御影テンマの事情3
御影テンマは、実は心臓に大きな爆弾を抱えていた。
でも、生まれながらにして心臓が悪かったわけではない。
10歳の時、実父による徹底的なまでのネグレクトが原因で、心筋梗塞で死にかけたのだ。
実父は男の子が欲しかった。だから女の子が生まれた事が気に入らなかった。そして、その不満を歪んだ形でテンマへとぶつけた。
母が近くでテンマを見ている普段などは、口下手を言い訳にしてテンマを徹底的に無視し、一緒に遊んであげようとは決してしなかった。
母が出かけている時などは、偶然を装って回転イスを遠くからテンマへと何度もぶつけたり、舌打ちを聞こえるようにしたり、遠回しなやり方で、テンマの存在を強く否定し続けたのである。
そしてテンマは心筋梗塞になり、ネグレクトが発覚した。
もちろん母は、実父をいっさい許そうとはせず、テンマを引き取って離婚した。
それから1年間、母はいくつものバイトを掛け持ちしながら、テンマを養った。
そしてテンマが11歳のある日、母は優しい男性と出会い、再婚した。
その男性というのが、この花屋ペイズリーの店長だった。
母と義父との暮らしは、裕福とは決していえないものではあったが、何1つ不満のない幸せな生活だった。
でも、その3年後に彼は死んだ。心不全だ。不健康な食生活などいっさいしていないというのに、彼の人生は早く終わってしまった。
母が亡くなったのは去年である。同じく心不全である。もともと健康なタイプではなかった事と、過酷なバイトの掛け持ちが原因で、心臓の循環機能が少しずつ悪くなってしまっていたらしい。
だから花屋は、そのままテンマが継ぐ事になった。
花屋は週休2日制ではあるが、心臓の事があるので、その休みの日を使って週1で大学病院まで通わなければいけない。
循環器内科と、あと心療内科である。
なぜ心療内科にも通わなければいけないのかというと、心臓はストレスが原因でも悪くなるからだ。根性でなんとかしようにも、誰かにバカと言われたら簡単にムカついてしまうように、ストレスの種はどこにでも存在している。
それが積もりに積もれば、体に不調がきたしてしまうというわけだ。
診察の予約はいつも、土曜の午前中に入れている。
今通っている病院は、とてもいい病院である。
加賀城密季という女性にここの病院を紹介される前は、病院ではなく診療所に通っていた。そこの診療所の医師がとても感じが悪く、やたらと副作用の強い薬ばかり出すので、苦手でしかたなかった。
でも、今は体の調子はとてもいい。
血液の循環も問題なし。過度なストレスさえなければ、日常生活にも支障はないと主治医からのお墨付きである。
「……………………」
だけどあの高校生の死は、予言のような気がしてならない。
あの火事で大勢亡くなってからというもの、テンマの心の奥にずっと引っかかっていたものがあった。
もっと自分があの時、勇気を持って行動に出ていれば、少しは違った未来があったのではと思うのである。
でも、怖くてできなかった。
それを罪だというのなら、やはり、いつかフォーカスモンスターに殺されるのかもしれない。
そして2時間後。
診察が終わったのでテンマは会計フロアの方へと向かった。すると、加賀城密季を見つけた。
加賀城密季。
刑事ではあるが、彼女は少々特殊な課に所属している。
たしか、自殺対策専門の、精神科警課という名の課だ。
日本は、毎年約2万人の自殺者がでるほどの、世界でも上位クラスの自殺大国と呼ばれているので、その対策のために作られたのが、加賀城が所属している精神科警課だ。
被害者遺族の心のケアをしたり、自殺未遂の人が、再び自分で自分を傷つけてしまわないように、親身になって相談にのるのが彼女の仕事だ。
その関係で、テンマは加賀城に出会った。
「こんにちわ、御影さん」
加賀城はテンマの方へと体を向け、近づいてくる。
テンマはそんな加賀城に対し、平静を装おうとした。でも、どうしてもあの高校生の顔が頭によぎってしまって、不安がにじみ出た表情になってしまう。
それを察してか、加賀城は「どうかしましたか?」と尋ねたのだった。
するとテンマは…………。
「死にたくない」
「えっ?」
「もしも私が取返しのつかない事をしでかしたとして、それでも死にたくないって思ってしまうのって、図々しい事なのかなって?」
フォーカスモンスターに狙われてますなんて言っても信じてはもらえないかもしれない。そんな気持ちからか、妙に遠回しな言い方になってしまった。
でも加賀城は茶化したりはしなかった。
「間違わない人間なんているんでしょうか?」
「えっ?」
「どんどん間違えとは言いません。そのせいで誰かを傷つけてしまうのならよけいにね。でも、自分の犯した間違いに気づけたのなら、今後はそのような事が無いよう正す事だってできるでしょう?」
「でも…………」
「それでも、あなたに死ねと簡単に言える人がいたとしたら、その人は妄執に囚われた哀れな人かもしれないですね」
「じゃあ………」
「私は、あなたがとてもやさしい人だと知ってます。誰もあなたの事など恨んではいないですよ」
テンマは、加賀城の目が少しだけ光ったように見えた。
だけど、すぐに勘違いだと思うようにした。