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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十一章 薔薇の麗人
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蒼野まといの現在2



 どんなに落ち込んでいようが、時間が経てば、ある程度は周りが見えてくるものである。

 でもまといは、2年前はそうじゃなかった。何ヶ月経っても、児童養護施設の27人を失ってしまった憎しみは消えたりなんてしなかった。碧に出会っていなければ、ずっと我を見失い続けたまま、過労死で死んでしまっていたかもしれない。


 だけど今回は、そんなに時間は要さなかった。

 聖がいてくれたからである。

 


 目覚めて5日過ぎたあたりから、体調もさらに良くなったので、調子に乗って、試しに外へ散歩しに出かけたら、急にクラっと来てしまったので、しかたないので、部屋でまだじっとしている事にした。


 さらに、その2日過ぎたあたりから、まといはある事に気がついた。

 福富神子に、ボールペン型カメラを渡すのを忘れていたのである。

 マカベがどうのこうの言っていた男の顔の写真を、このボールペン型カメラで撮ったのだ。顔が写った写真はそれだけでも証拠になる。だから、まだ本格的に仕事を始めないにしても、これだけはなるべく早く渡すべきだと思った。


 作業台のうえに置かれた木の板は、ちゃんとムラなく乾いている。



 なので、聖が出かけている時にでも、スマホで福富神子に電話しようと思い、電池切れのスマホの充電をするため、リュックの中をまさぐったのだが、いくらまさぐっても、スマホの充電器は出てこなかった。


 

 答えは簡単だ。あの家のコンセントに差しっぱなしのまま家を出てしまったのだろう。

 それに、コンセントだけじゃない。よくよく考えたら、食器とか箸とかも置きっぱなしのままである。

 クローゼットの中のものを全部詰めればいいとなぜか思い込んでいたが、全然そんな事はなかった。


 バカだな……とまといは思った。


 碧にこれ以上迷惑かけたくなくて家を出たというのに、彼女に、置きっぱなしの食器やら充電器の処分を最終的にさせる事になるとは、なんとも情けなくてしかたがなかった。

 だからといって、いまさら『充電器と食器置き忘れました』だなんて、言えるわけがなかった。


 「…………はあ………」


 結局また、碧の事を考えてしまっている。

 100%忘れる事なんて、きっとできないのだろう。ロボットではないのだから。

 充電器は新しく買うにしても、それまでスマホは使えないし、それにこの部屋、電話がなかった。



 というより、今日はいったい何日だっけ?もう5月か?それともまだ4月なのか……。



 まといは、聖がいない時間帯になってから1階へと降り、公衆電話を奥の方でみつけたが、やたらとふくよかな男性が現在占領中だった。それから15分ほど後ろで待ったが、話が終わる兆しが見られなかったので、まといは受付の人に赤橋方面の行き方を尋ね、ホテルの外へと出た。

 

 外はまだ明るかった。


 このホテル、以前まといが赤橋町方面の行き方を尋ねるために入ろうとした、あのやたらと横長のホテルである。そう、掻揚町内の……。

 結局このホテルに入らず終いになってしまったのは、宗政に後ろから話しかけられたからだ。


 「…………掻揚町……戸土間市…………」


 そういえば、戸土間関連の復讐がどうのこうのと、あの時福富神子が言っていたが……。

 


 とにかくまといは、近くのバス停からバスに乗り、福神出版へと向かったのだった。

 

 

 


 


 福神出版についたのは2時間後だった。




 結局、またアポを取らない形でやって来てしまったわけだが、今度は、チャイムを押すのを忘れなかった。

 外出中だったらどうしようと一瞬頭によぎったが、1分もしないうちに中から福富神子が出てきた。



 「お久しぶりね。10日ぶりくらいね」




 現在稼働中のパソコンの右隅には、5月1日と表示されてあった。


 福富神子は、まといを窓際のソファへと座らせ、コーヒー入りのマグカップを差し出した。

 そしてこうまといに言葉を続けた。

 


