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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十二章 遅咲きの桜の真ん中で
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蒼野まといの現在5


 翌日の5月5日の朝。


 まといがこの新居で迎えた、最初の朝だった。


 目を開けると、シミひとつない天井がそこにはあったが、“綺麗”という感想よりも、物足りなさから来る心細さの方が大きかった。


 ベッドも、ふかふかではあるものの、この寝心地にはまだ慣れそうにない。


 まといはゆっくりと上半身を起こして、あたりを見渡した。


 

 「…………………」



 写真をプリントできるプリンターの横には、L判の光沢紙がずっしりと積んである。

 昨日はそんなに注意深く見ていなかったので気づかなかったが、おしゃれなオフィス用デスクのうえにノートパソコンまであった。


 

 そう、まといは昨日の夜に、この“新居”へと引っ越してきたのだ。

 あの掻揚町にあるホテルの部屋は、広かったけどベッドがひとつしかなかったので、ある意味ではありがたかったが、これはこれで、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。


 いつの間にか、恋人同士という事になってしまったし………。



 たしかに、あのホテルの部屋ではじめて目を覚ましたあの日、彼女に両手で優しくギュッとはしてもらったが、『あなたの恋人になります』とは一言も言ってないのだ。

 でも、彼女の優しさに寄りかかってしまったのは事実で、昨日だって、テディベアをめでるようにギュッとはしてもらった。それに、うれしかった。

 もしかしたら恋愛的に、そういった“寄りかかり行為”は『あなたの恋人になります』と同等の意味を持つのかもしれない。

 

 別に別れたいとか、恋人というこの関係をなかった事にとか、したいわけじゃない。

 ただ、いまだに、恋愛云々についてはよくわかっていないというか、恋愛に対して、こちらの気持ちが追いついていない部分もあるので、聖に不満を与えてしまわないか、心配なのだ。


 時が経てば慣れるとよく言うが、慣れない事だってあると思うから……。


 「………………」


 とりあえずまといはベッドから下り、リビングへと出た。リビングテーブルのうえに置かれたデジタル時計は、5時12分だった。

 碧との生活を続けてきた影響か、このくらいの時間に起きても、そんなに眠気は襲ってこない。この時間帯に起きれば、彼女が目を覚ます前に朝食の下ごしらえもできるし、完成した朝食を一緒に食べる時間も余裕で取れる。だからいつも、この時間に起きるようにしていたのだ。


 冷蔵庫を開けると、スカスカではあったものの、朝食にピッタリな食材が揃っていたので、さっそくそれらを使って料理をした。

 レンコンとお豆のマヨネーズサラダ和えに、ぶりの切り身を焼いたもの、あとワカメと油揚げの味噌汁を作った。


 

 すると聖が、奥の部屋から出てくる。



 「おっ、おいしそうだね♪」


 「ありがとう。まさか新居に引っ越して早々、食材まで冷蔵庫の中に入っているとは思わなかったけど」


 「うん、わたし、その辺は抜け目ないから。まといが質素な料理が好きなのは知ってたから、和食とかで使えそうなものとか、カロリー控えめの料理に合いそうなものとか買っておいたの」


 「そっか」



 まといは、リビングテーブルのうえに料理を並べた。

 そして2人で朝食を食べ始める。


 

 「聖は、今日も夜遅いの?」


 「うん」


 「………聖の仕事って、具体的に何なの?」


 「具体的にか。具体的な説明となると、一言では言い表せない。時にはね、会社や施設を建てるために、デベロッパーと手を組んで、土地開発にも手を出したりもするし、新しい技術の開発のために、投資もする」


 「そっ……そうなんだ」


 

 なんだか、小難しい事をやっているなと、まといは思った。

 恋人同士になった以上は、相手の事を知っておかないといけないかなと思って質問したのだが、理解が追いついていけるかどうか、自信がない。


 聖はさらに、自身の仕事についてこう説明した。



 「いまは23区を中心に人口が密集してしまってるから、掻揚町を含む戸土間一帯を発展させて、施設も充実させたいとも思ってる。新しい生産方式を展開させるためにも、まずはそういったところから充実させないとはじまらないしね」


 「…………………」


 

 どうしよう、頭が痛くなってきた。話が小難しすぎて。

 ふと、『意識高い』というワードが浮かんだ。

 この言葉が悪口としても用いられるようになったのは、立派そうな事を言っていても、実力が伴っていなかったり、やたらと専門用語を連発して、立派な風を装ったりする人が目立つようになったからである。

 でも、聖の場合は、それにはあてはまらないだろう。

 だからこそまといは、日々を単純に生きてきた自分自身の事が、少しだけ恥ずかしくなった。



 「だからね、私の事を企業家っていう人もいるけれど、正解でもあり、間違いでもあるかな。あまりにも多方面に手を出しすぎてるから」


 

 「なんかすごいね。普通はさ、サッカー選手にあこがれてサッカーを練習したり、アイドルにあこがれてアイドル目指したりするじゃない。単純って言ったら言葉は悪いかもしれないけど、わかりやすい大きな目標があって、その目標のために努力するみたいな感じ。でも聖は、なんでそういった仕事をしたいと思ったの?」


 「…………大きな挫折を知ってるからかな」


 「挫折……」


 「ただ単純に目標にだけ向かっていけるほど、現実ってそんなに甘くないでしょ?今自分が置かれている状況や、環境によっては、その目標を早々に諦めなければならないといった選択肢を迫られる事もある。だから私は、その環境を整えてあげる事ができる活動をしてみたいなと思ったの」


 「……なるほど」


 「……なんだか小難しい話になっちゃったけど、あんまりかしこまらないでね」

 

 「うん」


 「夢や理想だけ叶えても、家族も恋人もいない家に帰るのは寂しいし、仕事のためだけに生き続ける人間にはなりたくないから、まといと一緒に暮らせるようになって、本当にうれしいと思ってる」


 「ほんとに?ならいいんだけど……。ほら、わたし、口数が多い方じゃないから、それで不満を持たれないかってちょっと心配で……」


 「ううん。別に気にならないよ。私、まといの事は、表情も込みで楽しんでるから、無言の時は、まといの表情や視線を見たりして、何考えてるのかなって予想したりもする」


 「そっ、そうなんだ」


 「だから怖がらなくていいよ。昨日も言ったかもしれないけど、まといの事は絶対にキライになんてならない。何十年かかってもね♪」


 「うん」


 「じゃあ、朝食ご馳走様。私、もう行くね」


 「うん」 



 そして聖は出て行った。


 


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