とある占い師の助言
4月12日。PM13時。
風椿碧は今、朝のニュース番組で流す特集のために、テレビ局の小さなスタジオで、女子アナウンサーからインタビューを受けている。
前々から碧は、演技力と容姿の均整がとれた女優として評価されてきたが、薔薇の麗人の続編が決まった事により、ファン層を一気に拡げたのが、今日ここへ呼ばれた理由だ。
「風椿さんは、あまり主役にこだわらない印象があります。薔薇の麗人では、もっとも主役に近いヒロインのポジションではありますが、他の作品を見ても、3番手、4番手くらいの役が多いですよね。やりがいがあるのはやっぱり主役のはずなのに………」
「たしかに、主役が1番やりがいがあるのかもしれません。出番も多いからこそ、自分自身がどう演じるかによって、物語の良し悪しを左右してしまいます。視聴者サイドは思ったよりもシビアです。物語のカラーになり得るだけの実力がついていなければ、ファンでない人は簡単にシラけてしまいます」
「だからこそ風椿さんも主役をやるべきなのでは?SNSでもそういった声、多いんですよ?」
「ええ、支持してもらえるのは非常にありがたいです。でも、みなさんのいうところの3番手、4番手にも旨味はあると思います。主役のポジションだと、正義側の立場の場合が多いんですよね。もちろん物語にはたくさんのジャンルがありますので、お仕事系のドラマもありますし、下町が舞台のドタバタコメディもあります。でも、多くのドラマに共通しているのが、視聴者の好感を得やすいかどうかといったところでしょうね」
「たしかに、たとえ高圧的なキャラであっても、好感が持てるような信念を持ってたりすると、強く惹かれたりしますよね」
「ええ、そうなんです。そして、そんな主人公を引き立てるのが、3番手、4番手であり、物語にいい感じに“エグミ”を与えていくポジションだと私は思っています。このエグミがあるのとないのとでは、物語の面白さも違ってくると私は思っています。だからこそ、無くてはならない存在であり、“旨味”があると私は思います」
「なるほどぉ。たしかに、そう言われてみると、瀬戸際太郎の事件簿では、ある意味エグミのあるキャラを演じていますよね」
「そうなんです。あのキャラがいるのといないのとでは、物語の面白さも違ってきますよっ」
「薔薇の麗人の原作はあのカリスマ企業家、花房聖ですよね。会った事はあるんですか?」
「いいえ。なんでこんな話を書いたのかお話をお伺いしたいとはつねに思っているんですが、監督も制作プロデューサーも声だけしか聞いた事がないらしく、謎の人物なんです。だからこそこの物語に対しての謎は深まるばかりですねぇ」
そしてインタビューは終了した。
もちろんこのまま直帰したりはしない。薔薇の麗人の収録の予定が入ってる。
でもちょっとだけその辺をブラつく時間はある。
だから碧はテレビ局近くのカフェでサンドイッチを食べたのだった。
店内にはそんなに客がいなかった。
最近では、何もしていないのに自粛ウォーカーに絡まれる事案も発生している。
店員の態度が気に食わなかったという理由だけで、大きな石で出入り口のガラス扉を割る事件も発生している。
ほんと、嫌な世の中に突入したものだ。暗黒期と言った方が、もしかしなくても正解かもしれない。それでも、ボディーガードなんて気軽につけられない“下々”の人達は、いつトラブルに遭うか遭わないかビクビクしながらも満員電車に揺られなければいけないのだから、つくづく、民主主義なんてものは薄っぺらなハリボテなのかもしれない。
近くでサンドイッチを食べていたOL2人組が、SNSがまたパンク状態だと嘆いていた。
碧は店を出て、近くのタクシー乗り場へと歩いていく。
すると、貴婦人のような佇まいの初老の女性に呼び止められる。
「飛行機が見えるわ」
突然そんな事を言うものだから、碧は首をかしげてしまった。
いったん空を見上げてみるものの、飛行機ひとつ飛んですらいなかった。
芸能人のサイン目的でないのなら、意味がわからないので、さっさとこの場から離れたいものである。
「乱気流に気をつけなさい。飛行機に搭乗してしまったら、もう引き返せない」
「あのぉ、それ以前に、乱気流の危険性があるんだったら、飛行機自体離陸を見合わせると思うんですけど」
そうなのだ。落雷や豪雪、台風の最中に飛行機は飛ばない。『こんぐらいなら大丈夫だろう』と甘く見た結果、更なる豪風に見舞われ、飛行機が墜落したら、目も当てられない大惨事になる。
だから、最悪の事態を避けるために、悪天候の際は、離陸を見合わせる事が多いのだ。
この女性、占い師を気取っているのかは知らないが、人をだます才能は皆無だな…と碧は思った。
だが女性は、さらに碧に対しこんな事を言った。
「私が見えるのは、晴れの日の乱気流」
「へっ?へぇ………そうなんですか」
ヤバい人に絡まれてしまったなと碧は思った。とにかく、このままこの女性につきあっていたら次の仕事の時間に遅れてしまうので、『わたし、急ぎますので』と言って、相手に有無を言わせず、その場を立ち去ったのだった。
そして碧は深いため息をついた。
まったく、なんでこうも、やたらと占い師系の人が絡んでくるのか。
マスゴミなんて言葉があるが、ある意味、週刊誌系の記者よりもタチが悪かった。