは、10メートルほどの塀で囲われている。


 「……………」


 出入り口の門は閉まっていたが、切断された錠前が地面に落ちていて、容易に中に入る事ができた。

 きれいに整ったコンクリートの道が、奥まで通っている。

 展望台は、この道の奥の方にあるため、加賀城はこのコンクリートの道を進んでいった。

 少し離れたところに、ネットフェンスに囲まれた、野球ができそうなくらいに大きい広場が見えた。もちろんそこには誰もいなかった。

 木々がザワザワと揺れ、枝からプチっと取れた葉っぱが、地面へと何枚も落ちた。


 不穏、不審、不安。不吉。


 頭の中で、縁起の悪い言葉ばかりが浮かんでくる。

 きっと大丈夫だと心に言い聞かせようとしても、やはり限界があった。

 だって、神様じゃないからだ。鋼のようなメンタルなんてありえない。

 


 「……………」


 もう5月だというのに、遅咲きの桜の花びらが何枚も、風に乗ってここまでゆっくりと漂ってくる。

 でも、綺麗とは思わなかった。

 それはなぜかというと、気持ち悪いほどの生暖かい風が、加賀城の頬を撫でたからだ。





 そして加賀城は、展望台へとたどり着いた。

 



 遅咲きの桜の木々達がゆらゆらと揺れていて、地面に桜色の絨毯を敷いていた。

 展望台の先端の柵のところに、鹿津絵里と、彼女が持つナイフを首元にあてられている品川かなめがいた。

 品川かなめの顔色が悪い。

 あと、彼女の近くには、汚い身なりの男達が立っている。

 無精ひげが多かった。



 鹿津絵里はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 加賀城は深いため息をついた。そして鹿津絵里に対してこう言った。



 「カメラなんて放っておいて、海外にでも逃げればよかったのでは?パトロンがいたはずですよね?お金には困ってないはずです」


 「わかってないのね。そのカメラの価値を……」


 「わかりませんね。こんなの、人を殺すための、ただの“ゴミ”ですよね」


 「生まれ持った才能のあるあなたにはわからないわよね。どんなに努力をしても、カリスマが無ければ、誰からの評価も得る事はできないわ」


 「そんな事はないと思いますが」


 「私が欲しいのは、“並”の評価じゃない。大物としての評価なの」


 「……………」


 「努力して、いい大学やいい職場に就いても、結局は、『へえ、すごいね』どまり。永遠の関心を得る事なんてできない。でも、そのカメラさえあれば、誰もが私の事を認める。そしてようやく、私は生きる意味を見出す事ができる」


 「……………」


 「誰からも認められないのは、死んでいるのと一緒」


 「あなたの……そのエゴのために、何人死んだと?」


 「あの生徒達には、そんなに価値なんてないでしょ?田端翔に対するいじめを見て見ぬふりをし、さらに、大崎望の事まで見殺しにした」


 「見殺しにしたのは、あなたも同じでしょ?あなたには充分、彼を救うチャンスがあった。でも、あなたはそれをしなかった。彼を使って田端翔を精神的に追い詰めさせ、硫化水素爆弾をあの視聴覚室に設置するように誘導までした」


 「それは彼を救うためよ。あなたも精神科警課の人間ならわかるでしょ?心がボロボロになってしまった人間が、普通の日常を取り戻すのは不可能。なぜなら、精神的不調は身体的不調を引き起こすから。そのせいで、自律神経も、取り返しがつかなくなるくらいにボロボロになってしまう。そして、規則正しい時間にいまさら寝るように努力しても、トラウマが何度も何度もよみがえっては、心をかき乱そうとする。さらに、心筋梗塞に陥るケースもある。自律神経の乱れのせいで、血液の巡りも悪くなってしまうから」


 「だから??だから死んだ方が幸せだと???」


 「ええ、そうよ」


 「………………」


 「死んだ方が幸せの事もある。死んだら負けとか言う人はいるけれど、本人のためを思うなら、死なせてあげるべきなの」


 「………………」


 「だって、元気出せと言ったところで、借金だって消えないし、病気だってよくならないわけでしょ。トラウマのせいで苦しみ続けるくらいなら、いっそ……」


 「…………私ならあきらめない」


 「は?」


 「あなたはただ単に、(こら)(しょう)がないだけです。すぐに結果を求めて、早々にだめだと決めつけてるだけ」


 「…………」


 「すべてはただの自己満足。だからこそ早々にあきらめられる。他人のために“無駄な時間”をなるべく使いたくないと思っているから」


 「……………あなた、少し身の程を知った方がいいわね。この子を殺すわよ」



 鹿津絵里の握っているナイフがキラリと光った。

 品川かなめは苦しそうだ。

 胸の不調を訴えた当日にこんな事になってしまったので、ひょっとしたら、ズキズキと痛んでいるのかもしれない。

 これ以上のストレスは危険だった。心筋梗塞を起こして死ぬ可能性もある。

 桜の花びらが、ゆっくりと宙を舞っている。



 「そんな事したら、このカメラ、壊しますよ?」


 「……………」


 「あなたのアイデンティティを確固たるものにするためには、このカメラ、必要のはずですよね」


 「……………そうね。なら、取引と行きましょうか」


 「と言いながら、私ごと彼女を殺すつもりですよね?」


 「…………………」


 「知ってますよ。あなたが最初から私の事を嫌いだって。そして、私に対し、劣等感を抱いている事にも」


 「…………………」


 「だからこそ、取引と見せかけて品川かなめさんを私の目の前で殺し、私のプライドを叩き折ってから、私を殺そうと思ってる。そして、そこの男の人達が銃を持っている事にも、とっくのとうに気づいていますよ」


