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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第九章 ウロボロス
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頭を喰らう蛇


 4月18日 PM16:00


 まだ外はどしゃぶりの雨だ。

 黒に近い排気ガス色が、太陽からの光をすべて遮ろうとしている。

 水たまりのうえを、雫が何度もバウンドを続けている。雷の轟く音も止む気配がなかった。

 諸見沢勇士の死による影響で、このテレビ局は大混乱に陥っていた。当然だ。なぜなら、よりにもよってこの建物の地下で彼は死んでしまったのだから。

 廊下は常に人が行き交っていて、みんな余裕がないといった感じである。

 まといは、眼鏡型カメラとウィッグ、あと、インカムを耳につけ、女性スタッフに変装して、そんな廊下を歩いている。

 防犯カメラ対策に、事前に体中に“あるスプレー”を吹きかけてある。福富神子が用意したものだ。

 このスプレーを事前に吹きかけておくと、カメラに映っても、全身が白くボヤけて見えるため、スパイ活動にはピッタリというわけである。

 23時間テレビ制作用の特別フロアのある階は、前に諸見沢と話をしていた時に『この階にある』と言っていたので、迷わずたどり着く事ができた。


 インカムからは、福富神子の声が流れる。

 


 『無理しないでね。派遣のアシスタントディレクターをこの23時間テレビのために結構雇ってるみたいだから、知らない顔がいても怪しまれない。でも不自然な動作をすれば、人が多く行き交っている分、目立つ』


 「いま特別フロア内にたどり着きましたけど、閑散としてます。なんででしょうか?」


 『えっ、そうなんだ……。んー、ディレクターを含む数名がクビになったから、スタッフの統制が取れていないのかもしれない。全員が全員、あのディレクターみたいに陰湿じゃないわけだし、SNS上で告発されないために、うえが色々と手を回している段階なのかもしれないわね』


 「そうですか。じゃあ、続けますね」


 『私が渡したUSBを、プロデューサーのデスクのパソコンに挿してくれるだけでいい。USBのランプが青く点灯したら、すぐにUSBを抜いてその場から立ち去って。青く点灯するまで、2分ほどかかると思うけど』


 「このUSB自体には、データを抜き取る機能はないんですよね」


 『そう。データを直接抜き取るタイプもあるけど、データの重さによっては1時間以上もよけいにかかるから、よっぽど誰かに見つからない自信でもない限り、デメリットしかないの。でも、ハッキングしやすくなるためのウィルスを流す機能はあるから、あとは私の仲間がうまくやってくれるはず』


 「わかりました」


 

 まといはさっそく、パーテーションで遮られた奥側のプロデューサーの席へとついた。

 そしてUSBを挿し込んだ。


 雨の激しい音が、壁を通り抜けてここまで響いてくる。さっきから、雷の轟く音も1分おきに続いていて、このままだと本当に、このテレビ局に雷が落ちそうだった。


 「?」


 壁からなぜかピシッという音まで聞こえてくる。

 クーラーをつけている時などは、一軒家の場合だとミシッと家鳴りという現象が起こる事もあるが、それとはタイプが違った音だった。


 USBのランプが青く点灯したのでまといはパソコンからそれを抜き取り、廊下へと出た。

 すると、まといの目の前を“あのディレクター”が横切り、まといに目もくれないで、さらに奥の通路へと進んでいく。

 

 

 まといは、そのディレクターの後を追った。

 すると、そのディレクターは奥の会議室の扉を開け、中へと入って鍵を閉めたのだった。

 まといは、福富神子からもらったボタン型盗聴器をドアの下の隙間からこっそりと入れ、ボイスレコーダーのスイッチを入れ、誰もいない隣の会議室へと身を隠した。もちろん、外の廊下から見えないよう、扉もきちんと閉めた。


