エピソード32 『世界の中心で』
無機質な平面が支配する空間に、有村は居た。
世界の中心に、その男は女を見つめ、ただ佇んでいた。
女は上下の平面から伸びる触手に縛り付けられ、その意識を失っている。
男は、女を愛おしく見つめ、ただ時を待っていた。
プリンセスの登場を
王子から奪うために。
* * * * * *
宇宙への旅路は静かなものだった。
来たる決戦に向けて、永遠のようで、とても短い旅路を、旅の始まりに出会った少女とともに昇っていた。
「ぼうぼ、怖くないか?」
「へーき」
不思議なことに、緊張はしていない。
なぜだか、ぼうぼと居ると何でも出来るような気がしたのだ。
奇跡を、自らの手で掴むことが、できたのだ。
「ぼうぼね、多分、お別れなの。」
唐突に少女がつぶやく。
「どうして?」
話半分で聞いていたゆうたが少し胸の疼きを感じた。
「ぼうぼね、実はね、タマシイなんだって」
「タマシイ?」
胸がざわつき始める。この気持ちは、初めてだ。
「うん.....ぼうぼはね、ボルボなの」
急に声音が変わるぼうぼ、否、ボルボがまっすぐとゆうたを見つめる。
その目尻からは少し涙が溢れていたと思う。
「ボルボ.....今目指してるところの...?」
うなずくと、ボルボは先程輝いたように見えた左手の袖をまくり、肌をあらわにする――
はずだったのだが、そこにあるはずの肌が存在していなかった。
「ボルボ...!!その手は...!!」
「最初は、ダニエル・ガルシアに襲われたとき。」
ゆうたは回想する。
それはボルボを見つけ、けいちゃんと出会い、最初の敵に遭遇した夜のことだった。
「あの時、ゆうたさんの力が覚醒して、私の体に起きた変化。これがその一部です。」
「お前...消えるのか?」
ボルボはゆっくりうなずいた。
「もし、計画を、過去に戻るならばその膨大な力の代償として私は消えるでしょう。
でも、それが私の使命なんです。」
「そんな......ボルボ.....嘘だ.....ッ」
自然とボルボにつられ涙を流してしまった。
控えめな表現だったかな、ゆうたは泣きじゃくっていた。
ボルボの膝に顔をうずめ、少年ゆうたは、幼い子供のように「行かないでくれ」と泣いていた。
ボルボはゆうたに掛ける言葉が見つからず、ただただ、頭をなでていた。
* * * * * *
「到着したか。」
有村は最後のタバコを、火もついていないタバコを握りつぶし、ズボンのポケットに入れた。
振り向くと、男女がそこに立っていた。
「待ちわびたよ、ボルボ君。」
「有村先生...」
殆どの記憶を取り戻したボルボが、その名前をつぶやく。
「あいつが...有村...」
「ライトニング君はよくやってくれたよ。彼の犠牲は、ボルボくんのタマシイの覚醒に必要不可欠だった。よく歯車として働いてくれたよ。」
有村はそう言うと、後ろに存在する一糸まとわぬ拘束された女性の方に振り返る。
「彼女はね。最初、ライトニング君と同じく計画の一環、歯車でしか無かったんだ。
この狂った世界をもとに戻すために、利用されるキーの一つでしか無かったんだよ。
でも彼女はそんな使命を持ちながら、僕を愛してくれたんだ。唯一、愛してくれたんだ。
愚かな僕は、情が湧いてしまったんだ。
拾った猫のように、情が湧いてしまったんだ。
僕は過ちを犯した。ワタナベ先生の意向に背く真似をしてしまったんだ。
体と彼女のタマシイを分離することで、計画に支障がないと思わせ、この世界を戻すどころか、止めてしまった。
無意味な22年だったよ。
まさに虚無だ。
こんな茶番をしないと、切り離したボルボ君を見つけることができないなんて、その時は思わなかったのさ。」
またこちらを有村が振り返る。
「さぁ、ボルボ君のタマシイを僕に返してもらおうか」
穏やかな声で、有村はゆうたに問う。当然ゆうたは拒絶した。
「彼女を取り戻して、どうするつもりだ。」
冷たく言い放つ。
「もちろん、彼女とここで一生生きるさ、無意味な22年じゃ物足りないくらい、僕は彼女に償わなければならない。」
「それは出来ない。」
静寂が訪れる。
「ライトニングから聞いてないのか?ここはもうすぐ自壊する。彼女もろとも。」
有村はゆっくり目を閉じ悪態をついた。
「...愚かな真似を.......。それでも構わない。世界もろとも、私達は永遠に生きる。」
「.......救いようがないな...」
ゆうたはつぶやくと、有村のところに真っ直ぐ向かっていった。
「行くぞ、有村、歯を食いしばれ......ッ!!」
もちろん有村も応戦しようと、懐から拳銃を取り出す。
すぐさま構えると、遠慮も躊躇もなくゆうたの額に照準を合わせ引き金を引いた。
「ボルボ...ごめんッ!」
パン!
と乾いた音がこだまする。
ゆうたはドライバの力を使い、銃弾を避けていた。
パン!パンッ!
続けざまに発射される銃弾。
服で隠せないほど、体が透明化していくボルボ。
「君が力を使うたび、彼女は消え本来のボルボくんに戻っていくが、構わないのかね?」
「構わないッ、俺がそれより早くお前に鉄槌を下すからだッ!」
ついに有村の拳銃は弾切れになり、トリガーを弾く指が無意味に前後している。
チッと舌打ちをすると、近づいてきたゆうたに拳を下ろす
同時に拳を有村に放ったゆうたと、交差された腕。
ゴキャッっと鈍い音がしたかと思うと、二人の口から血が漏れていた。
鈍い音が鳴り響く空間で、男と男は血だらけになりながらも、己の信念を貫き通すために、
守りたいひとつのために拳を交わした。
ついに、決定打となる一撃が男を貫く。
そのまま動かない有村とゆうた。
止まったかのような時の中で、先に倒れたのは有村だった。
ハァッ....ハァッ......
息が乱れ、片腕を潰し、右目が見えない体で、ボルボの方へ向かう。
「勝った.....勝ったんだ......」
ボルボは涙ぐみながら今にも倒れそうなゆうたを支える。
「ゆうたさん........っ」
ボルボは抱きしめたあと、ロケットカーの車内のときと同じように、願うポーズを取る。
ギィーーーーーーーと甲高い音が空間にこだましたかと思うと、核の自壊はすぐそこまで来ていた。
「ゆうたさん、願ってください。」
「でもボルボ.....お前が....!!」
「また過去に戻った世界で、私を見つけたらその時は――――」
「ボルボ......!!!!!」
世界が緑の光につつまれていく。
次第に、段々と彼女の体が透けていくのがまだ、見える。
まだ、見えている。
まだ、見えていたんだ―――――




