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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十二章 遅咲きの桜の真ん中で
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いい傾向



 5月5日 AM7:21。東京高匡総合病院。閉鎖病棟。



 品川かなめは、スマホでゲームをしていた。パズルゲームである。

 

 3週間くらい前に、彼女のために加賀城がスマートフォンを持ってきてくれたのだが、そのスマホの中に、すでにアプリとして入っていたキャラクターモノのパズルゲームを、またやりはじめたのである。

 

 本当は、ゲームなんて楽しめる気分ではなかった。

 夕桐高等学校の事件から、まだ半年も経っていないし、27人も死んでしまったので、それらをすべて忘れてゲームだなんて、できるわけがなかった。



 でも、品川かなめはスマホを手に取った。



 品川かなめは今日まで、あの出来事を忘れるために、必死になって、喜怒哀楽の一切の感情を、自分自身の手で押し殺し続けてきた。

 だって、感情の一切が死んでしまえば、恐怖も、悲しみも、寂しさも感じずに済むと思ったからだ。


 だけど、完全には無理だった。


 どんなに必死になって押し殺そうとしても、せき止めていた感情が、突然、一気に溢れ出してしまうのである。

 そして、気が狂いそうになって、死にたくなるを繰り返した。

 自分の腕に爪を立ててズタボロにしようとしたあの行為も、そういった行き場のない感情の表れでもあった。


 でも本当は、死にたくなんてない。

 求めているのは“死”ではなく“救い”だったから。

 だからこそ品川かなめは、スマホを手に取り、ゲームをまたはじめてみたのだ。


 心の底からゲームを楽しむ事はさすがに無理だが、少しだけでもいいから、楽しいという感情の一部を取り戻せたら、ほかの感情の一部も、取り戻せるような気がしたから。

 そして、自分自身と向き合うのである。

 この先どんな風に生きていくべきか、自身の罪と向き合いながら、考えるのだ。


 すこし心細いが大丈夫。電話をすれば必ず来てくれると、加賀城密季が言ってくれたから。






 胸が………苦しい。

 吐き気もする。



 胸の不調を主治医に訴えたら、症状について、こう説明された。

躁鬱(そううつ)状態を繰り返した事が影響して、自律神経失調症へと陥ってしまっていて、血液の巡りも悪くなっており、心臓にも負担がかかりやすくなってしまったらしい。

 でも、症状の軽いうちに、精神面や生活習慣を正していけば、まだまだなんとかなるそうだ。



 その後、品川かなめの主治医は、加賀城に電話をし、胸の不調について報告した。

 加賀城は駅のホームにいた。



 「そうですか、胸の不調……ですか……」


 『依然として気を抜けない状態ではありますが、いい傾向ではあります』


 「彼女はずっと、無気力状態が続いていましたからね。だから、自分の不調を話すようになってきたのは、たしかに良い傾向といえるでしょうね」


 

 彼女のような経験をした者は、立ち直るまでに何年もかかったりもする。だから、自分の体調不良を主治医に訴える心の余裕が出てきたのは、ある意味ではいい傾向でもあった。このまま病気で死んでも別にいいやと思っている人は、いちいち、主治医に相談したりしないからだ。

 なのでこれからは、少しずつでいいからいろんな人達とのコミュニケーションを増やし、心にゆとりをもっと持てるよう、環境を整えてあげればいい。

 主治医の許可が下りれば、たまには外出させたりして、息抜きもさせる。



 あとは、鹿津絵里の件をなんとかすれば、品川かなめをようやく救う事ができる。




 きっと大丈夫。




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