エピソード25 『始まり』
チッ...チ...
ガスの切れたライターが空を切る音が、その天を仰げるほどの風穴の空いてどこか晴れ晴れとしたような、瓦礫だらけの空間を虚しくこだまする。
「"ボルボ"君。」
その想いはかつてあった、有村の遠い過去、数十年前の出来事にフォーカスしていた。
「――君は絶対に取り戻してみせよう。」
* * * * * *
「久しぶりだね、有村君。所長と言ったほうが失礼のないのかな。」
「ご無沙汰しています、渡辺先生。」
ALICEに雇われてからというもの、渡辺先生と出会ってからあっという間に数十年という年月が過ぎ去っていて、有村は研究者からその責任者、ラボの所長にまで昇格していた。
「先生のおかげで好き勝手やらせてもらっていますよ。こんな環境に招待していただいた先生に心から感謝を申し上げたいです。」
「いいんだ。君のその優秀な人材を、私は買ったのだ。これからもよろしく頼むよ。」
「こちらこそ。それで、本日は私に用があってわざわざ来ていただいたんですよね。」
「そうとも。今日はね、やっと"Jaja'sIndex"から復元できた"器"を用意できたんだ。君の研究の成果、と言っても過言ではないよ。」
"器"と聞き有村は年甲斐にもなく目を輝かせてしまった。
幾千の研究を重ねてきた成果だ。
自分の努力の表れが個の目で確認できるのだ。嬉しくないはずがない。
「例の"器"、もう復元できたのですね。それでいまはどこに?」
と聞くと、渡辺はそっと今しがた自分が開けたドアを再度開く。
「さぁ入りなさい。こいつは厄介でね、命令なしじゃ自律的な行動すら出来んのだ、全く...。」
というと開かれたドアから出てきたのはツクリモノとは思えない、綺麗な容姿をした女がそこに立っていた。
思わず目を奪われた有村は雑念を払い、ソレに近づく。
「触ってみても?」
「構わんよ。コレは容姿外見は人間そっくりだが、器としての機能に問題はないはずだ。
嫌だったかね?
人間としての機能も果たせる。骨は折れるだろうが、つまりプログラム次第で右手にも出来るはずだ。」
ツクリモノとは思えないほど精巧で、触ったら壊れてしまいそうな白く柔らかい肌は人間の女性そのものだ。
文句はないし"器"として機能すれば問題ないと有村は確認を切り上げる。
「いいえ設計の範疇です。これならプログラム次第で自律的な行動が出来るし、持ち運びも悪く有りませんね。
器の機械装置としては最適解かと。あとは私にお任せください。」
「気に入ってもらえたならなにより。無理やり人形にした甲斐があったよ。それじゃ私は本土に戻るが、何かあったら構わず私を頼ってくれたまえ。」
「はい、いつもお世話になっていますが、よろしくお願いします。」
そういうと、渡辺は所長室をあとにした。
数分後、連続的な風切り音が聞こえ遠のいたが、渡辺は自家用ヘリで飛んだのだろう。
所長室には器だけが残るのみとなり、有村はとりあえずソレに話しかけてみる。
「言葉は理解できるのか?話せるか?」
「はい。有村様。私は"器"。御存知の通り。基本的構造は人間と酷似。受け答えも可能です。」
機械的に話をするソレに内申腹立たしいような気持ちも覚え始めた。
「...っクソ、やりづらいな。言語理解に問題ないのはわかった。学習はできるのか?」
「はい可能です。脳まで人間としての機能が備わっていますので。」
まぶた一つ動かさないソレは人間と酷似しているのか疑わしいほどに機械的だ。
確かに石ころなんかより"器"に向いているが手を焼く未来にすこしうんざりし始めた。
「はじめは便利と思ったが中々厄介だなコイツは...。」
ピントきたのか、有村はおもむろにメッセージで部下に命令をする。
すると数十分後、やたらと荷物を抱えた職員が次々と所長室に入ってくる。
「それはここへ。そいつは俺のデスクでいい。」
手配を進めまた器と自分だけになるとまずは手配した、ジャンルの様々な本を手渡してやる。
「いいか、お前は"器"だ。最終的な我々の目標のために働いてもらうわけだが、今のお前は不便極まりないんだ。」
「申し訳有りません。」
と淡々と機械的に答える器。
これだから面倒なんだ、と内心舌打ちしつつ
「そういうのはどうだっていい、あくまで俺はお前を人間に近づけたいんだ。重要なことだ。」
とそこで有村はもどかしさのひとつの原因に気付く。
そう、コレには名前がない。お前やら器やらと呼んでいては今後の計画に支障が出るだろう、と思いながら自分のネーミング語彙の少なさに頭を抱えた。
すると、窓の外で発注したものが届いたのであろう、トラックが駐輪する音が聞こえる。
ふとヒントでもないかと目をやると、トラックの側面にその型番であろう"Volvo"という文字が刻まれていた。
「Volvo...」
「よし、今日からお前はボルボを名乗れ。」
* * * * * *
回想は続きます




