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聖貨8枚。
金貨にして160枚。
それを全部よこせ…。
何てことをっ⁉とあまりの事に驚きを隠せず硬直してしまった。
俺のほぼ全財産よ?
「なあ」
「孤児院から逃げてきたんだろ?それだとお前の戸籍は教会に紐づけられているし、どこへ行っても厳しいぞ?」
固まる俺を見かねてか、ごつい兄さんが説明をしてきた。
孤児院に引き取られた時点で、子供は教会所属となり、貴族・領主でも引き渡しには応じる必要があるそうだ。
意外にというのも何だが、戸籍管理は割合しっかりしているようで、全部がというわけではないが、まともな仕事や居住なんかでその証明がいることも多いらしい。
もちろん冒険者も無理。
それが出来ないとそのままドロップアウト、と。
中々厳しいじゃないか…切羽詰まっていたとはいえ、ちょっと考えが甘かった。
「そういうこと。お前が話を呑むのならこちらで全部やってあげるわ」
「わかった…お願いします」
聖貨8枚は痛いけれどこれでリセットと考えれば悪くは無いはず!そう考えよう。
「結構。そうね…、あの【隠れ家】には後2日潜めるかしら?」
「ん?大丈夫だけど…?」
「夜になったらここを出て、救護院に向かいなさい。2日後に私が慰問する予定なの。そこでお前を拾うからそれまで潜んでおくの。できるわね?」
救護院ってなんだ…?教会の治療院とは別なんだろうか?
「救護院って何?」
「西の池の側の高台にある白い建物だ。わかるか?」
「あっ、それならわかる」
以前街を上空から見て回った時、夜だったこともあり街の建築物の細かい形や色はわからなかったが、高台にあり、また白い事から妙に目立ってたのがそれだ。
病院みたいだとは思ったが、正にそれだったのか。
「お前8歳よね?念のため名前を変えておきたいのだけれど、こだわりあるのかしら?」
名前…?
そういえば同じ名前が5~6人いたな…大抵おいとかお前とかで呼ばれていた。
あれ適当につけたんじゃないか?
「無いね」
無いな。
「結構。なら、お父様と少し話をしてくるわ。エレナ、貴方が相手をしておいてちょうだい。行くわよアレク」
そう言うなりごつい兄さんを連れて部屋を出て行った。
何というか、さくさく話を進める娘だな…、話が早いのはいい事だけど。
◇
さて夜。
既に屋敷を出て救護院に入り込み、例によって馬車止めに潜んでいる。
あの後しばらくしたら部屋に戻ってきた金髪、名前をセリアーナ・ミュラー・ゼルキスというそうだ。
名前・家名・領地名という並びで、つまり、このゼルキス領の領主一族でミュラー伯爵の子、となる。
そして14歳…大人びてるなー。
この救護院は領主が運営していて、そこへの慰問や視察は領主一族の務めらしい。
明後日のここを訪れた際に一人でうろつく子供を発見。
話を聞くと、もともとこの街の生まれだが、家族が何かしらの理由で失踪し一人残されることに。
途方に暮れているところ、たまたま目に着いた大きい建物へ忍び込んだところを視察に訪れたセリアーナが発見。
そして話を聞き、不憫に思い引き取ることに。
こんな流れらしい。
多少どころか大分強引だが、要は身寄りの無い子供を引き取る理由であればいいわけだ。
自分の株が上がり、そして孤児院が、ひいては教会が役に立たないと突ける。
一石二鳥だ。
父親である領主にもすでに話を通し、俺の戸籍の偽造も済んでいる。
先日借金を苦に街から逃げ、魔物に殺された夫婦がいたそうで、彼らを失踪した両親にするらしい。
亡くなった人を利用するのは少々気が咎めるが、こんな世界だ。
諦めてもらおう。
一応セリアーナ付きの使用人って事になるらしいが、あの2人と同じような立ち位置になるらしい。
大分自由そうだ。
何を考えているかはまだ分からないが、まぁ、悪いようにはならないだろう。