Hide and seek 2
4月7日 AM10時。
加賀城は23区内の不動産という不動産を渡り歩いて、鹿津絵里が潜んでいそうな手つかずの建物がないかなどの情報収集にあたっていた。
あの夕桐高等学校での事件からもう1ヶ月が過ぎようとしているのですでにお察しかもしれないが、捜査状況は芳しくなかった。
潜伏先の件にしろ、調べるべき数が多すぎるのである。
それに、廃墟に必ずしも潜んでいるとも限らない。
誰か協力者がいて、その人と一緒に素知らぬ顔で普通のアパートとかで暮らしていた場合は、さすがに1人では探しようがなかった。
指名手配をかければ状況はもう少しいい方に傾くかもしれないが、硫化水素の件においては、彼女が黒幕といった決定打は何1つ出てきていないので、したくても無理だ。
鹿津絵里は、それを踏まえたうえであの夕桐高等学校の事件を起こしたのだろう。
汚い仕事はすべて人に任せ、実行犯のみが捕まるようにわざと痕跡だけを残し、自分は霞となって行方をくらます。
実に狡猾な女だ。
これはいよいよ、近衛孝三郎の“あの提案”に乗っかるしかほかにないかもしれない。
とりあえず加賀城は今日はこの辺にしておく事にした。
品川かなめの無実を証明したいという気持ちはあるが、はやる気持ちばかりに身を任せていたら、精神科警課の仕事がおろそかになってしまう。それはいけない。
精神科警課の仕事をしつつ、情報を集めるのである。
あの歩道橋のうえで何が起きたのか、あの予想がもし当たっていたならば、鹿津絵里はいつか動き出すはずだ。
必ず情報は入ってくる。
「こんにちわ、加賀城さん」
赤橋署へ帰るために駅へと歩いていると、正面向こう側から福富神子がやって来て、話しかけられた。
彼女と会うのはわりと久しぶりである。
「福富神子さん………。奇遇ですね、と言うべきでしょうか?」
「そうね。さすがに24時間中あなたを追い掛け回してるヒマはないから、ここであったのは偶然よ」
「そうですか………じゃあ、私はもう帰りますので」
加賀城は福富神子の横を通り過ぎてとっととその場から去ろうとしたが、彼女に手首を掴まれてしまった。
「ツレナイのね。そんなに私の事、キライ?」
「嫌いではありません。信用できないだけです。できればあなたとのソーシャルディスタンスは10メートルくらい保ちたいですね」
「なにそれ、ずいぶんな言い方ね。いや、もしかして、わざとそんな言い回しをして、私の事、推し量ろうとしてる?」
福富神子は、クスクスと笑った。
だが、加賀城が言った次の言葉で、その笑顔はすぐに消える事になる。
「必要最小限しか私に話そうとしないのは、情報は欲しいが、私に邪魔されるのだけは避けたいから。たとえば…………あなたが殺人という選択肢を最終的に選んだ時は特に……」
「……………………あら、なんのことかしら」
と言いつつ、彼女の瞳にはどす黒いナニカが渦を巻いている。
睨みつけられてはいないものの、下手をしたらスッとナイフが飛んできそうな、そんな冷たい目だった。
「福富神子さん、あなたによく似た人を私は知ってます。まあその人は現在逃亡中ですが」
「ああ、鹿津絵里の事?」
「さすが、知ってるんですね………」
「鹿津絵里は、体目的の変態の金持ちからお金を稼ぎつつ、裏の世界の情報を集めていたから知ってる」
「やはり、あなたは裏の世界に対しての情報にも詳しいんですか?」
「そりゃあね。不正まみれの政治家連中を長年追ってると色々とねぇ。知りたい?」
「…………………」
「まああなたにも立場があるでしょうから、マスコミに情報をリークしてたなんて警察上層部にばれたら、精神科警課も危うくなるでしょうね」
「それがわかっていて、私に近づいてますよね?」
「そうよ。だって、あなたにはどんどん動いてほしいからね。そしてかき乱してほしい。そうすればきっと、ナニカが動くはずだから」
「そしてあなたは………そのナニカを殺すんですか?」
「あなた、私と鹿津絵里が似てるって言ってたけど、私はあんな硫化水素爆弾で大量殺人なんて起こすつもりはないけど?」
「そういうつもりで言ったのではありません。でも、あなたと鹿津絵里には通じるものがある」
「へえ………どんな?」
「“無”です」
「無?」
「思考のみならず喜怒哀楽のいっさいが停止してしまうほどの“絶望”をあなたは味わった事があるのではないかと私は思ってます」
「ふうん………」
「言い方は悪いですが、サイコパスにも同じタイプがいます。想像を絶するほどの絶望を過去に味わってしまった事があるからこそ、大多数の人達が楽しめる事柄に対しても、何1つとして感情を抱けない。そして、社会のあり方について疑問を持つようになり、やがて、自分の頭の中だけのモラルにのっとって行動するようになる」
「なにそれ?わたし、中二病になったつもりはないけど?」
「でも、あなたの感情はとても見えにくいです。最初わたしは、あなたが非常にドライなタイプだから、そのせいかと思いました。私の能力だと、そういった人の感情は非常に見えにくいので」
「私は自分の事、ドライなタイプだとは思ってるけど、あなたから見たら違うの?」
「ドライなタイプではありますが、それ以上に、喜怒哀楽の一切を停止している時間の方がはるかに多い」
「それっておかしくない?喜怒哀楽が一切湧かない人間が、こうして普通に日常生活を送る事ができるの?」
「できます。さっきも言ったでしょう。サイコパスにも同じタイプがいるって。あと、あなたは気づいていないようですが、あなたの中にはすでに“憎しみ”は存在してません」
「………それって、どういう事?」
「目的のために動いていないと押しつぶされそうだからこうして今も動いているだけ。本当のあなたは、憎しみをつねに抱いていられる心の余裕すらない」
「…………………………」
「悪い事は言いません。一線を退いた方がいい。このままだとろくな事に………」
「無理よ」
福富神子は加賀城のもとから去っていった。




