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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十一章 薔薇の麗人
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すれ違う想い2


 まといは夢をみていた。

 とても楽しい夢である。


 隠し事や罪が一切存在しないIFの世界の中で、碧と楽しく暮らしている夢だ。

 たわいない話で盛り上がったり、隣り合って一緒にゲームをしたりして、他人からしたら何の面白みもない日常かもしれないが、たしかな笑顔がそこにはあった。

 だけど………。




 



 夢には必ず終わりがやって来る。






 

 自分の意志とは関係なしに、ゆっくりと霞がかかっていくように何もかもが白くなっていき、碧の笑顔すらも、白く塗りつぶされてしまったのだった。そう、夢の終わりである。

 そしてまといは気がついた。自分が、いつの間にかベッドの上で目を覚ましていた事を。


 「………………………」


 外の明るさのせいか、天井の壁の白さが際立っていた。

 あと、とても寝心地のいいベッドである。敷布団がふかふかで、全身を包み込むくらいにやわらかいので、新たな眠りを誘うほどに気持ちがよかった。


 「ん?」


 今気づいた。自分はいま、全裸だ。

 掛け布団で体を覆いながら上半身を起こすと、右腕に点滴の針が刺さっているのに気づいた。

 そして、ベッドの横の点滴パックの中は空だ。


 まといは、自分の腕から点滴の針を抜き、掛布団が体からずれ落ちないように気をつけながらベッドから下りた。

 

 あたりを見回してみると、この部屋がいかに広いかがよくわかった。


 上品すぎない水色の絨毯。

 すべての窓には白いカーテンがかかってある。

 高そうな革製の大きなソファも置いてある。

 壁際にはタンスもあったが、部屋が広すぎるせいか、狭い部屋にありがちな家具の置きすぎによる圧迫感はいっさい感じなかった。

 奥には、長くて細い廊下が見える。


 なんだか、高級マンションの1室というよりかは、ロイヤルホテルの最上階にありそうな部屋といった感じである。


 全裸という事は、行きずりの男とここで共に夜を明かしたと考えられなくもないが、腕に点滴の針が刺さっていたという事は、男の人の相手をする体力はなかったようにも思えてくる。


 「……………………」


 碧の家を出たのは覚えている。そして、体力がカスカスの状態のまま街の中をさまよい、UFOの形をしたトンネルを見つけて、その中に入って横になった。

 ホームレス時代、たまにああいったトンネルを見つけては、雨露をしのいだりしていた。



 覚えているのはここまでである。


 

 結局、なんでここにいるのかは記憶にないのでわからないままだが、正直どうだってよかった。

 碧との関係が終わってしまったあの時点で、自分の人生もまた終わってしまったようなもの。だからもう、誰とも向き合う気にはなれない。

 もちろん、これからも働いて、お金は貯めていくつもりだ。でも、みんなのお墓を建て終わったらそれで最後だ。


 こんな人生、どうだっていい………。


 

 ガチャリ。細くて長い廊下の奥から、扉が開く音が聞こえた。

 まさか、例の行きずりの男がやってきたのか。

 

 「………………」


 とにかく、まずは着替えを返してもらおう。あと、リュックも。そして、とっとと出ていくのである。

 でも、危ない男の人とかだったら、すんなりと出ていけないかもしれない。

 まといはこれでも、自身の運の悪さをこれでもかというくらいに自覚している。

 最悪、軟禁状態を強いられたとしても、24時間ずっと全裸だけは勘弁してほしかった。




 「蒼野さん、お久しぶり」




 細長い廊下の奥から、黒いスーツと水色のシャツに身を包んだ女が、まといに挨拶をした。

 

 「えっ」


 その顔には見覚えがあった。

 この、いかにもバリバリなキャリアウーマンっぽい、自信たっぷりの佇まい。

 でもたまに、変なローブを着たりしていた、例のあの人だった。



 「質屋の娘さんですよね?名前はご存じないですけど」


 「ご存じないっていうか、最後の最後まで私の名前聞こうとしなかったよね。けっこうショックだったよ。だって、興味がないって事だからね」


 「そっ、そんな事は………」


 「事実でしょ?私の告白、断ったしね」


 「…………………」


 「あっ、ごめんね。嫌味みたいな言い方になっちゃった。そんなつもりはなかったの。1度フラれたくらいで粘着質になるような人を、相手だって好きにはならないだろうし♪」


 「とにかく、死んでなくてうれしいです」


 「そのうれしさが、わたしへの愛に変わってくれると、うれしいんだけどなぁ」


 「…………………」


 「うーん、ノリ悪いねぇ。顔色はよくなったのにね」


 「…………ごめんなさい。いまはなんか、しゃべるのも、なんかかったるくって……」


 「じゃあさ、私に寄りかかってみない。かったるくなくなるまで」


 「えっ………」


 「蒼野さん、あの時アパートの前で、私に打ち明けてくれたよね。2年前、蒼野さんの目の前で結構な人が死んだって事をね。イツキくんとかいう子も、その中の1人で、その悲劇は、不特定多数の人達によって引き起こされたって事も……」


 「……………」


 「2年前っていったら、蒼野さんって10代後半くらいでしょ?その若さでさ、背負ってるモノがあまりにも重すぎると思うんだよね。心細いはずだよ?」


 「……………」


 「遠慮しないで私に寄りかかっていいんだよ」


 「でも…………」


 「でも?でもって、なに??」


 「寄りかかってしまったら、今度はあなたの事を傷つけてしまうと思うし………」


 「どうして?」


 「深い存在になればなるほど、私の隠し事に目を(つむ)れなくなるはずです。私が、事情を言えない類のケガをするたびに、より深い疑心暗鬼へとあなたを陥れる事になる」


 「そんな事には絶対にならない」


 「どうして??」


 「だって、清廉潔白な人間なんて、この世には1人だっていないしね」


 「…………………」


 「これは誰にも当てはまる事だよ。人の事を責める前に、自分の行いを省みる事ができれば、たとえば、あなたの心の弱い部分とか、受け入れられるはずだと思うの」


 「…………………」


 「私は、あなたを疑う事はしない。あなたはしょせん、私と同じなんだってわかってるから」


 「…………おなじ?」


 「そう、おなじ。私とあなたはおなじで、対等な関係。だから、私に打ち明ける必要もないし、私も、あなたにすべてを打ち明ける気もない」

 

 「……そう、ですか…………」


 「とりあえず、ぎゅっとしてあげるね。きっと、気が紛れると思うから」



 そしてまといは、優しくギュっと抱きしめられたのだった。

 

 いい匂いがした。果物にも似た、シャンプーだかリンスだかの香りである。 

 その匂いのせいかはわからないが、なんだかいい気分になってきた。


 心細かったのはたしかである。

 いままでその穴は、碧が埋めていたからだ。

 でも、よりにもよってあんな最悪な形で、またぽっかりと穴が開いてしまった。

 さらにその穴は、以前よりも直径の長い大きさまで拡がってしまった。






 どうにかなってしまいそうだった。




 だからこのタイミングでこの人に出会えたのは、幸運な事だったのかもしれない。



 「………あなたの………あなたの名前はなんですか?」


 「花房聖」


 「花房さん…………」


 「聖でいいよ。私も今度から、呼び捨てで呼ぶから」


 「………わかりました」



 さっきまで、自分の人生なんてどうでもいいと思っていたのに、結局また誰かに寄りかかっていないといられないだなんて、なんて愚かなのだろうと思った。

 


 でも、抗えそうにない。この優しさに。



 

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