 「今はね、USBの中にある情報を整理している最中なの。結構な量の情報が入っていたから、どう記事にピックアップして載せるのかも考えないといけなくてね……。もしかして、私に早く記事を書くよう、いいかげん急かしに来たとか?」


 「いいえ。ただ、これを渡し忘れてたから」



 まといはボールペン型カメラを福富神子へと渡した。

 そして彼女に対し、こう言葉を続けた。



 「この前渡したボイスレコーダーの声の主を撮った写真が、このカメラにデータとして入ってます」


 

 「えっ………」


 

 すると、急に、福富神子の顔色が変わった。



 「写真を………撮ったの?」


 「ええ、そうですけど」


 「………なんで???」


 「なんでって………顔が写った写真もあった方がいいかなって」


 「もしかして、カメラで人を殺せる能力は、制御可能とか???」


 「え??私が前に使っていたカメラは取られてしまったので、もう誰も殺す事はできないですけど」


 「………………残念だけど、それは勘違いよ」


 「…………えっ?」


 「実際、西赤橋駅では大きな爆発事故も起こっているし、あのカメラにもまだ、そういった能力が残っているのかもしれない。でも、それは正確じゃない」


 「………………どういう事ですか?」


 「あなたのためにあえて言うけど、例のディレクターを死へと追いやったのは、あなたよ」



 福富神子の目は真剣だった。

 本当はこんな事、まといに言いたくなんてない。

 でも、目の前にいる相手が、これ以上人殺しを望んでいないのなら、言うべきだと思ったのである。

 

 だけどまといは、意味がわからないといった表情をしている。

 そして、福富神子に対し、こう言った。



 「あのディレクターを殺したのは私ではありません。だから、殺したのは私ではなく、あの人だと思います」


 「よく聞いてね。あの日、車の中に置いてあったはずのシルバーのカメラがいつの間にか消えてたの。私は運転席に座ってたから覚えてる。で、誰も車のドアを開けていないはずなのに、助手席に置いていたはずのカメラが消えてた」


 「……………………」


 「そして、あのカメラが消える寸前、私はあなたの居場所を特定しようと、スマホのアプリを開いて位置情報を検索した。そしたらヒットした。そう………車の外にあなたは立っていたのよ」


 「……………………」


 「認めたくない気持ちはわかる。でも、ちゃんと自覚しないと、あなたはまた、無自覚に同じ事を繰り返す」


 「……………そんな……そんな事って……」


 「記憶が抜け落ちてたりしてない???そういう心当たりは???」


 

 あった。

 心当たりはあった。


 あのどしゃぶりの雨の中で、なんであんなところで立ったまま寝ていたのかを考えたら、寝ていたのではなく、無意識に歩き回っていたと考えた方が自然だった。


 鹿津絵里をなんとかしなくてはと心の中で思いつつも、その裏では、人殺しの運命からようやく解放された事を喜んでいた。


 でも違う。

 そう思いたかっただけだ。

 本当なら、もっと早く気づけたはずだ。

 無意識のうちにあのディレクターをカメラで撮ったあとで、すぐにそのデータを消した。だからこそ、あのカメラの電源を入れた時、左上に削除済みと出た。


 もっと早く気づけたというのに、認めたくなかったから、わざと目を背けたのだ。




 「蒼野さん、とりあえずそのボールペン型のカメラを貸して」


 「……………わかりました」



 まといは福富神子にボールペン型のカメラを渡した。

 福富神子は、そのボールペン型カメラの先っぽにコードのようなものを挿し、データをパソコンで読み取った。

 するとフォルダが開き、まといがいったい誰を撮ったのかが、画面に映し出される。



 「………照明が薄暗いけれど、顔ははっきりと写ってる。この男は猿手川義信ね」


 「…………私が撮った人達はみんな、1日以内に死んでます。たとえば、心臓をつき抜かれて死んでいた場合は、その部分に青くモヤがかかる」


 「でも、この写真はいまだにクリアね………」


 「そっ、それじゃあやっぱり、あのディレクターを殺したのは私ではなくあの人ってことじゃ。やっぱりあのカメラを持ってないと殺せないんですよ」


 「諸見沢勇士が死んでからわずか3時間の間に、ディレクターが犯人だと気づけないと、あまりにも無理があるわね。あの前日に起きた青森でのやらせトラブルを知っていないと、すぐにピンとは来ないだろうし」


