夕暮れの回廊
4月8日 PM16時。直江寺。
堂内陵墓内での“供養”を終わらせた宗政は、オレンジ色の空の下、吹き抜けの回廊へと入って、本堂正面入り口の方へとゆっくり進んでいく。
すると向かい側から、背の低い着物姿の厳格そうな初老の女性が、僧を何人か後ろに引き連れて、宗政のもとへとやって来た。
その女性と宗政、双方、ある程度の距離まで近づくと、表情ひとつ変えずにピタリと足を止めた。
静かな風に乗って舞う1枚の葉が、2人の間をヒラリ、ヒラリと通り過ぎていく。
最初に口を開いたのは、初老の女性の方だった。
「戸土間一帯の開発は、花房グループに決まったそうじゃないか」
「ええ、それについてはすでに私の耳に入ってますよ、母上」
宗政は穏やかな顔でサラリとそう言った。
その態度が気に入らなかったのか、その初老の女性=直江美加登は眉間に深くしわを刻んだ。
「フン、相変わらず何考えてるのかわからんなぁお前は。得体が知れない」
「わからないのではなく、わかろうとしないだけではないでしょうか?まあ、あなたとわたしとではあまりにも性格が違いますので、相手の立場になって考える事をあなたが覚えたとしても、結局は無理かもしれませんが」
「……………………」
「あなたの望み通り、これからも“営業”はしていくつもりではありますが、寺というシステムそのものを変えていく必要があるんじゃないでしょうか?今じゃ、忙しさを理由に墓参り代行サービスを頼む者まで増えています。魂を敬う気持ちよりも、面倒臭さの方が勝ってしまっているというわけです。それでも、昔も今も、祟りなんて滅多に起きたりはしない。つまりは、広い土地を維持してまで寺としての形にこだわる必要はないという事です」
「ハッ、それじゃなにか?霊は供養せずに放っておけと???才能に恵まれているはずのお前が、なんて無慈悲な事を………」
美加登は宗政の事を鼻で笑った。それでも宗政は、表情の一切を歪めたりはしなかった。
そして、なおもこう言葉を続ける。
「霊であろうと“ココロ”を持ったヒトなんです。だから、まったくの他人である私が成仏のために祈って、はたしてその人の心に届きますか?」
「…迷える魂だってあるはずだ。それなのにお前は、よくもそんな事が言えるな」
「逆にお尋ねしますが、人の心はそんなにも素晴らしいものなのでしょうか?」
「…………………」
「あなた方に楯突くつもりはこれからもありませんよ。ただ、私達もしょせん、ヒトでしかありません。神ではないんです。もう少しその事を自覚なさった方が、視野が広がっていいかもしれませんよ?」
「くっ、偉そうに」
「では、私はもう行きますので」
そして宗政は美加登の横を通り過ぎ、本堂の方へと去っていったのだった。