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毒入りチョコレイト

作者: 華月 由希

 ちらちらと舞い落ちる雪を窓越しに眺める。

別に好きというわけではない。むしろ寒いのは苦手。


「はぁ……」


 ため息をついても一人。言語化できないモヤモヤした気持ちを吐き出して、自分の手元に視線を落とす。

 両手で大事に抱えた、少し歪な自作チョコ。ガーリーな包装なんてしちゃって、まるで恋する乙女のよう。


(いや、そうなんだけどね……)


 どこまでも素直じゃないからこそ、認められなかったこの想い。

 そう、完璧に恋しちゃっているのだろう。


「こんにちは、今日も沙季(さき)ひとり?」


 入口の扉が開く。優しげな表情で話しかけてくる彼に。


「そうですよ、先輩も遅かったですね」


 思わずぶっきらぼうに答えてしまう。渡そうと決意していた()()を、後ろ手に隠して。

 ホワイトボードに小さく書かれた“文芸部”。ほぼ毎日暇潰すのみの私と、なにやら執筆しているらしい先輩。あとは多忙な顧問の先生と、数回会っただけの二、三人の部員。

 やる気のない部活動の、なんということのない放課後の一コマ。


「そっか。沙季は毎日早くに来ててえらいね」


「別に、ただ暇なだけですよ。そして気軽に女子の下の名前を呼ぶものではないですよ」


「ふふっ。次から気を付けるよ」


 適当に誤魔化して、部室備え付けのPCを起動する先輩。

 どうせ先輩はこのやり取りを忘れて、これからも私を“沙季”と呼び続けるだろうけど、それでも。不服ながら、この時間が私にとっての幸せなのである。


「雪、今日も降ってますね」


「そうだね。この様子じゃ積もりはしないだろうけど」


「ところで先輩。雪は好きですか?」


 好き、という言葉を妙なイントネーションで発音しながら、どうでもいいように会話を繋げる。


「僕は好きかな。あの一つ一つが綺麗な結晶だと思うと、どことなく不思議な気持ちになるんだ」


「へー。私は……」


 いったん言葉を切って、頭だけで振り返って外を眺め。


「……私も好きですよ、ちょっとだけ。」


 半ば独り言のように呟いた。

 校舎の三階にあるこの部室には、下の人々のはしゃぐ声も届かない。

 この雪は、まるでこの部屋と世界を切り離す結界のよう────なんてね。


「ところで、今日はバレンタインデーですね。」


 なんでもない風を装って。


「先輩は誰かからもらったりしたんです?」


 あえて主語を隠し、問いかける。


「いや、誰からも。僕はクラスでは目立たないほうだしね」


 苦笑いして答える先輩に、どこか胸のうち、靄が沈澱するような心地を覚える。


「先輩はいないんです? 好きな人。同じ学年とかに」


 特に表情も変えずかぶりを振る彼の様子に、私は昏い安堵を覚える。先輩が誰かを好きになるなんてこと、無いって分かってるのに。


 …………先輩は、最愛の人を事故で失っている。


 一年前、桜の花が咲き始めたころに。お互いがお互いを愛する、素敵な恋人どうしだった二人は。

 彼は優しい人だから。周りの人に気遣わせないように明るく振る舞った。彼女さんの友人は先輩を薄情と罵ったらしいけど、先輩が一番傷ついていたことくらい、表情を見れば分かった。

 そんな彼だから、きっとこれからも誰を好きになることはない。それくらい分かっているのに。

 それでも。それでも私は先輩を好きになってしまったのだ。


「…………。」


 先輩はいつも通りPCの画面を眺め、カタカタとキーボードを鳴らしている。

 その横顔に。優しい笑顔に。穏やかな声に。私は惹かれてしまったのだ。

 先輩の心の中には、きっと今でも大事な人がいて。

そんな彼に抱いてしまった、この気持ちは罪でしょうか。

 私が想いを告げるのは、彼の胸の傷を塞ぐため。なんかじゃなくて。きっと彼女の居場所を奪うためなんだ。誰がそんな私を赦してくれるだろうか。

 渡してしまえば、きっと先輩は困ったような顔になってしまう。このチョコは、“毒入り”だから。


「雪、止みそうですね」


 ひらひらと消えは現れを繰り返していた雪も、ためらうように姿を消していく。

 日も長くなってきたのを感じて、本格的な春が近づいてきたんだな、と気付かされる。

 暖かい日差しに、隠したままのチョコと共に溶かされてしまいたい。けれど。

 精一杯、注ぎ込むことができる限りの(どく)を込めて作ったのだから。

 どうか、私の罪を赦してください、とは言わない。


 一歩。小さくても大きな一歩を踏み出す。

 先輩が画面からこちらへ顔を向ける。


 恋する人間は、どこまでも貪欲に。


「私、先輩のために作ってきたんですよ。愛情たっぷりのチョコレイトを。だから────」


 私の毒で、身体いっぱいを冒し尽くす。そんな日を夢見て。

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