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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第十章 歪の女優
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墓石に隠れる影


 同日4月20日 PM15時56分。


 空が徐々にオレンジ色に染まりつつある中、碧は六方寺を訪れていた。

 目的は墓参りである。

 睦城(むつき)()之墓と彫られた黒色のツルツルした大きめの墓石の前で、碧は足を止めた。

 その墓石は、いまも劣化せずにキラキラとオレンジ色の夕日を浴びながら空の下に建っている。

 碧は、お墓周りをサッと綺麗に掃除し、オレンジ色のキンセンカの花をお供えした。

 お線香を焚き、両手を合わせてお祈りをしていると、ザッザッザと足音が聞こえたので、碧はゆっくりと左斜め後ろへと顔を向けた。

 すると、よく知る人物がそこに立っていたので、碧は立ち上がって体を向け、あいさつした。


 

 「こんにちわ。右田のおじさま」


 「碧ちゃん。お久しぶりだね」


 

 そこには、すらっとした背の高い細身の優しそうなスーツ姿の紳士が立っていた。歳は50代後半くらい。ダークブラウンの髪をオールバックに整えていて、立派な口ひげを生やしている。

 あと、長方形の金属フレームのメガネをかけている。

 彼の名は右田常信。いつも、優しい笑みを湛えている。手には仏花の花束があった。

 

 そんな彼は、碧に対し、こう言葉を続けた。


 「正直、ここが荒れ放題になってないか心配だったんだよ。碧ちゃんも私も忙しい身だろ。それに、いまじゃ睦城家の分家が本家に繰り上がって、この墓の管理を誰もやらなくなってしまった。まったくもって、どうしてこう薄情な人間が多いのか……」


 「そうですね。私の母も今じゃ他人面って感じです。もともとは睦城家の人間だったはずなのに……。だから私、たまに墓参り代行サービス頼んだりしてます」


 「君はあの子と……“緋色”と、本当に仲が良かったからねぇ」


 「“緋色ちゃん”は同年代だったし、あの頃はいっぱい遊んだなぁ。あの子、砂でお城を作るのが得意だった。しかも、すんごいリアルなお城で、ノイシュヴァンシュタイン城とか作ってたっけ。けっこうやんちゃな子だった。それがあんな事故で簡単に死んじゃうなんて………」


 「せめてもの救いは、俺の弟もこうして一緒のお墓に入れたって事くらいかな」


 「婿養子……でしたっけ?」


 「そう。弟は右田の家を出て、睦城家に入った。そして緋色が、あの子が生まれた。皮肉なのは、奴が結婚さえしなければ、睦城(むつき)紫依菜(しいな)は死ななかったという事かな」


 「3人同時に死んじゃうだなんて………15年前に」


 「そう……すべては15年前からはじまっている」


 「……………………」


 「だからね、君にまで不幸になってほしくないのが正直な俺の気持ちかな。今じゃ、分家が本家気取りだが、キミほどの才覚はないよ。いずれ没落するだろうね。その証拠に、“花房聖”というモンスターに喰われつつあるからね」

 

 「………でしょうね」


 「まあ、だからといって君があの家に戻る事もないとは思うけれど、私の目から見た君は、今も昔も、自分自身を犠牲にしすぎているように見える。せっかくあの家を出たはずなのに、不自由そうに見えるよ。君の人生は君自身のもののはずだろう?」


 「……………私はただ、葵の事が放っておけなかっただけです。私すらも葵の事をほったらかしにして生きてしまったら、あの子はもしかしたら、いえ、もしかしなくても、自分自身の手で命を絶っていたかもしれない」


 「………君は、優しすぎるんだよ。でもね、みんながみんな、君みたいな人間じゃない。良識人ぶっていても、その仮面の下には狡猾な本性を隠してる。だから、優しすぎるだけじゃだめだよ。弁えさせないと」


 「………………………」


 「でないと、よけいな荷物まで背負う羽目になる。だってこの世界に生きるほとんどの人間は、甘えたがりな生き物だから」


 「………………………」


 「とはいえ、私も君に頼ってしまっているところもある。今日だって、こうして君にお墓の世話をさせてしまっているし………」


 「いいえ。私がしたくてやってる事だから、気にしないでくださいね」


 「緋色も幸せだろうね。いまだにこうして君が友達でいてくれるんだから」


 「死者にとって、もっとも残酷なのは、誰からも関心を持たれなくなる事だと思うから」


 「…………そうだね…………」



 右田常信は自分の分の仏花も睦城家のお墓に供え、両手を深く合わせた。

 そして碧とともに六方寺を去っていったのだった。


 オレンジ色の空が墓石をキラキラと輝かせている。

 




 だが……………。




 少し離れた墓石の影からスッと出てきた人物がいた。

 その人物はスラリとした足をしていて、綺麗なスニーカーを履いている。

 手には、水の入った手桶があり、手桶の中には柄杓の先っぽの部分が水の中に沈んでいる。

 もう片方の手にはスノードロップの花束が。


 「……………………」


 スノードロップの時期はもう過ぎたが、この花を育てている花園を見つけたので、お金を出して買ったのだ。


 「………………チッ」


 敷き詰められた玉砂利のうえを歩いて奥へと進んでいくと、大きな木の影にひっそりと建つ“円城寺サラ”の墓があった。

 だけど、さきほどの睦城家の墓に比べたら、背がとても低いタイプの墓石で、広さ的にも3分の1にも満たない。

 それに、雨風のせいで若干風化がはじまっていて、墓石の表面には血管上のヒビがうっすらと浮かび上がっている。

 定期的に蒼野まといが来てくれているようだが、それでも雑草が伸び放題だった。

 

 「……………………許せない」


 睦城家のお墓の方が13年以上も古いはずなのに、この差はいったい何なのだろうか。

 同じお寺の中にあるお墓のはずなのに、なぜ風椿碧はこのお墓に手を合わせようとしないのか。

 本当に悪いと思っているのなら、どこに円城寺サラの墓があるのか、必死になって探すはずだ。


 よりにもよって、同じ敷地にあるというのに、なぜ気づけないのか……。


 つまりは、悪いと思っている“フリ”をしているだけ……。

 悪いと思っていると自分自身に思い込ませる事によって、自分は薄情な人間ではないと、そう思いたいだけなのだ。


 だからこそ睦城家のお墓には手を合わせ、サラのお墓には目を向けようともしない。

 こんな事許せるわけがなかった。


 もう2年以上も待った。彼女が自主的に謝罪のために動いてくれる事を………。

 円城寺サラは無実だと訴えてくれる事を………。


 もう2年だ。充分すぎる時間のはずだ。短いだなんて言わせない。

 これ以上はもう我慢ができない。



 だからスマホを使って、ネットの掲示板にこう書いた。

 諸見沢勇士は彼女のせいで殺されたと………。

 







 風椿碧の事は絶対に許さない。


 


 



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