 いったんインカムを耳から外し、盗聴器用のワイヤレスイヤホンを装着した。

 イヤホンからは、こんな会話が聞こえてくる。



 『話が違うじゃないですかっ!!!天下り先もナシですかっ???』


 『はあっ?天下り先???ディレクターのご身分でか???そんなのもったいない』


 『なっ、なんだと!!!俺はさんざんアンタたちの片棒を担いできたというのにっ!!!』


 『私も、その点においては本当に悔やんでる。もっと“頭のいい人材”に任せればよかったってね』


 『なっ!!!!』


 『その辺の子役にでも、目が見えないフリをさせればよかったのでは??』


 『そっ、そんなっ、そんな事したら。その子供が通っている学校のクラスメイトに、ネットで真実をばらまかれて終わりですよねっ???あいつ、本当は目、悪くないんだぜってね』


 『まあ、それはモノの例えだよ。とにかく、君はいい“脚本家”にはなれなかった。だから、もうイラナイ。それだけの事』


 『諸見沢勇士を殺したのはアンタの指示だって言うぞっ』


 『どうぞご勝手に。実際私はそんな指示を出していないわけだから、クビにされた逆恨みでそんな事を言っているだけとしか、警察も思わんだろうな。ご愁傷様』


 『くっ!!!』


 『私とこんなところで話をしてないで、逃げたらどうかな?せめてもの私からの情けだ。君をここで取り押さえるのはやめておくよ』


 『チクショーっ!!!』



 


 ビキッ!!!!!!




 まといがいる部屋の床に亀裂が生じたかと思うと、会議室用の長テーブルが置かれた床の一部分が抜け落ち、テーブルがガシャーンと大きな音を立てて落下したのだった。



 『蒼野さんっ!!!聞こえるっ????蒼野さんっ!!!』



 インカムから大きな声がしたので再び付け直すと、福富神子はさらにまといにこんな事を言った。



 『あの爆発のせいで建物の状態がいま不安定になってるらしいのっ。壁にヒビが入ってるフロアも出た。たしかに、あの爆発はとても大きかったけれど、この建物は震度7を想定して作られたはずだから、本当ならっ、あの程度で壊れないはずなのっ』


 「じゃあ、なんで……」


 『とにかく逃げなさいっ!!!話はすぐあとっ!!!』


 「わかりました、じゃあすぐにでも…………」



 




 まといがいる部屋の扉が、キィィっとゆっくり開いた。

 その扉の隙間から顔を出したのは、あのディレクターだった。

 ディレクターは、怒りに満ちた表情をしていた。


 「てめえ……そのツラ見覚えがあるなぁ……。そうだ、諸見沢のアシスタントの………」


 なんという不運だろうか。

 殺人の証言をこうしてボイスレコーダーには録った。

 もうこの男の人生はオシマイ。


 だけど、唯一の出入り口はこのディレクターによっていま、塞がれてしまっている。

 


 「おっ、お前のせいでなぁ、俺の人生はだめになったんだぞ!!!」


 「だからって、ほかの人の人生を台無しにしていいんですか?もとはあなたが撒いた種でしょ?自分がやった事を棚に上げて、言える立場じゃないでしょっ??」


 「はぁああ???これだから素人はっ???番組なんて、脚色があってなんぼの事なんだよ。みんなやってる事なんだよ。それなのに、こっちの職を奪うような真似しやがってっ!!どんだけゴミクズなんだよっ!!!!」


 「あのまま嘘のVTRを流していたら、あの女の子までもが誹謗中傷の目に遭ってたんですよ??」


 「そんなの、誹謗中傷する奴の方が悪いに決まってんだろっ!!!仮にそういった未来が起こったとしても、SNSに書き込んだ連中を罰すればいいだけの事なんだよっ!!!」


 「………つまり、誹謗中傷のきっかけを作っても、いっさいの罪はなく、無罪と?」



 まといの目に鋭さが灯った。

 これじゃ、あの時と同じだ。


 誹謗中傷のきっかけを作ったのはマスコミ側なのに、彼らはいっさい悪びれもせず、児童養護施設の子供達を含む27人の死に対しても、白々しく『ご冥福をお祈りいたします』と言い切った。