 「………………」


 「そこの男の人達が私の事を銃で撃っても、私は最後の力を振り絞って、このカメラを叩き壊します」


 「でも、あなたが懐に隠している銃で私の事を撃っても、私は最後の力を振り絞って、彼女の首を掻っ切るわ」


 「……このままだと埒があきませんよ」


 「………じゃあ、この毒を飲んでもらいましょうか」



 鹿津絵里は、液体の入った小瓶を加賀城へと放り投げた。

 

 

 「遅効性の毒が入ってる。テング茸をブレンドしたものよ。解毒剤は私が持ってる。それを呑んでもらいましょうか」


 「……………」


 「心配しないで。毒を呑んでいようが、そうじゃなかろうが、あなたはどっちにしろ、最後の力を振り絞ってカメラを叩き壊すのはわかってる。この毒はね、そう、保険みたいなもの」


 「というと?」


 「彼女を解放してあげる。でも、解毒剤は私しか持っていないから、あなたはここを離れられない」


 「……………」


 

 鹿津絵里が男達へとアイコンタクトをすると、そのうちの1人が、懐から品川かなめのスマホを取り出した。

 


 「無事、この敷地の外、つまり、あの門の外側へと品川かなめが出たら、加賀城さん、あなたのスマホに電話をさせるの。そうすれば、品川かなめは安全という事になるわ」


 

 品川かなめは首を横に振った。

 でも加賀城は小瓶を拾い、中の液体をごくりと呑んだ。

 シロップのような味がしたが、すぐに苦みが喉全体を襲ってくる。

 

 だが、しびれや痛みは襲ってはこなかった。

 どうやら、遅効性というのは本当らしい。


 

 鹿津絵里は品川かなめを解放した。

 品川かなめは、オドオドとしながらも加賀城のもとへと走ったが、男達が品川かなめへと銃口を向け始めたので、加賀城は彼女に、早くこの敷地の外へと出るように言った。


 品川かなめは、仕方なく加賀城の横を通り過ぎ、敷地の外へと、ゆっくりながらも走っていったのだった。


 「………………」


 加賀城は、胃もたれのような不快感を覚え始める。

 胃に爪を立てられているような、そんなキリキリとした痛みも、徐々に強くなっていった。

 それでも必死に心を強くもって耐え、品川かなめから電話がかかってくるのを待った。


 すると、まもなくして彼女から電話がかかってきて、広場の外へ出たと報告してきた。

 加賀城は彼女に対し、早く病院に戻るように言ってから、電話を切った。


 

 「さあ。次はそのカメラを私にちょうだい。解毒剤はそのあとに渡してあげる」


 「いりません」

 

 「えっ……」


 「というより、渡す気ないでしょう?持っていない可能性すらある」


 「…………なら、なんで呑んだの?助かる保証すらないのに………」


 「言ったでしょう?私はあきらめるつもりがないんです。品川かなめを助け、あなたを捕まえる」


 「……無理よ。あなたは撃たれて死ぬわ。さすがによけられないでしょう?」


 「それでも、最後の力を振り絞って、あなた方全員を生かしたまま倒して見せます」


 

 男達が持つ拳銃の銃口は、すべて加賀城へと向けられている。どちらが不利なのかは、考えるまでもなく、あきらかだった。

 だけど、加賀城の顔に、焦りなんてなかった。



 だからだろうか。逆に鹿津絵里の表情から、余裕がなくなったのは……。

 そして加賀城は口元に笑みを浮かべた。



 生温かい風が鹿津絵里の頬を撫でた。

 銃声が、1発、2発、3発、4発と天を貫き、宙を漂う桜の花びらに、血が飛び散ったのだった。

 加賀城は、いつの間にか男達の懐へと飛び込んでいて、男達の体勢を崩すために、すばやく足をかけたり、体当たりをしたりした。そして、上半身を後ろへと大きく反らして男達の攻撃を次々と避けた。さらに、今度は彼らの後ろへと回り込んで、懐から取り出した拳銃の硬さを使って、肩の骨を折るために、勢いよく一直線に振り下ろしたのだった。


 鹿津絵里の顔が真っ青になった。

 男達が次々と気絶し、地面へと倒れていく。

 

 そして加賀城は、ゆっくりと鹿津絵里の方へと顔を向けた。


 その時になってはじめて、鹿津絵里は後悔した。カメラなんて放っておいて、海外へ逃亡すれば、こんな事にはならなかったというのに。


 でも、加賀城はもう助からない。

 解毒剤を持っていないからだ。

 今ならまだ、決死の覚悟で立ち向かえば、何とかなるはず。


 鹿津絵里は、手に持っていたナイフを加賀城へと向けたが、すぐに蹴りが飛んできて、ナイフは空高く飛んで行ったのだった。


 そして、遠くの地面へと、グサリと突き刺さる。

 結局、鹿津絵里は後ろ手に拘束され、両手首に手錠をかけられてしまった。


 桜の花びらが、きれいにヒラヒラと宙を漂っている。

 



 「…………………」



 

 終わった…………………。

 

 ようやく鹿津絵里を逮捕した…………。





 自分の命と引き換えになってしまったが、人生なんて、しょせんこんなものなのかもしれない。

 多くを望んでも、すべてを得る事はできないのだ。

 もちろん、こんな結末が正解だとも思わない。品川かなめからしたら、自分を助けるために加賀城が死んだだなんて、いい迷惑どころか、心の傷をさらに広げてしまう可能性すらあった。

 でも、だからといって、彼女の事を見捨てるなんて、到底できるわけがなかった。


 城士松には怒られてしまうかもしれない。

 品川かなめのその後の心のケアについてはもう、彼に任せるしかなかった。




 後悔はしていない。






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