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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第二章 御影テンマと稲辺頼宏
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稲辺頼宏の事情1



 稲辺頼宏(いなべよりひろ)は35歳の男性である。屈強な体つきが特徴的ともいえるだろう。



 そんな彼は20歳の時、父親の腹部を包丁で深く刺して殺害し、13年服役した。

 

 本当なら、人殺しなんてしたくはなかった。

 でも、早く決断しないと母の精神がもたないと思ったから、頼宏は覚悟したのである。

 

 この父親というのが、外面(そどづら)だけはやたらいいタイプのDV男で、会社で受けたストレスを怒鳴り散らす事で発散したり、跡が残らない程度に母や頼宏をいたぶり続けたりして、まるで奴隷のように扱ってきたのである。


 そんな2人を見て父は、満足そうにニヤニヤと笑っていた。

 だから、殺す以外の他に手はないと思ったのである。



 

 でも…………。



 

 頼宏の母は、結局入院中に死んだ。判決が下されてから3年後の精神科の病棟で、心筋梗塞を引き起こしたのだ。


 頼宏が父を殺害したあの時点ですでに、いつ心筋梗塞を起こしてもおかしくないほどに、母の心臓はもうボロボロだったらしい。

 それでも3年間ももったのはある意味では奇跡だったが、結局精神的に元気になる事はなく死んだ。



 そう…………父を殺そうが殺すまいが、結局、誰も救えなかったというわけである。

 もっと早く決断していれば、もしかしたら展開は変わっていたかもしれない。


 だから、仮出所の話が出た時も、頼宏は迷わず断った。

 そして13年の刑期をきちんと経て、出所した。




 でも、働く場所は限られていた。




 頼宏はまともに大学を卒業しないで刑務所に入ってしまったため、学歴もないし、職歴もない。そう、20歳から33歳の間が空白なわけである。だから面接の際、そこを突っ込まれたら終わりだ。

 ただの不採用で終わるならまだいい方で、空白の理由を独自に調べられでもしたら、13年前の事件が明るみになる。

 

 だから、履歴書不要でも働ける短期バイトで命をつなぐしかほかになかった。



 もちろん、アパートなどの部屋は借りたりはせず、毎日マンガ喫茶で夜を明かした。意外とマンガ喫茶は便利なのだ。シャワーを浴びたりもできるから。

 いわゆるマンガ喫茶難民というやつだ。



 そんな暮らしを約1年間続けたある日、ふと頼宏はこんな事を思った。



 これ以上自分に生きる意味などあるのだろうかと………。




 「………………………」



 

 答えなどとっくに出ていた。

 むしろ、なぜいままで、その事について考えようとしなかったのか。

 そう、意味なんてないのである。


 



 そして、ある日の昼下がりの事だった。

 家電量販店の店頭に並んであるテレビでは、こんなニュースが流れていた。


 頼宏はコンビニへ向かう途中だったが、既視感のあるそのニュースの内容に、思わず足を止めてしまった。


 人気アイドルグループの20歳の男性が、DVの父親を殺害してしまったといった事件だった。犯人の供述によると、殺人はしたくなかったが、母親の精神が崩壊寸前だったため、決意したらしい。


 そう、頼宏が犯した事件とまったく一緒の内容だった。

 あきらかに違う点と言えば、ニュースの尺の長さと、彼を同情する市民の声が多いという事。レポーターが通りすがりの人にマイクを向けると、『殺人は悪い事だが情状酌量の余地あり』といった意見が出たり、『正当防衛を認めてほしい』や『これは一種の無罪でもある』といった意見すらあった。



 13年前、いや、もう14年前になるが、あの時とは大違いだなと頼宏は思った。

 あの頃は、傍聴席からは『血も涙もない悪魔』と野次が飛ぶほどだった。

 

 まあでも、罪は罪だ。

 今さら誰かを(うらや)んだところで、過去は変わらない。

 コンビニへ行こう。お腹がすいた。

 

 頼宏は、テレビから顔を背け、体をコンビニのある方角へと向けようとする。だが………。


 

 ガラの悪い男達にぶつかり、地面へと転がされてしまった。




 「けけけ、バーカ」



 そしてその男達は、頼宏がポケットにしまっていたはずの財布を軽やかに空中でキャッチし、どこかへ行ってしまった。



 「……………………」



 頼宏は倒れた状態のまま、深くため息をついた。



 もうどうでもいい。

 このままあてもなく放浪して、餓死して死のう。




 

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