エピソード5 『オープニングセレモニー』
「お前が……お前があまりかまってやらないからこうなったんだろう!!!」
怒号。暴言の主は咆哮に近い唸りを上げながら椅子を蹴り飛ばす。
ここは居間か……?
家具も見慣れたものばかりだ。ここは留年する前に出た実家じゃないか。
カレンダーの日付を見ると、まさに留年した直後であるようで俺はその時ドアを半開きにしてその様子を見ているのだと思う。
「あなただって……仕事仕事って……。子育ても仕事だったでしょう!」
「俺はお前らを養ってやってたんだから稼ぐのが当然だろう!そっちこそ家事だけしてるんだから子供の面倒くらい任せていいだろう!俺は悪くない。」
泣き崩れる母。俺の頬にもなにか熱いものがつたう。座り込み黙り込む父。
その表情は俯きわからないが、やってしまった。という感情は手に取るように伝わった。
俺はどうしたらよいかわからなくて、ただただその場で涙していた。
俺が……俺が卒業さえ出来ないから……。
するとチチ……と耳元で音がした。
頬がなにやら熱い。涙によるものでなく、夏の太陽に照らされるような暑さ。
そして涙で濡れた目をこすりながら俺はそれが夢であることを認識しながら起床した。
日は完全に沈みあたりはもちろん真っ暗闇だ。
「おう、目ェ覚めたか。なぁ」
声のする方向へ目をやるとそこには唯一の光源である焚き火に照らされる見知らぬ男。
ガタイがよく、無精髭がよく似合う渋めの顔に黒いオールバックの髪。
あぐらでどっかと座り込み、タバコを咥えている。
どこかのヤクザかと思えるような風貌であったが、なぜかそんな悪い雰囲気は感じさせない
不思議な男だった。
俺がぼうと見ていると男はなにか地面にあったそれを俺に差し出す。
「まぁ悪ィ夢でも見たんならほれ、これでも飲めよ。なぁ」
と、差し出されたのは一つのコップ。湯気が立ち、温かい飲み物でも入っているのか。ちょうどその時、俺の腹がなる。赤面しながら素直に受け取りそれをありがたくいただく。
しかしふと、俺の頭の中で疑問が浮かぶ。
これ、ゲームなら味覚はどうなるんだ?
恐る恐るそれを口に含んでみる。
「おいしい」
ついそう言ってしまうほど飢えていたのか―あるいはこの男への感謝であろうか。
舌を流れるドロリとした感触に、時々舌にぶつかるコーン。噛んでやると、よくほぐれておりそれもスープと混ざり合って喉を川のせせらぎのように心地よく通ってゆく。
こんなおいしいコーンスープを飲むのは久々だな。と感動がやってきた。
「ありがとう……ございます。あなたは……?」
「俺ァ土本ってんだ。土本圭佑。ところであんたは?なぁ」
「俺はゆう……ひょろです。ただのひょろ」
俺は実名を話そうか迷ったがこれが万が一大会中であることを考えJTSのプレイヤー名を名乗る。
すると土本はぎょっとしたような顔でさらに近寄る。
「おめェJTSの選手じゃねぇか?なぁ」
「!! やはりあなたもあの土本圭佑?」
最初に名乗られたときには正直、覚えてなかったがJTSと聞くと蘇る大会の記憶。
司会が紹介している中、その荒れた口調で悪目立ちしていたので強く印象に残っている一人だったのだ。あいにく席が離れすぎていてあまり顔などは見えなかったが口調どころか見た目すら怖いものだから、もしかしたらこの状況も警戒すべきかもしれない。
「けいちゃん」
「え?」
「けいちゃんでいいよ。俺ァの周りは俺ァの事そう呼んでんだ。なぁ」
「じゃ、じゃぁ……けいちゃん」
そう呼ぶとけいちゃんはニカァと満面の笑みで答えてくれた。
―いや、スープの件といいもしかしたら本当はすごく人付き合いが苦手で、寂しがり屋なのかもしれない。
そう思えた一瞬だった。
しかし、大会参加者がこの場に二人もいる。恐らくだが、一応今は大会と関係はかならずあるということだ。
今まで気が付かなかったが、俺の愛車の隣に派手なデコトラがあるがけいちゃんのものであろう。
「けいちゃんはそのトラックでここまで?」
「おうよ。よくわかんねェけどゲーム付けたら俺ァのトラックがあったからテキトーに走らせてたらお前ェのトラックとそこ傍らで倒れてるお前ェをついさっき見つけたんだよ。なぁ」
