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フォーカスモンスター ~カメラで撮られたら死ぬ~  作者: 七宝正宗
第九章 ウロボロス
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諸見沢勇士の価値2


 諸見沢勇士には7歳離れた姉がいた。


 現実の兄弟の絆というものは、マンガやアニメの世界とは違ってわりとどこもドライだったりするが、諸見沢勇士の姉、真琴は違っていた。

 弟の事を本当に可愛がり、彼がイジメられていた時期も、優しい言葉をつねにかけ、励まし続けたのだ。

 そしていつも真琴は、彼にこう言い続けた。

 たとえ、誰に何を言われ続けても、優しい人間であるべきだと。


 逃げてもいい。不登校でも構わない。でも、諦めず努力を続けて自分を磨き、イジメ加害者のような歪んだ人間だけにはなるな。

 優しささえ見失わなければ、いつか自分の事を認めてくれる人が現れた時、しっかりと相手の気持ちを受け止められる人間でいられると。

 

 そしてようやく、“勝つ”事ができるのである。



 諸見沢は、姉の事がいつも誇らしかった。

 だから、姉の自慢になれるような自分でありたかった。


 




 だけど………他に取り柄がなかった。





 昔からそうだった。小、中、高、耳が腐りそうになるくらいにこう言われ続けたのである。

 顔だけしか取り柄がない人間。

 顔がよくても性格が暗いから、気持ち悪い人間。

 顔のせいで、よけいに暗さが目立って目障りだから、自主的に死んだ方がいい人間。


 芸能界に入っても、それは変わらなかった。

 女子にキャーキャー言われるようにはなったが、『顔だけ』『顔だけ』『顔だけ』『演技はゴミレベル』『いつかこいつの時代は終わる』と散々陰口を叩かれた。

 

 

 


 現在、4月17日、AM11:34。

 まといは諸見沢とともにロケバスで青森県に来ていた。

 耳の聞こえない女の子のもとへ、インタビューをするためにだ。

 

 ニュースの特集でもまれに視覚障害者の苦労について取り上げたりするが、たいていの人はこの問題に興味を示さずに終わる。

 だからこそ、この23時間テレビで取り上げて、少しでも多くの人に、この問題について考えてもらうというわけである。

 もちろん、女の子にインタビューするのは、この諸見沢勇士だ。

 悪い言い方をするならば、添え物。視聴率を稼ぐために、画面の横に諸見沢を置いておこうといった魂胆である。

 もちろん諸見沢もその事にはちゃんと気づいているし、自覚もしていた。

 でも、それでいいと思っている。

 少しでも多くの人に関心を持ってもらえるためなら、添え物でも別に構わなかった。


 いつか自分の時代は終わってしまうかもしれないが、それでも今のうちに、誰かの助けになりたかった。だからこそ、このオファーを受けたのだ。



 女の子は、体育館の中心に置かれた椅子にポツリと座っていた。

 今日は学校自体が休みなので、校舎の方に校長と教員が数名いるくらいである。

 女の子の手には、白杖(はくじょう)と呼ばれる白い杖が握られている。

 

 まといはその女の子の表情を見てすぐに気づいた。

 

 怒り、恐怖。猜疑心。


 スタッフの話だと、インタビュー内容はすでに台本という形でできているので、あとは、用意された(・・・・・)諸見沢の質問に答えるだけだ。



 スタッフ達は今、カメラの位置の調整やらで、女の子には見向きもしていない。

 今日のまといの仕事は、荷物持ちだけである。


 心配になった諸見沢は女の子に『どうしたの?』と優しく話しかけた。

 すると女の子は、ほかのスタッフには聞こえない程度の声の大きさで、こう説明してくれた。



 「最初は、視覚障害の人達がいま置かれている現状について話せばいいといった話だけでした。実際、視覚障害者が駅のホームから落ちてしまったという事故もいまだにありますので、この23時間テレビで目立つ事ができれば、SNSでも広まるかもしれないし、もしかしたら政府が対策に乗り出してくれるかもしれない。そういう淡い期待を胸に、このインタビューを受けたんです」


 「でも、違ったの?」


 「台本を見てみればわかると思うんですけど、私、イジメられてなんていないのに、同情を仰ぐためだけに、でっちあげのお涙頂戴のストーリーを押し付けられてしまったんです」


 「つまり、この台本に書いてある君のイジメ経験談は、全部嘘だと……」


 「そうです。視聴者の同情を仰ぐことができれば、募金も溜まるし、社会のためにもなるからって」

 