 そのマスコミの何人かはカメラで殺したのでもういないが、生き残りはまだいて、彼らはのうのうと今も生きている。



 もちろん彼らに罪悪感なんてない。罪悪感をしっかりと感じていれば、出頭するなりしているはずだからだ。

 でも現実は違う。もう2年も経ってしまったので、うやむやになってラッキーとすら思っている者もいるだろう。





 ユルセナイ。




 だけど、殺す必要なんてない。

 諸見沢も言っていた。優しさを見失うくらいなら、怒りなんて抱かない方がいいのだ。

 問題は、どうやってこの窮地を切り抜けるかだ。



 「で、ここで何してたんだ?」


 

 まずい。

 感づかれてる。

 あの時はボイスレコーダーの存在に気づかれずに済んだが、今回ばかりはダメそうだった。



 「何やってんだって言ってんだゴラアアアアアア!!!!!」



 ディレクターの手がまといの体へと伸びた。

 それと同時に、ついに壁にまで亀裂が生じ、床がグワンと揺れた。



 「なっ」


 ディレクターの動きが止まった。

 

 まといはその隙に彼の横を通って廊下へと出る。

 ディレクターもすぐに後を追った。


 まといは階段のある方へと走った。相変わらず廊下はたくさんの人で行き交っていたが、まといはなんとか(あいだ)を縫うようにして進み、階段エリアへと入った。階段を使っている人は思いのほかいなかった。下の方からカンカンカンと足音がするくらいである。もしかして、こんな状況の最中でも、エレベーターを呑気に待とうとする人の方が多いのか。


 とにかく、まといは階段を降りた。


 

 だが、踊り場まで来たところで、ディレクターが勢いよくジャンプして着地をし、まといの首根っこを掴んだのだった。



 「まさかテメエ、さっきの会話っ、聞いてたなっ!!!!」


 「しっ、知らな…………」


 「いや、どっちでもいい。テメエの事も不幸にしないと気が済めねえ。たかがあんな事くらいで俺の人生をメチャクチャにしたんだっ。天罰を与えないとなぁっ」



 ディレクターはまといの首根っこを掴んだまま両手を高く上げた。

 まといのつま先が宙へとぶらりと浮いた。


 「ぐっ……うっ………」


 「死ねやっ!!!」



 そして、階段下へとまといの体は投げ出される。

 まといの全身は一度ふわりと浮いたが、すぐに階段の段差に叩きつけられ、何度も何度も全身をバウンドさせながら、下の階の出入り口の前まで勢いよく落ちていった。

 最後に、頭を思いきり打ちつけ、彼女の体は動きを止めたのだった。

 

 血が………ゆっくりと拡がっていく。



 「ギャーハッハッハ。天罰、天罰♪さ・て・と、しょうがねえから海外へ逃亡するとするか♪」



 一応、ちゃんと死んだかどうかも確認した。 

 まだ警察は、諸見沢を殺したのが誰なのか特定していないようなので、今が逃げるチャンスだった。もちろん、飛行機のチケットはすでに取ってある。

 ディレクターはまといの“遺体”にいったん蹴りを加えてから、そのまま階段を降りていった。

 そして……………。



 階段エリアへと入ってきたスタッフがまといの“遺体”を見て、勢いよく腰を抜かした。

 あとから入って来たスタッフ数名も、まといが生きているかどうか確認するも、呼吸は完全に止まっていた。



 「息、してねえよ。どうする?ケーサツ呼んでるヒマ、ねえぞ」 


 「可哀想だけど、置いていくしかねえよ。俺達まで死んじゃったらアレなわけだし……」


 「でっ、でもなぁ………」


 