「ガソリンはあったの?」
「お前ェゲーム付けてからなんも見てねェのか?なぁ」
俺はこけて意識を失ったなんて恥ずかしいエピソードをけいちゃんに話せるほどのハートを持ち合わせていないため、とりあえず首を横にふった。
「俺のゲームの開始はさっきだよ。」
「ほォんそうか。ちなみにさっきのスープやらここまで来るためのガソリンやらは荷台に入ってんぜ」
なるほど、と思った。つまるところ、支給品というわけだ。ゲームの主催者が何を考えてるかはよくわからないが、そのあたりの配慮はされているらしい。一応"走れ"ということなのだろう。
俺は転ばないようにその場に立ち上がると伸びをして呼吸を整える。
けいちゃんは「?」という表情を顔に貼り付けていたが、俺には歩くことさえ困難かもしれないのだ。
そして「歩く」を意識する。
右足が前へ。
左足が右足に位置へ。
一歩は踏み出せたようだ。なんだ、意外と簡単じゃないか。
歩けるようになった俺はさっさと荷台を確認すべくトラックのある方まで足を進める。
―たすけて
あと一歩まで近づいた時、大会直前に聞こえていた"あの声"がまた聞こえてきた。
しかも、その声は前より数倍と大きい。
―まさかこの中から!?
そう半ば確信した俺は、子供がプレゼントを開けるかのように急いで荷台のロックを外す。
助けてやらねば―
中にいるものが何かはわからないし、何かが居ても自分に助けられるかどうかはわからないが
俺に助けを求めているのは明らかだ。
そうしてトラックの扉を開けると、中には大量のダンボールで山のように積み重なっていた。
「どうだ。結構あンだろ」
後ろからけいちゃんに問いかけられたがそれに適当にうなずきとにかく声の正体を探す。
すると奥の隅のほうに時々動く、大きなダンボールを発見する。
直感で「これだな」と感じた。
捨て猫のダンボールを想起させるそれはかなり大きく、人一人入れそうなものであった。
一応ラベルがあるようだ。商品名は「棺桶」
ちょうどそこへ中の様子を確認しにけいちゃんも来たようだ。
一人より二人のほうが心強い。
けいちゃんは「なんで棺桶なんて入ってンだ?」と漏らしていたがまったくもって同感だ。
なぜそんなものが入っているかは深く考えないことにして、その棺桶の蓋を開ける。
すると、中には一糸まとわぬ中学生ほどの女が仰向けに入っていた。
「わっ」
そういう類に一切の耐性がない俺には少々刺激が強すぎて顔を手で覆ってしまったが、けいちゃんは深刻そうな表情を浮かべすぐに自分の着ていたジャケットをかぶせてやっていた。
オタクと一般人ではこうも違うのか―なんて思っていたらちょうどその時少女が目を覚ましたようだった。
少女は俺の方を見ると「………………ゆうたさん……」とそう一言だけ言い、また死んだように眠ってしまった。
鈴のようなきれいな声で、それは紛れもなく俺に助けを求めた声の主に違いない。
しかし俺はこの少女にまったく身に覚えがないし第一、ニートの俺に女なんて母親とお婆ちゃん以外に知っているものなんて居ない。そのはずなのに彼女は俺の名前を読んだ。つまり俺のことを知っているわけだ。
とにかく棺桶に居心地悪そうに眠る彼女を放っておけず、余ったダンボールで簡易的な布団のようなものを作った後、俺とけいちゃんはトラックの淵の部分に仲良く座ることにした。
「お前ェの知り合いかよ。知ってるような口ぶりだったじゃねェか。なぁ」
「いや、実は俺にも身に覚えがないんだ」
「そんな事言って、本当はただのクズ女たらしなんじゃねェか?なぁ」
なんて言うものだから俺はロウソクの火が消え、再発火しないくらいの大きなため息を付いた。
本当に彼女は誰で、なぜ俺の名前を知っていて、なぜ俺のトラックの中にいたのだろう……。
考えても無駄だ、と一蹴しとりあえずこの状況が何なのかを考えるべく、俺は荷台にあったミネラルウォーターを一口飲んだ。
しかし答えは向こうからやってきた。
突然、トラックの運転席の方から陽気で不安になるようなファンファーレが聞こえてきたのだ。
