〔掌編〕旅立ち、再開の約束
白い息が出るような冷え切った空気の中、冷たく安っぽいパイプ椅子に座って壇上を見続ける。校長、知事代理、市長代理、その他来賓と延々と話しが続くのにウンザリとしながら聞き流す。
どうやら同じように座っている生徒達のほとんどは長々とした祝辞の連続に同じ感想を持っているようで、あからさまに俯いている者や欠伸をかみ殺す者もいれば寒さに手を擦り合わせたり小刻みに動いたりする者もいる。
保護者代表の祝辞が終わり、一人の在校生が背筋を伸ばし緊張しているのか少しだけ固い動きで階段を登り壇上に立つ。彼は壇上で一礼すると学校側が用意した祝辞の書かれた包みを取り出す。
そして、手を上下に動かし二つに破った。二つを四つ、四つを八つ、八つを十六にとどんどん細かく破っていく、無数となり手の中で山になった紙片をばら撒く。
外と同じように白い色が宙を舞う。
「皆さん、ご卒業おめでとうございます。今破いたのは学校側が用意した無難な祝辞です。つまり、ここからの言葉は僕達在校生一同からの皆さんへの祝辞になります」
祝辞を破って楽になったのか気負いも緊張もなくし、一ヶ月前の生徒会役員の選挙の時と同じようにテーブルに両手をついて乗り出すようにして言う。
卒業式を台無しにするわけにもいかない教師達は、彼を止め壇上から降ろすこともできずに動揺しながらも事の成り行きを見守るしかない。
「皆さんはこれからこの小さな中学校という箱庭から出てより大きな舞台へと上がられます。進学される方、就職される方など進路は違い、同じ進学でも違う学校に進んだりと人それぞれ違う道を進まれる事になります」
この為に考え、何度も練習していたのだろうスラスラと詰まることも考えることもなく言葉をつむぎ出す。校長や来賓とは違い用意された文章を読む為に視線を手元に落とすこともなく、前を向き体育館にいる全ての人に視線を向ける彼に卒業生、在校生、保護者、教師が同じように視線を返す。
「辛いことや挫折することもあると思います。そんな時はこの場所の事を思い出してください、共に過ごした同級生や僕達の事を思い出してください。皆さんは一人ではありません、来年には僕達が、再来年には今の一年生が皆さんの後に続きます。ですから一時の別れではありますが、永遠の別れではありません。いつかまた会いましょう、ご卒業おめでとうございます」
一歩下がり、一礼して壇上から降りる。在校生一同が彼の行動を褒め称えるように盛大に拍手を送る。
彼が席に戻るまでの間に卒業生達の間に短くヒソヒソ話と小さな動きが起こり、小さな頷きがその後に続き一点に向かって収束を始める。
卒業生代表の名が呼ばれるが、呼ばれた生徒は立ち上がらない。おかしいなと思っているとふくらはぎを叩かれ視線を下に落とす。
「何をやってるんです。呼ばれてますよ?」
足元には一人の女子生徒が四つん這いになっていた。卒業生代表で答辞を読むはずの彼女は自分の席から生徒達の足元を通ってここまで来たらしい。
「いやあ、後輩達が頑張ってくれたみたいだからさ。先輩としてはこのまま普通に答辞を読んだら悔しいじゃない」
「それなら、あなたも同じような事をやればいいでしょう?」
「二番煎じはおいしくないっしょ。皆、賛成みたいだからやっちゃってよ、総長」
「総長ではなく、元会長ですよ」
「いいから、いいから。ほら、行った、行った」
バシバシと足を叩かれ、同時に周囲の生徒達に肩を叩かれ仕方なく立ち上がる。
足元の彼女も一緒に立ち上がり、卒業生全体から盛大な拍手が上がる。自分の席に戻る彼女の後に続くようにして歩き、教師の前を抜け階段を登り壇上に立つ。
「卒業生代表の代理として答辞を述べたいと思います」
代理という言葉に保護者席には動揺が広がり、教師席にはもはや諦めの空気が漂う。
「卒業生、起立! 回れ、右!」
「在校生、起立!」
自分の号令に合わせて卒業生全員が立ち上がり、向きを変え在校生のほうを向く。それに合わせて在校生の中から号令がかかり在校生が立ち上がる。
うん、アドリブなのに乱れのない動き、見事だ後輩達、満点をあげよう。
