御影テンマの事情1
ミチ&ワカがテレビデビューしてからそう日にちも経過していない1月の終わり。
とある花屋の店先では、赤い椿の花が凍てつく寒さの中でも、煌々と輝いていた。
ここはそう、花屋ペイズリーである。
ここの花屋は、閑静な住宅街に面した歩道沿いにあるため、駅近の花屋よりかは客足は悪いようにも思えるが、お花の品質もよく、宅配サービスもやっているので、そこそこ儲かっている。
というより、今はネット注文の時代なので、宅配をやっていなければ、とっくにここの花屋は潰れていただろう。
店長の名は、御影テンマである。20代前半のおっとりとした女性だ。
店内にはいま、彼女しかいない。
テンマは、人があまり来ない時間帯などはいつも、レジ横のパイプ椅子に座っている。体質的に貧血な事が多いからだ。
すると店の中に、ボーイッシュな格好をした女性が入ってきた。
この彼女、つばが広めのキャップを目深に被っているため、目は帽子の影で隠れている。
髪はイエローブラウンでセミロングだ。
「あら、風椿さん、いらっしゃい」
テンマはゆっくりと腰を上げ、風椿と呼んだ女性の方へと歩いていく。
風椿碧。それがこの女性の名前だ。
実は女優である。
「んー、あいかわらずここはいい匂いだね」
碧はゆっくりと伸びをしながら、店内の空気をたんと味わった。
「風椿さん、今日はどんな御用で?」
2人は昔、高校で同級生だった。まあ、昔と言っても、卒業してからまだ5年も経っていないが。
そんなテンマの問いに対し、碧はこう答えた。
「えーとね、ふと思い出したのよ。私と同じ時期にデビューした女の子の事をね」
「その子がどうしたの?」
「自殺したの」
「まあ…………」
「でもね……自殺するような感じにも見えなかったし、ましてや、麻薬に手を出すような子でもなかったんだよね」
「じゃあ、冤罪か何かなの?」
「それはわからない。ただね……たった1人だけ冤罪の線で調べてた記者の人がいてね………あ、そうそう。福神出版の人。あの人、なにか知っているふうだったな」
碧は、頭からキャップを取り、髪を軽く整えた。
すると、蛍光灯のもとに彼女の瞳がはっきりと晒される。
とても意志の強そうな眼だった。
福神出版というワードを聞いたテンマは、ハッとした表情を浮かべ、こんな事を言った。
「私もその人の事は知ってる。福富神子さんよね?スラリとした背の高い美人の人。前にここへお花を買いに来たことがあるわ。ほらっ、2年前、正確にはまだ2年経ってないけれど、あそこの児童養護施設が大火事になったでしょ?彼女、そこへお花を手向けるためにここへ寄ったのよ」
「ああ、ここから近いもんね。そっかー。やっぱりあの事件、なんか裏があるのか……。悲惨な事件だったもんね」
「中学生か高校生くらいの子供達がニヤニヤと笑いながら、あそこは犯罪者生産工場だって言ってたわ。あんまりよね。私はどちらかというと、その子達にゾッとした」
村八分という言葉があるが、あの火事が起きる直前までは、近隣住民全体で、誹謗中傷、いやがらせ、スーパー、コンビニでの入店拒否を、あの施設の子供達に対し行っていたのである。
御影テンマは、積極的な参加こそはしなかったが、あまりにも当時の住民達が恐ろしくて、声を大にして意見する事がどうしてもできなかった。
そして………27人もあの児童養護施設で死んでしまった。
だから、罪滅ぼしにはならないかもしれないが、毎年この時期にはお花を供える事にしてる。
碧がこの花屋へやって来たのも、同じ目的だった。
冤罪で死んでしまった同期の子の分と、あと、児童養護施設の子達へのせめてもの慰めとして、あの門の前にお花を供えたかったのである。
なので碧は、テンマと2人で行く事にした。
すると、ちょうどいいタイミングで、住み込みの頼宏が帰ってきてくれたので、テンマは彼に店番を頼んだ。
稲辺頼宏。とても背の高い筋肉質の男性だった。
テンマの話によると、7ヵ月くらい前からこの花屋で働き始めたらしい。
テンマは、スノードロップという名の白い花を花束にして、碧とともに児童養護施設跡へと向かったのだった。