軽くなりたい
同日4月19日 AM10時。喫茶店CAMEL。
客の入りは、そこそこといった感じである。
朝食を食べにわざわざやって来た馴染みの客がいるくらいだ。
碧はというと、いつものカウンター席でミルクティーだけ飲んでいる。
まだ朝ご飯は食べていないが、今はそんな気分になれなかった。
炭弥は、そんな碧のために、イチゴのうえに軽く練乳をかけたものを透明のお皿に入れ、そっと目の前に置いた。
「ありがとう……」
「ええって別に。で、今日はなんで悩んどるん?」
「うん、あのね……その………」
碧はふところから、まといのスマホを取り出した。
「それ、碧ちゃんのスマホじゃないよな?」
「うん、まといちゃんのです」
「…………………」
「うん、わかってる、わかってるの。こんなの、カレシのスマホを覗き見る彼女並みに最低行為だよね」
「まあ、いい気はせえへんかもな、普通は」
「でも、我慢できなくなった。アドレス帳に載ってる名前を手掛かりに、交友関係とか調べたら少しは何かわかるんじゃないかなって。だって……だってまといちゃん、またケガしたんだよ。しかも……昨日のアレは異常だった」
「…………………」
「炭弥さんは、私になにか隠してる事はないの??」
「…………………まといちゃん関連でいえば、この前ケガをしたのだって、喫茶店CAMELに対する中傷のビラを自粛ウォーカーが貼っているのをまといちゃんがたまたま見つけたから、それでトラブルになっただけ。あの時俺があの場所に居合わせたのは、また変なハリガミ貼られてないか見回っていたからやし……。ただそれだけのことなんよ」
「ほんとに?」
「ああ、うそやない。まあでも、碧ちゃんの気持ちもわからなくもない。あの子はな、誰かを守るためなら、自ら危ない橋を渡るところがある。だから、いいかげんやめさせないと、ほんとに取返しがつかなくなる。少々手荒なマネになろうが………ね」
「そっ、そうだよね。よかった、炭弥さんも私と同意見で」
「それより……妹さんはもう元気になったん?」
「うん、この前会った時は、それなりに顔色はよかったよ」
「そか………」
「だからもうそろそろ、私も将来の事ちゃんと考えなきゃなって思う」
「両親の後を継ぐとか?」
「それだけはない。私は“あの人達”を絶対に許す気はないから」
「…………………」
「高校の時に株で稼いだお金がまだたくさんあるから、女優をやめてもしばらくは色んな道を試せると思うのね。まといちゃんとの時間をもっと取れるような仕事とか探せばあると思うの。まあその前に、まずは、ちゃんとゴールインしなきゃだけど」
ゴールインがいつになるのかはわからない。
でも、なるべく早く急いだほうがいい。
嫌な予感がしてならないのである。
最近は………不吉な夢ばかり見るし………。
夢は潜在意識の投影とよく言われているので、まといに対しての不安が、あんな形で表れているだけだとは思うが……。
「それじゃ、炭弥さん、私、もう行くね。イチゴおいしかった」
「おおきに。また気軽においで」
碧は軽く笑みを取り繕い、喫茶店CAMELを出た。
そしてすぐに、妹の葵に電話した。
『おはよう、お姉ちゃん…………』
「あっ、アオイ。あのさ、体調がよければでいいんだけど、今日お願いがあって………」
『いいよ。ちょうどトウキョウに戻って来てるし、もうすぐ普通に仕事を始められるようになると思う』
「そっか。じゃあ、お願いしようかな」
『で、諸見沢さんのお葬式にはでるの?』
「うん、一応ね。恋仲になった事は1度もないけれど、何回か仕事した仲だし……」
『わたしが代わりに出とく』
「へっ?」
『諸見沢さんの死の原因は、お姉ちゃんにはいっさい関わり合いのない事だけど、マスコミはね、ネタになりそうな材料がそこにあれば、ためらいもなく煽って来るよ。たとえば、恋仲でもない人間がわざわざお葬式に来たってね……』
「でも…………だからといってお葬式に顔を出さないのも人としてどうなの?」
『人として………か。お姉ちゃん、その考えは間違ってるよ。人間ってね、人の非はやたらと攻め立てるクセに、自分の事になるととたんに甘くなる。人間なんてしょせん、ゴミみたいなもんなんだよ』
「そんな言い方………やめてよ。あのさ、私、うすうすだけど気づいてるんだよ。円城寺サラさんが死んだのって、葵のせいなんじゃないの???」
『……………………』
「それでも私は、あえて深くは調べようとはしなかった。でも、サラさんのあとに27人も死んだ」
『……………………』
「そんな子達の事すらも、葵はゴミ扱いするの???」
『でも……それでもお姉ちゃんは助けてくれたじゃない。深い事情もあえて聞かずに』
「そもそも……それが大きな間違いだったんだよ。葵の罪に目を背けるべきじゃなかった。大切な妹なら………なおさらね」
『………………お姉ちゃん。あのね、これだけはわかって。私はお姉ちゃんの事は嫌ってない』
「………………………」
『だけど………苦しめたいとも思ってる。笑っている顔よりも、そっちの方が好きだから。依存してるの。私はお姉ちゃんにね』
ブツリ。
そして電話は切れたのだった。