 「………………」


 「でも、こんな嘘がみんなに知れ渡ったら、私は嘘つきになってしまいます。こんなの、優しくしてくれたクラスのみんなの善意に唾を吐くようなものです。いもしない加害者を、いる事にされてしまうわけですから、誹謗中傷だって生みかねない」


 もちろん、その時に流れる再現VTRでは、イジメ加害者の名前はでたらめのモノが使われるが、事情を知らない部外者は、あのクラスの中にいじめっ子がいると信じてしまう可能性もあり、それがもし誹謗中傷に繋がってしまったら、取り返しがつかない。



 諸見沢は眉間にしわを深く刻んだ。

  

 女の子がそれでもここにいるという事は、スタッフ、またはディレクター側が有無を言わせないように無理やり話を進め、断れない段階まで乱暴に持っていったのだろう。

 『ここで断ったら損害賠償を請求する』とは言っていないかもしれないが、それに似たような脅しが行われていた可能性があった。


 このままだとこの女の子が不幸になる。

 諸見沢は、どうしていいかわからなかった。



 「あっ、そうだ」



 まといは指をパチンと鳴らした。

 

 「えっ、なに?まといちゃん」


 「台本の内容と実際の事実が違っているのなら怖がる必要はありません。私の知り合いにマスコミ関係の人がいるので、今からこの台本の内容を送れば、証拠になるんじゃないでしょうか?」


 「つまり、この収録をぶっ潰せるって事?」


 「そうです。だから逃げましょう」


 「でも………」


 「だったら、私がこの女の子を連れて逃げます。諸見沢さんが今の立場を捨てる必要はありません」



 まといは女の子の手を握って立ち上がらせる。すると、『ちょっとソコーっ、何やってんだっ!!!』といった怒号が轟いた。


 まとい達はすぐに、スタッフ達に囲まれてしまう。

 まといは彼らに対し、こう言った。



 「なにって……こんな嘘にまみれた収録、ナシにしてもらうに決まってるじゃないですかっ」


 「はぃぃ?????」


 「この女の子に、嘘のイジメ被害者体験を語らせようだなんてっ、そんなのっ、あまりにもひどすぎるっ!!!」


 「はぁ??なにがひどいんだよっ???ちょっと脚色しただけじゃねぇかっ!!!」



 ものすごい形相のディレクターまで奥からやって来て、まといを女の子からひっぺ剥がそうと、下っ端のスタッフに指示を出した。

 だが、諸見沢はまとい達を守るように前へと出て、彼らにこう言った。

 


 「この女の子の未来を不幸にしかねない“やらせ”はどうかと思いますけどね」


 「はぁっ、顔だけの無能男は黙ってろっ!!!」



 顔だけの無能男。

 その心無い言葉は、諸見沢の心を抉るのに充分すぎる威力ではあったが、それでも諸見沢は退かなかった。そしてこう言葉を続ける。



 「この台本を然るべき場所へと持っていって、事実とどこまで食い違っているのか証明すれば、世間はみんな、あなた達を非難すると思いますけど?」


 「もう再現VTRも録ってんだよっ!!いまさら無しとか……テメエ、責任取れんのかっ???」


 「この女の子にも、今みたいな事言って脅したんですよね???」


 「はぁ??脅しじゃねえよっ。真実を言ったんだよっ」


 「そうですか………」


 

 諸見沢の後ろに立っていたまといは、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 今の言葉はキチンと、ボイスレコーダーに録った。ヤラセを認めた証拠の音声を手に入れたわけである。これで確実にこの女の子の事を救える。

 問題は、ここからどう抜け出すかだった。

 スタッフ達が、まとい達へとジリジリとにじり寄っていく。


 だが、諸見沢の渾身の体当たりによって、道が開けたので、まといは女の子の手を引っ張り、体育館から脱出したのだった。


 スタッフ数名がまとい達の後を追ってくる。

 今日はロケバスでやって来たので、車に乗って逃げる事はできなかった。

 体育館に残された諸見沢の事が気になったが、今は逃げるのに専念すべきなのだろう。


 だけど、足の速さには自信がない。


 こんな時、あのカメラ(・・・・・)さえあればと思うが、人殺しでなんでもかんでも解決しようとするのは、もういい加減やめるべきだった。


 タクシー乗り場があればよかったのだが、近くは民家ばかりで、コンビニすらなかった。



 「あっ」



 運送会社の建物が見えたのでまとい達は中へと入り、大型トラックの影に紛れた。近くを歩いていた運送会社の社員に事情を話すと、トラックの荷台に乗せてもらえた。

 ここから東京まで7・8時間はかかると言われてしまったので、駅の近くまで乗せて行ってもらう事になった。



 そしてその大型トラックはゆっくりと発車したのだった。





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