 その刹那だった。

 天が割き、大きな雷がテレビ局へと直撃した。



 屋上にあった大きなアンテナが木っ端みじんに砕け、テレビ局内の電球が次々とパリン、パリンと割れていき、電球の破片が廊下へとゆっくりと降り注ぐ。

 頭に破片が刺さってしまったスタッフの悲鳴が遠くまで響いていく。

 階段エリアを照らしていた電球もパリンと割れ、破片から、バチ、バチ、と大きな静電気が生じた。

 湿っていたはずの空気が途端に乾き、スタンガンの電源を入れた時に見られるスパークのような光がいくつも発生した。

 それを間近で見ていたスタッフ数名は途端に顔色を変え、



 「おいっ、これ、まずいぞっ!!逃げろっ!!!!」



 まといの近くにいたスタッフ数名がいったん廊下へと逃げると、爆発にも似た大きな電気が生じ、階段エリアの地面を派手に焦がしたのだった。

 







 


 一方その頃。





 まといの車を近くのコインパーキングに移した福富神子は、車内でずっと彼女の帰りを待っていた。

 このコインパーキングには、ほかに車が何台か停まっているが、さっきの地下駐車場に比べたら、見通しはいい方である。

 そして助手席にはまといのカメラが置いてある。

 

 たった今入ってきたキャバクラの店長からの情報によると、あのテレビ局を建てるのに大きく関わっていたのが実は、赤佐内建設なのだという。

 まといがUSBを挿してくれたあのパソコンを経由し、CEOの自宅のパソコンを乗っ取った事によって、得た情報だった。

 つまりは、震度7に耐え得る構造なんて真っ赤な嘘。建物を建てるために高額の資金の融資を赤佐内建設の口利きのもと銀行から多く得ておきながら、安く済ませた分のお金を懐に入れたという事だった。


 どちらにせよ、こんな事になってしまっては、もう赤佐内建設は終わりだ。

 だけど、まといの事が気になる。

 インカムを通してまといに話しかけても、ノイズ音がするだけで、ウンともすんとも言ってくれない。

 まだ建物自体は派手に壊れていないので、死んだなんて事はないはずだが……。

 

 「そっ、そうだ。位置情報。スマホの位置情報を使えば……」



 福富神子は、キャバクラの店長が入れてくれたアプリを起動し、アプリ画面に表示された白い枠の中にまといの電話番号を入れた。すると、画面の中央に赤い丸の点滅が表示され、このテレビ局周辺の地図が表示された。


 「あれ?やっぱりテレビ局の中にまだいるのかしら……」


 福富神子はさらに地図を拡大した。

 中央に表示されている赤い点滅は、テレビ局の位置からは少し外れていた。


 「あれ?じゃあ、外に出てるってことなの………」


 福富神子はさらに地図を大きくして見る。





 「えっ……………?」




 赤い丸は、この駐車場内で点滅を繰り返している。


 「…………………」


 じゃあいったい彼女はどこにいるというのか。

 このコインパーキングはさきほどの地下駐車場に比べたら、何倍も見通しがいい。彼女が近づいてきたら、気づいているはずである。

 

 それとも、見えているはずなのに、気づけていないだけとでもいうのか。

 そんなの………そんなのあるはずが………。


 運転席側の窓越しから視線を感じた。

 見通しが良かったはずの視界に、ひとつだけ追加で足された違和感に今、福富神子は気づいたのである。

 ドア越しに誰か立っている。

 

 「……………………」


 だけど、福富神子はそっちに顔を向ける事ができなかった。

 顔を向けたら最後、心臓を抉られて殺されてしまうのではないかといった本能が警鐘を鳴らしたからである。

 無意識にごくりと息を呑みこんだ。

 そして福富神子が選んだ選択肢は、“微動だにしない”だった。


 福富神子のスマホが鳴った。

 すると途端に視線を感じなくなり、体中を這う気持ち悪さもスッと退いたのだった。


 だけど、福富神子は気づいた。




 助手席に置いてあったはずのカメラがなくなっていた。





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