彼女を守るためには
5月2日。PM18時30分。
喫茶店CAMELから帰ったまといは、さっそくスマホでネット検索し、碧に対する誹謗中傷がどんな風になっているのかをチェックした。
とりあえず、家に石を投げられる事にだけはならないはずだ。あのマンションは、住民の許可がないと、エントランスの自動ドアが開いたりはしないからだ。
だから、容易に放火をしに行ったりもできないはずだ。
ネットの掲示板では、碧の事を擁護する人達のコメントがほとんどだった。
これは一見喜ばしい事のようにも思えるが、擁護派の言葉遣いも、批判派の人達とたいして差がなく、相手の精神をズタボロにする事に必死といった感じだった。
かつてのイツキくんのように、人生そのものが壊される事はないとは思うが、だからといって安心はできなかった。
炭弥には碧の事をよろしく頼むとは言ってあるが……。
「そうだ。福富さんに頼もう」
なんでもかんでも彼女に頼むのは最初どうかと思ったが、それでも、ほかに選択肢がなかったので、そうせざるを得なかった。
なので、さっそく彼女に電話して、碧の事を相談してみると、いつもみたいに“私は便利屋じゃない”とは言われなかった。
そしてこんな事を彼女は言った。
『あなたには色々としてもらったし、そのお礼よ。それに、こんな胸糞悪い事には、あまり目は瞑りたくないしね』
「ありがとうございます」
『……私にはもう大切な人はいないけど、あなたはまだいる。だから、守ってあげないと』
「でも、どうしたらいいんでしょうか………」
『幸せな事に、彼女を支持する人達は多い。だから、これをうまく利用するの』
「というと?」
『彼らには監視役になってもらう。で、度が過ぎたカキコミ……たとえば、殺害予告を見かけたら、彼らに教えてもらうのよ。そのための報告用掲示板は、私の方で事前に建てておく』
「なるほど………」
『まあ、さらに事前に私の方で、この掲示板の宣伝をしておかないと意味がないけどね』
だけど福富神子には影響力がある。
風椿碧を守るため、かなりのカキコミになると予想される。
ガセももちろん出てきてしまうかもしれないが。
福富神子は、さらにこんな事を言った。
『こういった誹謗中傷を楽しんでいる連中って、強気のように見えるけれど、個人情報開示をこちら側がチラつかせると途端に逃げるから、WEBヴァージョンの福神新聞の方で“誹謗中傷防止運動”といった内容のものを載せるの。たとえば、警察や弁護士と協力して、ボランティアで、被害者達のバックアップをするぞって書くの。もちろん、訴えを起こすってちゃんと文面にも付け足す』
「なるほど……」
『それに、風椿碧には味方が多い。味方は時に、圧力になる。圧力は時に、警察を動かす事もできる。うまくいけば、SNSに容易に誹謗中傷が書けなくなるよう、罰則が課されるようになるかもしれない』
「そうなってくれたらうれしいけれど、警察や弁護士にツテはあるんですか?」
『ボランティアでやってくれそうな弁護士は何人か知ってる。警察からは目の敵にされてるけどね』
「でも、心強いです」
『そうね、彼女の件を機に、風向きが少しでも変わってくれたらいいんだけどね。まあ、なにかあったら連絡するわ』
「ありがとうございます」
そして、そこで通話は終了した。
すると、まもなくして聖が帰ってくる。
「ただいまー。今日は早めに帰れたよー」
「うん、おかえり」
まといはポケットへとスマホをしまった。
「まとい。ちょうど19時になったから、レストランのある階まで降りて、なにか食べようよ」
「うーん、レストランで食べるよりかは、本当は私が作ってあげたいんだけどな。でも、ここじゃ、気軽にスーパーに買い出しにも行けないし」
「ハハハ。まといはとことん庶民派だよね。だけど、今日はレストランで高級なものを食べよう。私の恋人になったんだから、色々なものに慣れて、それを当たり前にしていこうよ」
「………うっ、うん、それもそうだね」
「そうそう。もう家族みたいなもんなんだからさ、私の金を自由に使ってやるって勢いまでにならないとね」
「さすがにそこまでは………わたし結構無趣味な方だから、買いたい物とかもそんなにないし」
「でも、今はお城を作ってる途中だよね。ノイシュヴァンシュタイン城だっけ?立派なお城を作るためなら、いくらでも使っていいよ。欲しいものがあったら言って?」
「今のところは大丈夫かな」
「そ、ならいいんだけど♪そだ、今日の夕飯はオマールエビにしようか」
「オマールエビは好きだよ」
好きだけど、オマールエビを食べていると、むなしい気分になってくる。あまりにも自分に見合っていない食べ物だからだ。オマールエビよりも、カップラーメンを食べていた方が落ち着く。
いつか慣れる日がくればいいのだが………。