 「……………………」


 「だけど、これは“いい事”だと思うの。猿手川は10日前に公安の手によって身柄を拘束されている。でもまだ死んでない」

 

 「えっ……それのどこがいい事なんですか?」


 「あなたのチカラはコントロールが可能って事よ。殺す気で撮っていないから猿手川は死んでない。だから、必要以上に恐れないで」


 「………………………………」


 「怖がるのはよくわかる。人を殺せるほどのチカラだものね。だけど、このチカラに呑まれてはだめよ。意識をしっかりと持つの」


 「……………そんな事言われても、私、強くなんてなれない」


 「焦らなくてもいいと思うけれど、でも、心の準備だけはしておいて。あなたの事情なんてお構いなしに、覚悟を決めなければならない時はやって来る。あなたにだって、守りたい人がいるんでしょ?」


 「……………守りたいと思っていても、よりにもよって自分自身が相手を傷つけてしまう事だってある。だって私、疫病神だし」


 「疫病神??もしかして、風椿さんを不幸にしているのは自分だって言いたいの?」


 「ええ、まさにその通りです。だから私、10日前、あの家を出たんです」


 「………………バカね。バカバカ。たまにあなたみたいなのいるわ。やる事なす事裏目に出てしまう人」


 「………ええ、バカなのは認めます』


 「何があったかは知らないけれど、いま、SNSはすごい事になってるわよ。風椿碧に対するネガティブキャンペーンの嵐」


 「えっ」


 「知らない??一部の過激派の間では、風椿碧が諸見沢勇士を殺した事になってんの」


 「なっ、なんでそんな………。そんな事実、1ミリだってないのに……」


 「最初はただの八つ当たりだったのかもしれないわね。うわさとはいえ、美人の風椿碧が諸見沢勇士の恋人として疑惑があがっていたしね、彼のファンからしたら、面白くはないわよ」


 「………………」


 「そして、彼が死んでしまった。で、例のデマが書き込まれた。行き場を失ってしまった諸見沢勇士へのファンたちの想いは、やがて風椿碧への復讐心へと変わった」


 「………………」


 「さらに、その復讐心に面白がって便乗する人達もプラスされ、騒ぎは大きくなっていった」


 「………………」


 「幸いなのは、それでも彼女を支持している人の数が多いっていう事。彼女を批判している人はせいぜい5パーセント程度。それに、この騒ぎのおかげで、容易にネットに批判を書き込める今の状態に対し、問題視もされるようになった」


 「なら、2年前のような事にはならないんじゃ………」


 「常識なんて人それぞれだから、たとえ95パーセントの人達がこの5パーセントの人達を非難しようが、この人達は改心なんてしないし、周囲の無理解に対し、苛立ちを覚えるだけかもね。なにか大きなきっかけでもない限りは、ネガティブキャンペーンの勢いは止まらないでしょうね」


 「そっ、そんな………」


 「だからね、あなた達の間に何があったかは知らないけれど、まだ彼女の事を友達だと思っているのなら、たとえどんなに嫌われようが、守ってあげないとね。細かい事なんてイチイチ気にしてたら、また繰り返すわよ」


 「………………………」



 福富神子は、まといの事を思って、あえて彼女の不安を煽るような言い回しを選んで、忠告した。

 




 でないとまた失うハメになってしまうから。






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