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翌日の5月3日。
まといは、朝食のマフィンを聖と一緒に部屋で食べながら、もうそろそろ働きたい旨を伝えた。
外へ出かけるための、口実的なものが欲しかったからである。
すると聖は、あっさり『いいよ』と言ってくれた。
「ほんと?ありがとう」
「うん、束縛する気とかはないから、体に無理のない範囲だったら、ある程度は好きにしていいよ。でも、長時間の重労働は、まだやめておいた方がいいかな」
「それは大丈夫。マンガの背景用の写真を撮る仕事だから、かかっても4~5時間だし、重たいモノは持たなくていいし」
「写真撮るの、楽しい?」
「好きっていうか……、漠然とした思い出を形としてちゃんと残していられるのって、尊いなって思う。そだ、あの時のプリクラ、取ってあるんだよ」
まといはリュックの中からプリクラシートを取り出し、聖へと見せた。
さらに、こう言葉を続けた。
「この頃は、はじめて出会ってからまだ数日しか経っていなかったし、顔がまだぎこちないけど、こういうのも宝物だって今なら思える。私達が築いてきた“人生の一部”って事だからね」
「でも、シール、1枚も減ってないよね。どこにも貼ってないって事でしょ?」
ギクリ。
その聖の一言に対し、まといの心臓は飛び跳ねてしまう。
そしてまといは、聖に必死になってこう言い訳を始めた。
「ほっ、ほらっ、こういうのって、どこに貼っていいかわからなくて。写真立ての中に貼るには小さすぎてなんだか変だし」
「フフフッ、茶化してごめんね♪そんなに焦らなくていいから」
「あっ、あの、だからね、大切に想ってないとか、そういうわけじゃないから」
「大丈夫、わかってるから♪まといがこういうチャラチャラとしたモノは小物には貼りたがらないって事をね」
聖はイタズラっぽく笑みを作った。
「まといはかわいいね」
「………聖ってイジワルだよね」
「うん、私は意地悪だよ。いろんなまといを楽しみたいもの。あ、じゃあさ、写真立て用の写真撮らない?いまから」
「えっ、いまからって」
「私がまといのカメラを使って、撮ってあげる。これならいいでしょ」
「でっ、でも………」
「恐いの?人の写真を撮るのが」
「………うっ、うん………」
「でも、いつまでもこのままとかもいやでしょ?」
「それはたしかにそうだけど……」
カメラを使ってさんざん人の命を奪ってきてしまったからこそ、容易に決められる事でもなかった。
だけどまといは、ふと、福富神子の言葉を思い出す。
必要以上に自分のチカラを恐れるべきではないという言葉である。
猿手川とかいう人は今もまだ生きているようなので、もしかしたら本当に、人を殺せる云々の原因は、自分自身にあるのかもしれない。
もし本当にそうなら、いい加減に1歩、前に踏み出したかった。
「私が撮る」
「ほんと♪」
「伸縮式の三脚がリュックの中に入ってる。ちょっと待っててね」
まといはリュックの中をまさぐり、中からいくつかの短い棒を取り出し、それを三脚として1本ずつ組み立てたのだった。
そしてカメラを、そのうえにセットする。
「まとい、構図はどうするの?」
「ただの全身図じゃつまらないから、バストアップにしようかな。聖、この位置に来て少ししゃがんで」
「うん、わかった」
聖がカメラの正面に少し近い位置にしゃがむと、まといはカメラを少しだけ下へと傾かせ、聖の顔が右側へと来るよう、横に三脚を移動させた。
「うん、これでよし。あとはタイマーを15秒でセットして……」
本当は、スマホのカメラアプリを自撮りモードにして撮った方が簡単なのだが、こっちのカメラの方がきれいな仕上がりで撮れるのでこっちにした。
タイマーをセットしたまといは、すぐに聖の左側へと移動し、彼女へと体を密着させ、笑った。
パシャリ。
フラッシュが光り、フォーカスに映っている2人の姿が、カメラの中へと、データとして刻み込まれた。
まといはさっそく三脚からカメラを外し、出来を確認した。そしてそれを聖へと見せる。
「おっ、いいじゃん♪」
「でしょ?2人とも自然な笑顔だし、いい写真だと思う。でもここには、プリントする機械がないから、写真屋さんまで出かけないといけないけど」
「うん、いいよ。焦ってないしね♪」
「とにかく、ありがとね。聖がいなければ踏み出せていなかったと思う」
「私としては、ベッドのうえとかで横になりながら薄着で撮りたかったけど?なんかエッチィ感じに見えるし」
「バカじゃないの」
「ハハハ。ハイハイ♪ごめんごめん♪じゃあ私、もう行くから」
そして聖は出て行った。
まといはコーヒーを飲んで一息ついた。
もう1度カメラのデータを確認してみるが、青いモヤが出たりはしなかった。
するとスマホに電話がかかってくる。
福富神子からだった。