けいちゃんもそれに気づいたらしく俺たちは顔を見合わせた後、以心伝心したかのように言葉をかわさず二人で様子を見に行く。
トラックは二人乗りで俺は運転席、けいちゃんは助手席へ座る。
音楽の正体はナビのようだった。ナビの画面には音楽に合わせて踊るこけしが数体。
回ったり、はねたり。気味が悪いだけで作ったやつは相当趣味が悪いのだろう。
その変なBGMはだんだんと不協和音へと変化してゆきやがて画面には何も出力されていない「No signal」
が表示される。
「これだけ?」というような顔を浮かべたが、突然またもや変な音がナビからするので俺は寝耳に水をかけられたような、とても恥ずかしい顔で跳ねてしまった。
けいちゃんは腕を組んだまま寡黙であったが、俺はそのアイアンハートが欲しくなった。
するとナビには何かが写った。
「こけし?」
「こけしだな。」
こけしはだんだんと画面に近づくようだった。そしていい感じに枠におさまりその口を開く―アニメーションを始めた。
「どうも、選手の皆さん。はじめまして。わたしはアリス。」
こけしは機会音声ではなし始めた。口の動きと台詞が噛み合っていないが一応これが喋っているのだろう。
「一応運営なんぞをやってるものです。みなさんはここがJTSの大会中であることにうすうす気づいていたでしょうが、改めて宣言させていただきます。
ゲームスタート。と」
何を言ってるんだこいつは、そう思ってしまったがふとけいちゃんの方へ目をやるとやはりけいちゃんも「なんだァ?テメェ……」と言い出しそうな顔をしていた。
「ルールは簡単です。この世田谷区ほどの大きな大自然の中で、バトルロワイヤルをしてもらいます。簡単でしょう?」
バトルロワイヤル。バトロワの略称で親しまれるそれは世間でいっときの人気を果たしたジャンルだ。
最後の一人になるまで戦い、生き残る。そんな単純明快で、かつスリルがあるゲームは若者の人心を掴むのに時間はかからなかったのだ。
JTS一筋だった俺には親しみはないがまだ世間では流行っているようだった。しかし、それを俺らにやれというのか?このこけしは。
こけしの口車は止まらない。
「しかーーーし!ただのバトロワではございません。あなた方には武器としてトラックのみ、進呈させていただきました。トラックには支給品もあるから大事に使うんだよぉ~?」
「そしてぇ! 敗北条件は死! 勝利条件は生! はい単純! あと、君たちはここで死ねば現実で本当に死んでもらいます!」
「は?」と言っていただろう。定かではないが口からはそんな言葉がこぼれていたと思う。
それはけいちゃんも同じだ。
脳が理解に追いついていない証拠である。
死ねば本当に死ぬ?ありえない。
そんな言葉だけが延々と脳を駆け巡る。
そんなこと法律が許しはしないし第一、勝利条件の生はつまり他を殺すということにあんるだろう。
そんなこと、誰が一体なし得るだろうか?
こけしはケタケタと、不気味に笑いながら続ける。
「このゲームは大会のステージで生放送させていただいております! 24時間! 皆様にはどんないかなる運命も大会の観客と共有できちゃうわけですよお。良かったね!」
「ほざくなゴミ……」
気づけばけいちゃんのこめかみには青筋がたち、組んでいる手からは殺気だけを感じた。
「説明は以上!では良いトラックライフを~」
そして断末魔とも呼べる不協和音に似た笑い声を発し、消える。
映像は以上であった。
シーンと空気が凍る。
―刹那、けいちゃんが吠えながらカーナビを"粉砕した"
「おい!けいちゃん!」
俺が呼びかけると一気に冷静になりけいちゃんはまた腕を組んで黙り込んでしまった。
その手からはカーナビを粉砕したことによる傷が見受けられたが、そんなことを
気にしていられるほど俺らは冷静さを欠いていた。
―悪ふざけで済むような内容ではない。
『バトルロワイヤルを開催します。生き残ってください。ここでの死は本物です。』
そう言われて受け入れられずはずもなく、ゲームの幕開けは俺たちの想像を遥かに上回っていた―




