せめて、自分にできること
5月5日 11時過ぎ。
福神出版にて、福富神子が昨日の殺害予告の件について記事を書いていると、またまといが、アポなしでやってきた。
まといとは、朝、話をしたばかりである。
いいかげん、アポなしについては怒るのも飽きてきた。
「なあに、蒼野さん。手伝いでもしに来たの?」
「手伝う事があるのなら喜んで手伝いますけど、違います」
「じゃあなに?」
「カツラ持ってませんか?ウィッグともいいますけど」
「は?もしかして円形脱毛症になったとか?」
「違います。変装がしたいんです」
「なら、私が前にあげたウィッグをつければいいじゃない」
「それじゃあダメです。あの髪型はもう碧さんにバレてしまっているので使えないんです」
「……………ねえ、なにするつもり?」
「家政婦です。碧さんは今、まともに食事もとっていないみたいなので心配で」
「ふうん。なるほどね」
「だから、新しいカツラ……じゃなかった、ウィッグを被ってマスクすればバレないんじゃないかなって……」
「………わかった。じゃあ、これあげる。赤毛で、少しウェーブがかったロングヘア。ヘアゴムで2つ分けとかにして髪形を変えれば、家事してる最中でも邪魔にはならないでしょ」
「わぁ、助かります。あっ、手伝ってほしい事があれば手伝いますよ」
「ううん、いまは大丈夫」
「そうですか。じゃあ行きますね」
そしてまといは部屋から出て行った。
「……………」
福富神子は、コーヒーをマグカップに注ぎ、一息ついた。
「このままだと………バッドエンドになる………」
まといが手に入れてくれたあのUSBを使って、ELSAについて調べていたら、とんでもない事がわかった。
かつてのELSA銀行と、今はなきBECKという名の会員制ナイトクラブとの関係。
このBECKでは、脳みそまで腐りきった政財界の要人達が、借金苦で奴隷と果てた女達を使って、毎日のように“胸糞悪い遊び”をおこなっていたのだ。
この被害者達の何人かには、ある共通点があった。
そう、彼女達を奴隷へと仕向けた人物との共通点である。
そしてその人物は、罪から逃れるために、円城寺サラに何もかも押しつけ、彼女を死に追いやった。
本当ならこの事をまといに言うべきである。冤罪を裏付ける証拠としては弱いかもしれないが、まといを復讐の鬼へと追いやった元凶のひとりでもあるから…。
でもわからない。言うべきか、口をつぐむべきか。
人を散々殺してきた彼女にこんな同情、本当は不要なのかもしれないが、それでも、告げた後の事を考えると、こんなの、あまりにもむごすぎだった。
「……私も、一歩間違ってたら、あんな風になってたのかもしれないわね」
でも、まだ踏みとどまってる。
もしも、この件がすべて終わったなら、彼女のような人間をなるべく出さないための、そういった運動をしようと思った。