「在校生の皆さん、思い出に残る祝辞をありがとうございました。私達は今日という日を決して忘れないでしょう。私達はこの最後の一年間、多くの夢や野望を実現させることができました」
学校主導で行なわれていた行事、体育祭、文化祭の生徒主導への変更。夏休み中の夏祭り、十二月三一日から一月一日にかけての年越し祭り。
入学式ジャックに今回の卒業式ジャック。
「その全ては私達卒業生だけでは実現出来なかったでしょう。在校生の皆さんの惜しみない協力と保護者や先生方の理解によって実現させることができたことです。私達は今日をもってこの学び舎を後にし、それぞれの道を探して一足先に次の舞台へと進みます。しかし、皆さんが私達の残した行事を続け新たな試みを続ける限り私達は協力を惜しみません」
卒業生全員が頷く。
「私達、卒業生、在校生問わず、私達と言わせてもらいます。私達は一年でこれだけのことができました、だから二年後、私達全員が次の舞台に揃ったときにはもっと大きなことができるはずです。その時を楽しみにしながら準備を進めたいと思います、また会いましょう。以上で答辞を終わります。一同、礼!」
一歩下がり、号令を飛ばし礼をする。
壇上から降り、自分の席に戻る。自分の着席に合わせて立っていた生徒全員が着席する。
教頭の挨拶で卒業式が終わり、拍手に見送られて体育館を後にする。
最後のHRが終わり、下駄箱で呼び止められる。
「君か、いい祝辞だったよ」
在校生代表で祝辞を言った彼がそこにいた。よっぽど急いできたのか息を切らせている。
「ありがとうございます、総長」
「もう総長じゃないですよ、次の総長は君でしょう?」
「僕は会長ですよ。総長は貴方だけです。高校では何をされるんです?」
彼の言葉に少しだけ考える。次は何をしようか?
「そうだな、もしもだよ。もしも生徒会長になれたらだけど、今日の卒業生が進学した学校全部で一斉に学校対抗の体育祭と学園祭でもやってみようか」
それはとても大きな祭りになるだろう。一つの学校と一つの地域で行なった中学の祭りとは違う、多くの学校と市や県を巻き込んだとてつもなく大きな祭りだ。
多くの人の協力と理解が必要になるだろう。どれだけの労力が必要なのかも想像がつかない、それでも試してみる価値はある。
「楽しそうですね、僕も総長と同じ学校に進みます。僕にも手伝わせてくださいね」
「人生の一大事をそう簡単に決めるものじゃないですよ。君は君の道を進んでください、私は私の道を進みますから」
「いえ、総長のやる大きな事を一緒にやる。他の人から見れば寄り道に見えるかもしれませんけど、僕にとっては大事なことです」
彼はそう言って右手を差し出す。その右手を握り返す。
「後悔しても知りませんよ?」
「しませんよ」
手を離し、背を向け歩き出す。
校門を抜けるとその先にある橋の中央に座り込んでいる人影があった。答辞を読むはずだった彼女だ。
「帰らないんですか?」
「君を待ってたんだよ、はい、これ」
声をかけると彼女は立ち上がり、鞄の中からクリップで留めた紙束を差し出す。受け取った紙を見ると、今日卒業した生徒の名前に住所、進学、就職先、自宅の電話番号に携帯電話を持っている生徒は携帯の番号にメールアドレスが書かれている。
「何です、これは?」
「見てわかるでしょ?」
「卒業生の名簿ですね。何でこれを私に?」
「君のことだから高校でも馬鹿な事をやろうと思ってるんでしょ? 何かやるときは声をかけて欲しいって、各クラスの委員長がまとめて持ってきてくれたんだよ」
皆が協力してくれることが嬉しくて仕方ないのだろう、彼女は嬉しそうにいう。
「そういえば……はい、これ」
彼女は笑みを引っ込めると、ポケットの中から紙片を取り出しおずおずと差し出す。
「これは?」
「え、と、私の携帯の番号とメールアドレス。昨日契約したばかりだから名簿には載ってないんだ、私用でもいいからたまには連絡してよね」
彼女はそう言うと先に歩き出す。
白い雪が舞い落ちる中を、二人で並んで歩いて帰る。
一緒に帰るのはこれで最後かもしれない。
それでもまたいつか一緒に歩くことができればいいと思う。
かなり前に自サイトにて投稿したものが出てきましたので供養に少々修正して投稿してみました。
拙い文章ですが読んでいただきありがとうございます。