すれ違う想い4
なんでよりにもよって、碧の顔を見たとたんに、逃げてしまったのだろうかと、まといは深く後悔した。
彼女がその後元気だろうがなかろうが、目を背けるべきではないのはわかっているのに、急に怖くなってしまった。
こんな雑な終わり方をするよりも、話し合うべきはずなのに、なぜそれができないのか……。
あんな風に逃げてしまっては、よけいに不愉快にさせるだけなのに。
「………………………」
でも、話し合って、いったい何になるというのかという気持ちもあった。
そう、もしかしなくても、もともとこうなる運命だったのだ。だって、“人殺し”という過去は消えたりはしないのだから。
友達としての純粋な関係すらも、最初から許されていなかった。
それに、碧だけではない。聖の事も欺いている。
つらい……。当然の報いだとしても、こんなのあまりにも辛すぎる。
「…………………………」
それでも、碧を放っておく事はできない。
サラと同じ運命を辿らせるわけにはいかないのだ。
だから、また夕方頃に炭弥のところへ行こうとまといは思った。その時間帯はさすがに、碧は撮影のはずだ。
でも、いったんあのホテルに帰ると交通費がかさむので、直江寺に行く事にした。
別に、直江寺を暇つぶしに適した場所と思っているわけではない。
ただ、宗政とはいい距離感だなと思ったから……。
近すぎずも遠すぎない。だから、気にしすぎる事もない。
とことんズルい女だなと思った。
だって、自分の心の安定のために、彼を利用する気満々だったからだ。
それでも宗政はまといの事は責めなかった。
離れのお屋敷へとまといを連れて行き、お茶と和菓子を勧め、お香まで焚いてくれた。
お香の事を、お線香臭いという人もいるかもしれないが、まといはキライではなかった。
「人間関係でお悩みですか?」
「えっ?なんでわかったんですか?」
「顔を見て分かったんです。言い方が少し悪くなってしまいますが、顔から神経質な感じがにじみ出ていました。あなたがそこまでして悩む事と言えば、人間関係」
「なるほど………」
「私からアドバイスできる事と言えば、自分の無力さばかりを責め続けていては、進歩しないという事ですね」
「………ええ、それはわかっているんですけど」
「反省する事はもちろん大事です。ですが、あなたはロボットではなく人間だ。100パーセント完璧にはなれないんです。相手に何を言われようが、自分ができる範囲で、少しずつ前に進むしかありません」
「…………………」
「そして、完璧な人間など、この世にいないと心得なさい。そうすれば、自分の心の弱さを受け入れる事ができ、自分の無力さを責め続ける無意味さを自覚できますから」
「………弱さを、受け入れる……………」
「それに、相手の自己満足のために、完璧を目指す必要もありません。あなたのためにはなりませんから……」
「でも……相手を傷つけたままで終わりたくないって気持ちの場合はどうするんですか?せめて相手が笑えるようになるまで、責任を持ちたいっていうか……」
「それは一種の“強迫観念”ではないでしょうか?」
「脅迫………観念……ですか?」
「誰だってスッキリとした形で終わりたいものですから。ま、相手が傷ついたままでも平然とできる人もいますが、あなたの場合は、優しいですからそれは無理でしょうね」
「………………………」
「だからこそ私は心配です。優しいからこそ相手の気持ちばかり優先させてしまう。でも、それではだめです。同じ事の繰り返しになってしまいます」
「でも私、やる事なす事、裏目ばっかりで、どんな選択肢を選んでも、結局は相手の事を傷つけてばかり」
「それで構わないんですよ。完璧を求めすぎないでください。でないと前に進めません」
「………わかってはいるけれど、気持ちがなかなか定まりません」
「当然です。あなたはロボットではないのだから、気持ちが定まるまで、時間をかけてもいいんですよ」
「……うん、ありがとう、相談を聞いてくれて」
「いいえ……」
「あともうひとつ、相談してもいいですか?」
「なんでしょう??」
「死んだ親友が2回ほどハッキリと視えた瞬間があったんですけど」
「………………」
「私の事、恨んでるのかなって」
「いいえ」
「でも、顔が怒ってたんです。だから、1人だけ生き残った私の事、やっぱり責めてるのかなって」
「それだけはないので安心してください。ただ、死に方が死に方なので、あなた以外の人に対しては、あまりいい感情は持っていないでしょうね」
「そっ、そうですか………」
「ただ」
「ただ?」
「霊力が強いのは“カノジョ”ではなくあなたの方です。だから、自分を見失うのだけは、あってはならない事です」
自分を見失わない事……。
福富神子にも似たような事を言われたばかりだ。
恨んでいないのであれば、安心すべきかもしれないが………。
嫌な予感がする。