ミチルとワカコ8
1カ月後。
ワカコは、ミチルの家の前まで来ていた。
ミチルの両親に謝るべきだと思ったからである。
葬式には呼ばれなかった。家族葬だったからだ。ミチルの母親の方が特に精神的に参っていて、とてもではないがほかのクラスメイトを呼べるほどの余裕がなかったのだ。だから、家族だけの小さな葬式をあげるので精いっぱいだった。
ワカコは、お花の代わりに果物の入った籠を持ってきた。
常温でも日持ちするタイプの果物たちである。
お花はすでに家族が供えているだろうし、ほかのクラスメイト達も持ってくる可能性があったので、置き場所に困らない果物にした。
もちろん、ここまで来るのに相当の勇気がいった。
何度も別の道を通っては元の道へと戻るを繰り返し、今日ではなく明日にしようかと考えてしまったほどだった。
心臓だって、バクバク言っている。
というより、すぐでも引きちぎれそうなほどに、とても痛い。
それでもワカコはここへ来た。
後回しにする癖がついたら、一生謝ることから逃げたままだと思ったから。
何度呼吸を整えても、指の震えが止まらない。
インターホンを押すだけなのに、その力すらも出せない。
でもワカコは体全体を前へと傾け、無理やりそのインターホンを押したのだった。
そしてしばらくして…………。
ミチルの母親が出てきた。
「…………………………」
怒鳴られるのは覚悟していた。
だって、自分の代わりにミチルの方が殺されてしまったから。
でも、ミチルの母は、にっこりと笑みを浮かべた。
「よく来たわね」
その声に、憎しみなど籠ってはいなかった。
「ささ、入って、入って」
「あっ、ありがとうございます」
ワカコはさっそく果物の入った籠を渡した。
仏壇のある奥の部屋に行くと、お花がいっぱい飾ってあった。
「もう花瓶がなくて困ってたのよ。新しく100均ショップで買ってきた花瓶もあるんだけど、それもふさがっちゃってね………よかったわ」
ワカコは、近くの椅子に腰を下ろす。
ミチルの母親は、ダージリンティーをふるまってくれた。
「あっ、あの………」
「?」
「ミチルさんの件、本当に申し訳ありませんでした!!」
そう、そうなのだ。今日は謝りに来たのである。
たとえワカコに対し怒りを向けていないにしても、誠意は誠意だ。
謝るのをやめるわけにはいかなかった。
すると、ミチルの母親はこんなことを言った。
「スマホが見つかったのよ」
「えっ?」
「カガシロさんっていう警察の人が届けてきてくれてね……。自動販売機の下の隙間にあったんだって」
「そっ、そうなんですか………」
「でね、その人……未送信のメールが2件あるから、見た方がいいって言うのよ」
「えっ…………」
ミチルの母親は、充電済みのミチルのスマホを持ってきて、メールアプリを開いて、例の文章をワカコへ見せた。
○1件目のメールについては以下の通りである。
お母さんとお父さんへ。本当にごめんなさい。
私が死ねば、深く傷つける事になるのはわかってます。
私が音楽さえやらなければ、違った未来があったかもしれません。
不特定多数の人達に好感を持たれるという事は、こういった危険とも隣り合わせなのだと、今になって気づきました。
すべて私の責任です。
一歩間違っていれば、お母さんやお父さんも何らかの被害に遭っていたかもしれません。
だから、私はこれからも祈るばかりです。
これ以上の被害者が出ないことを。
なのでもし犯人がまだ捕まらず、不審な人がまだ家の近くをうろついているようなら、気のせいだとは思わず、警察に相談してください。
あと、ミチ&ワカのワカ様は死んだ事にしてください。
ワカコまで殺されたくはありません。
私が音楽の世界に引き入れたせいで死なせたくはないのです。
それでも、私は今日まで本当に楽しかったです。
本当にごめんなさい。
○2件目のメールについては次の通りである。
ワカコへ。
私が死んでも、気にしないでね。
と言っても、ワカコがどんな性格かわかってるから、こんな事言ってもあまり効果はないとは思うけど、それでもあまり思いつめないでくれたらと思う。
こんな結末をあえて誰かのせいにするなら、私のせいでもあると思うんだよね。私が音楽の道を選ばなければ、こんな騒ぎにならなかったという見方もできるでしょ?
でもさ、キリがないと思わない?
私だって、ワカコだって、悪意があって音楽をはじめたわけじゃないんだから。
ほかの人だってそうでしょ。音楽の道を進んだ人たちは100パーセントみんな殺されてる?違うでしょ?
だから、ワカコとの8年間は間違ってたとは思わない。
むしろよかったと思ってる。
私は、ワカコが相棒でよかった。
ワカコ以外の相棒は考えてないよ。きっと、ほかの子と組んでも、しっくりこなかったはずだから。
あと、ミチ&ワカの解散の件に関しても、後悔はしてない。今が辞め時だって私が判断しただけだから………。
だから、ワカコがこれから先どんな道を歩もうとも私はあなたを応援しています。
本当に楽しかった。
長文になってしまってスマンㇴ………ミチルより。
その2つのメールを読み終わって、ワカコは………泣いた。
もちろん、泣くのを我慢しようとはした。いったん流れたら、ハンカチがびしょ濡れになるくらいに止まらないと思ったから。
でも無駄だった。
滝のように涙が頬を伝っていき、ポツリ、ポツリとテーブルの上へと落ちていく。
それでもミチルのスマホは濡らしたくなかったので、ワカコはスッとミチルの母親へとスマホを返し、ハンカチを取り出して頬を拭った。
そう、ミチルはどこまでも優しかった。
母親に対しては、ワカコが責められないような文章を選び、ワカコに対しては、なるべく思いつめないように気を配った言葉選びをしていた。
スマホやパスモをどこかへ落としたのだって、身元が割れてしまったらワカコへ刃の矛先が向いてしまう可能性があったからだ。
だから、最後まで犯人に人違いだとバレないよう、叫び声すらあげなかった。そして殺されてしまったのだ。
すべては、大切な人達を守り通すために選択した事だった。
だから、悪いのは、悪意を持ってこのような事態を引き起こした犯人達であり、ミチルやワカコのせいであってはならない。
それがわかっているからこそ、ミチルの母親はワカコを責めたりはしなかったのだ。
「で、ワカコちゃんはこれからの将来はどうするの?」
「音楽が………音楽を続けたいです」
「………無理しなくてもいいのよ。怖くないの?」
「私、もう迷わない。ミチルは私にとってもかげがえのない親友です。だから、この文章を見てしまった以上は……ミチルの想いをこんなところで終わらせたくはない」
今も、昔も、変わらない気持ち。
そう、歌うのが大好きだという正直な想いである。
「わかったわ………。じゃあ、渡したいものがある。引っ越す前に渡せてよかったわ」
不特定多数の人達に住所を晒されてしまったのがこの騒ぎのそもそもの原因なので、来栖家は、準備が出来たら引っ越すつもりだった。
でも、ワカコが来るまで、あえて保管していたミチルの遺品があった。
段ボールに入ったその遺品を見たワカコは、決意をより一層固めたのだった。




