不幸にする事しかできない
同日4月22日。PM20:00。
あの建物からの脱出に成功したまといは、ふたたび森を抜けてバスへと乗った。
その時点で疲労がピークに達していたが、もうじき復讐のすべてが終わると思うと、家にそのまま帰る事が出来ず、バスを乗り継いで福神出版へと向かったのだった。
福神出版の出入り口から出てきた福富神子は、さすがに心配の色をその顔ににじませたが、まといは『大丈夫です』と言ってUSBを渡した。
「あと、このボイスレコーダーにも音声が録ってあるので渡しますね。BECKがどうのこうのって言ってました。あと、真壁って人と電話してたみたいです」
「真壁っ!!真壁ですって???」
「知ってるんですか??」
「……………私の夫になるはずだった人がフリーのライターだったのだけど、彼に“戸土間の件”について情報を流していたのが真壁だったはず………。それなのにどうして」
「……………そうですか。なら、この件は福富さんに任せます。その真壁って人に罪を償わせるための記事が書けるのなら、私はそれでいいです」
「でっ、でも、あなたは?あなただって、なにか目的があったから私のところに来たんじゃないの?自分の手で成し遂げたいとは思わないの???」
「いいえ。私はあなたを信じてますから、わざわざ自分の手で成し遂げようとは思いません」
「……………あなたは………あなたは本当は何者なの?」
「えっ?」
「最初、戸土間関連の復讐目的かと思ったけれど、蒼野なんて苗字、聞いた事がないの。苗字が変わった可能性も考えたうえで、当時の死亡者リストから親戚筋を辿っては見たけれど………蒼野という苗字はやっぱり見当たらなかった」
「…………………」
「あなたは上辺美鈴と友達だった。上辺美鈴は、円城寺サラと同じ学校に通っていた。円城寺サラは、あの児童養護施設育ちだった」
「…………………」
「だから、上辺美鈴が通っていた学校も調べたんだけど………あなたの名前も、そして写真すらも卒業アルバムにはなかった」
「…………………」
「フォーカスモンスターの正体を探ろうとするとね、“そういった現象”が起こるみたい。どんなに根気強く調べても、あなたへとつながる痕跡が消えてしまう」
「………………そうですか………」
「いずれにせよ、あなたの事は誰にも言わないわ。あなたは私の事を信じてこのUSBを渡してくれた。だから………私もあなたを信じてる」
「…………ありがとうございます」
「じゃあ、なにかわかったら電話で連絡する。だから、あなたはしばらく休んでちょうだい」
「わかりました」
という事で、まといはそのまま家に帰宅したのだった。
本当ならそのままベッドのうえで眠りたかったのだが、碧が玄関前でスマホを片手に持ちながら立っていたので、無理そうだった。
「うそつき…………」
「……………………」
彼女の目には、いっさいの感情が感じられなかった。
そんな彼女の顔を見て、まといの胸にひそかに空いていた小さい穴から、ゴロゴロとナニカが転げ落ち、バウンドする。
そのナニカを拾い上げる気力は、もうまといにはなかった。
疲れていたとかは関係なく、積もりに積もった罪悪感が、ここに来てプツリと糸となって千切れてしまったからだった。
「ねえ、どこにも行かないって言ったじゃない」
「……………………」
「体調が回復するまで安静にする。そんな簡単な事がなんでできないの?」
「……………………」
「いいかげんにしてよ……………いつもいつも…………」
「……………………」
「私を気遣うような事言っておきながら、まといちゃんは嘘ばっかだよね」
「……………………」
「なんで………なんで何も言わないの???」
「………もう無理だよ」
「……………えっ??」
「本当は最初からわかってた。私はあなたを不幸にする事しかできない」
「は?なに言って…………」
「あなたが悪いわけじゃない。全部私のせい。そして、あなたのそばに居続ける限り、それは変わらない」
「もしかして出ていくの?どこにも行かないって言ったよね?」
「言ったよっ。でも、よりにもよって私が、あなたの笑顔を奪ってるっ。そんなの友達って言えるの???だから、これ以上一緒にいちゃいけないんだよ」
「……………住むところないのに?」
「構わない。荷物はすぐにまとめる。大きめのリュックに入れれば、全部入ると思うから」
まといは、クローゼットの奥から登山用の大きいリュックを取り出し、下着やら着替えやらを全部その中に詰めこんだ。
質屋の娘がクレーンゲームで取ってくれた“もっちりひげクマくん”はさすがにリュックの中に入らなかったので、脇に抱えてなんとか持って行く事にした。
「じゃあね、碧さん」
「……………………」
そしてそのマンションから出て行ったのだった。