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希望は空の向こうに  作者: 伝播
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何も起こらない日常に前兆を感じたとき。

「こんなに星空ってキレイだったっけ……。あ、そうじゃないのか。明かりないから」

 火山灰で汚れた顔を上げて、さくらは一人ため息をついた。

 正直、これ以上歩けない。表面は冷えていても、柔らかい場所に踏み込めば、まだ冷えていない火山灰--火砕流の堆積物でやけどをしてしまう。さくらの周りにいたたくさんの人たちの一部は、そうやって足にひどいやけどを負ったり、そのまま腰まで埋まってひどい叫び声をあげて亡くなっていった。そうして何人も犠牲者を出しながら、何とかほかの人がいる土地まで逃げることを目的に歩いていた。

「国道、避けてよかったかもな。大きな道は平坦な土地を通る。それ以外の県道や小さな道を選んでいけば、何とか霧島を越えて向こう側に行けるはずなんだ」

 空を見上げていたさくらに年配の男性が話しかけた。確かこの人は昔火山学を学んだといっていた人ではなかったか。地元の土建屋と自己紹介していた覚えがある。

「命が今つながっているだけで、よかったと感謝するしかない……」

 年配のその男性はそう言って、空を見上げ、さくらから顔をそらした。頬を涙が伝うのが見えた。


『噴火警戒レベル4が発表された桜島からの中継です』

 仕事からやっと解放され、コンビニに寄って帰宅したさくらは、いつもの癖でとりあえずテレビをつけ、そのニュースに目を奪われた。

「桜島?」

 コンビニのサラダや総菜をあけながら、ニュースを見る。いつもなら惰性で見ているドラマが始まる時間なので、チャンネルを変えるはずだったが、知っている風景がテレビの中に映っていて、チャンネルを変えるのは後でいいと思ったのだ。同僚と話を合わせるために見ているドラマなのだ。何か適当な用事があったといって、見れなかったといっても何の問題もない。

『今回桜島に噴火警戒レベル4が発表されるのは、2015年8月15日以来2回目となります。前回の発表と同じように、住民は古里温泉センターなど2か所の避難所に避難をしています。住民の方のインタビューです……』

 2回目なのか、とさくらはさらにテレビを見た。印象に残っていないのか、すっかり忘れてしまったのか。2015年といえば、数年前なのだ。少なくとも就職していた時期なのに覚えていないということは、何も起こらなかったらしい。

 テレビでも、前回は何も起こらなかったといっている。

「また、何も起こらないんじゃない? 騒ぐとかばかばかしい」

 レポーターの騒ぎぐあいをバカにするように、さくらは声に出して独り言をわざと言ってみた。

「何か起こるってわかってること以外は騒がないでほしいわ」

 最後に一言。なんだかこれで安心した。

 テレビは桜島にある京都科学大学の桜島研究所の教授の話を流していたが、噴火するかもとか不安をあおるような発言しかしない。さくらはいよいよ馬鹿らしくなってチャンネルをドラマに変えた。


 翌日、霧島市の職場へ電車で通勤をした。さくらの自宅は県庁所在地から離れたくないという理由でとなりの姶良市である。近くに大型ショッピングモールもあり、車さえあれば、スマートインターチェンジもある。ただ、さくらはペーパードライバーだった。就職してから、車はあまり運転したいとは思わなかった。福岡の専門学校に行っていたときも、車なしの生活で十分だったし、今も車がなくても特に不自由はしていない。周りを見ていると、車社会であることは実感するが、車が必要だとは思わなかった。

「おはようございます」

 病院の裏口からの出勤も慣れた。24時間動いている職場だが、さくらの勤務は事務なので平日の8時間だ。

「甲斐さん、おはよう! 昨日のドラマ見た?」

「最初を少し見逃しちゃったんですけど、見れましたよー!」

 笑顔で報告をする。相手はお局様だ。逆らうと職場の空気が苦しくなる。それは避けたかった。かといって、このお局はあくまでも職場の古参というだけで、特に無能であったり、ほかの人を積極的にいじめるとかはない。仕事も有能で、平等。周りからの評価が高い。ただ、機嫌が悪くなると大きな影響力があるので、周囲の空気が悪くしたくないという理由で話をあわせているのだ。

 ひとしきりお局ごひいきのレギュラー出演俳優の話を聞き、ゲスト女優の評価を聞く。できるだけ話を合わせるが、自分はこう思ったということを少しだけ挟む。そうしたほうがこのお局は機嫌がいい。ただのイエスマンを求めていないということがうれしくも厄介である。ちゃんと見ていないと、話を盛り上げられないのだ。そんなところがさくらがこのお局を嫌わない理由だった。めんどくさいけど、それも含めて憎めない。

「橋元さん、そろそろ朝礼です」

 そう言って、さくらは会話を切り上げた。

 特に何もなく、診療時間が過ぎていく。事務業務は座ってばかりではない。電子カルテの状況をチェックしたり、事務で必要な物品を運んだり…医療関係者だけが病院というところを運営しているわけではないのだ。しかも今日はインフルエンザの診療も多く、マスクと手指消毒が手放せない。とても忙しかった。

 昼休みは簡単な食事でぐったりしてしまった。

 そろそろ診療時間が終わるというところで、少し余裕が出てきた。待合室の会話が耳に入る。

「桜島、やばいんじゃない? 今度こそ噴火するかも」

「まさか。絶対何もないって。こんなことで騒ぐとかさ、マスコミもあほなんじゃないの?」

「あんたさ、たぶん災害で一番最初に死ぬタイプだね。データちゃんと見て、自分で判断するとかさしないの?」

「は? あんたこそバカなんじゃない? データとかで何かわかるの? 不安あおるとかさ、それこそ風評被害とか広げる人だよね」

 女性二人が言い合っている。どういう関係なのかよくわからないが、考え方が違うようだ。さくらもカチンときた。災害で一番最初に死ぬとか言わないでほしい。データとか何かあてになるのだろうか?


 ごごごごごごごごご…

 突然地鳴りが響いてきた。そして、大きめのゆれ。さくらはとっさに周りにあったパソコンのモニタをおさえた。学校などでは机の下にもぐるなどということになったかもしれないが、社会人になったら、まず身の回りの仕事用具を守るようになったことを実感した。

 ゆれている途中で携帯電話のブイッブイッブイッ…という緊急地震速報の音が鳴った。

「震源、近い」

 声が聞こえた。先ほどの女性二人組の片方だ。データを見ろとかいろいろむかつく言葉を発していたほう。

「桜島…?」

 その人が携帯の画面を見ながら、そんなことを言ったのが聞こえた。

 さくらはそこから見える待合のテレビを見たが、民放がちょうどついていたので、何も報道されていない。

 ほどなくしてゆれがおさまったので、お局…橋元さんが公共放送にチャンネルを変えた。緊急地震速報の画面が出ている。震度5弱鹿児島県全域。そんなテロップがもふもふした動物の前に出ている。

「桜島がどうも何か起こるかもね」

 橋元さんまでそんなことを言い出したのに、さくらが驚いた。

 関係あるということをどうして思うのだろうか?


大規模災害のうち、最悪の一歩手前の想定が今から出てきます。

人類が記録に残せていない災害を描いていければと思います。

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