エピソード8 『再覚醒』
「あ~。殺しまシタ。」
そう言って笑う"化け物"は筋肉をノーマルなボディに粘土のようにペタペタと付けられたかのような、そんな異次元の巨躯を持っていた。
暗い森の中で、返り血が月明かりを反射させ、俺の目を恐怖で釘付けにしたのだ。
足の震えは止まらない。
鼻の奥がじん、と熱くなりなり目からはいつの間にか大量の涙が勝手に溢れていた。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い―。
恐怖にのみ支配された脳は、新たなる思考もすぐさまただ恐怖に塗り替えていった。
逃げなきゃ―怖い。
会話を試みる?―恐ろしい。
俺の他に誰がいる?―助けて。
するといつしか目の前には影ができていた、というより影が猛烈なスピードで迫ってきた。というのが正しいだろう。
その影の正体は、拳。
ついさっき女を吹き飛ばしたものと同じそれは俺の腹を深く、重く抉った。
その時、脳裏になにか数字が見えた気がしたが、今はそれどころじゃない。
凶器と化したそれが俺の体に当たる―
胃が叫んでいた。
骨が泣いていた。
口からはつばと血液が混ざったような、日常ではお目にかかれない液体がどばっと吹き出す。
「うぶぇっえっ」
声にならないうめき声を置き去りに、俺は字のごとく飛んでいた。
背中を木に叩きつけられ、力を失った体がドサっと地面に叩きつけられる。
「死んでいませんネ……」
体が起きない。起きてくれ。起きないと死んでしまう。
必死に俺は体に命令を繰り返す。
起きろ。起きろ。おキロ。オキロ……。
命令は叶わず、ただ迫る巨躯と死に怯えた。
―何かがおかしいぞ。
その時俺は気がついた。
痛みを感じていない……?
打撃を受けたその時には確かに感じていた痛みが、今は完全に消えている。
遂に狂っちまったのか……?
異常はまだ起こっていた。
吹き飛んだはずの俺は、今現在確かに立っている。
それも殴られる前の位置に。
これには男も驚いたようで、タレ目をパチクリさせている。
―と、その時、俺とこの巨躯の間に割って入る者が現れた。
「けいちゃん!」
俺は嬉し涙を流していた。
見つめているそのけいちゃんの背中は何よりも頼もしく、それはまるでかのギリシャ神話の不壊の盾"アイギス"を想起させた。
肉と肉のにらみ合いだ。
双方、一歩も引く気がない。
張り詰めた空気は針をつついてやればたちまち爆発しそうで、息を呑むのもやっとだ。
「アナタ、強いデス。」
それの声を聞いたのは二度目だが、やはりボロ雑巾のような姿に変わり果てた女を思い出してしまい吐き気がして胃がしぼむ。
「とりあえず、引きマス。覚えることデス。必ずアナタタチを殺しマス。」
男はそれだけ言い残すと森の暗がりの中に消えてしまった。
先程まで脳を支配していた恐怖はたちまち安堵へと変わり、同時にながしていた涙も、それは別の意味の涙へと変わっていた。




