エピソード9 『渡辺ラボ』
「雑魚ダウーーーン……!!」
「これは痛いですねぇ……」
平常運転の実況解説と、沸き立つ観客。
ステージ中央に映し出されているモニターでは、今しがた吹き飛ばされた「」が、ぐたりと地面に張り付いている光景が広がる。
それに合わせ、バックには観客の「やっちまえー!!」や「うおおお」などの声援と、それをより一層沸き立たせる実況の声があった。
ゲームが開始してからもう5日も経つのに、未だ声援に熱がこもっている。
「やっと一人脱落ですかね!?」
「脳に……とてつもないダメージが……入ってますし……流石にねぇ……」
解説のろりへにょ氏が笑いながら淡々と分析してゆく。
「バカ筋肉のダニエルくんは……。えと……。体重109Kg……身長182cmの化物ですからねぇ……。一般人のパンチなんか比にならないくらい重いですよ、彼のは……」
「彼らはもう気づいてるんですかねぇ」
「えぇ……?」
「これが現実だってことに」
※ ※ ※ ※ ※ ※
薄暗い部屋に、一つの明かり。
その男はスマートフォンを操作しているようだった。
ステージのバックルームのようで、彼の他には人影は見当たらない。
―と鳴る、着信音。それはこのゲームのオープニングセレモニーに使われたものと全く同じものであった。
男はスマートフォンに表示された文字を一瞥すると苦虫を噛み潰したかのような顔をし、画面をタップして耳元に当てる。
「有村です」
「……有村くん。ゲームは順調かな?」
着信の相手の声はしゃがれており、老人であることは確かだ。
有村はこの男をよく知っている。
直属の上司、このゲームの実行犯と言っても過言ではない。
「えぇ、順調に。例の少女の顕現も確認しました。」
「ほぉ。思ったより早いではないか。例のイレギュラーは?」
「やつは未だ存命です。今しがた他のプレイヤーに遭遇したようですが、問題ありません。なぜなら彼は―」
「ワッハッハ!そんな事はわかっておる。大事なのは彼がその少女とどのような接触をしたかだよ有村くん。まぁ良い、私も今から映像を確認しよう」
「恐れ入ります。」
というまでは良いが、通話はもう途切れていたようだった。
なんて野郎だ。とぼやきながら、スマートフォンを内ポケットにしまい、電話先の上司との出会いに思いを馳せながら会場の方へ戻る。
アレはいつ頃だったかな―
※ ※ ※ ※ ※ ※
まだ俺が大学を卒業した―そう、理系であることを良いことに研究室を借りてもう少し研究をしようかな、なんて考えていたときのことだ。
仲のいい学生もいるし、馬の合う先生もいる恵まれた研究室であった。
他の卒業生は就活をし、立派に社会に出ていったが、この際関係ない。
俺は俺の道を歩むぞ―!
と張り切ると、研究室での作業にまた没頭する。
「―くん。」
「有村くん」
「えっ!あっ!すみません!なんですか?」
あまりにも集中していて気が付かず、先生の声に虚を突かれ動転してしまう。
それに先生はニコリとすると、手前の扉。応接室の扉を少し開けた。
「君に紹介したい人がいるんだ。」
扉を開けた向こうには、優しそうな面持ちの白衣を纏った―歳は30代から40代だろうか―男性が腰掛けていて、俺の顔を見ると少し微笑みこう言った。
「はじめまして。君が有村くんだね。優秀な人材だと聞き及んでいるよ。
私は渡辺光。さぁ話をしよう」
これが俺とやつとの最初の出会いだった。
10年後―
「あの内容、わかったかな?」
「いいえ全く」
この男が言う『あれ』とは、数日前に大阪湾の漁師により海中から発見された石の塊のことだろう。
石には何やら絵や文字が彫られているようで、調査の結果この石が出来てから10億年以上は経過しているだろうとのことだ。
石、といったが材質は不明。一見石のように見えるが、その強度といい研究してもこの地球上にはこれと同じ物質はないという。
最初は、隕石のかけらが大阪湾に沈む。といった仮設を立てていたが、どれほどさかのぼってもそのような事例があったことは一切なく、また隕石に通常存在する大気との摩擦によってできた浅い凹みなどが一切ない。
お手上げになった研究室からわざわざここの所長である渡辺が高値で買ったのだそうだ。
「いいかい有村くん。近くだけを見つめていちゃだめなんだよ。もっと遠くを見てごらん」
「はぁ……」
内心とてもムカついた。所長はいつもこうだ。わかっているような顔をして、周りから一歩遠ざかろうとする。その遠ざかった先が、他者の上なもんだから、あまり慕われていないそうだ。
―わかってないくせに、知ったかぶりやがって
そんなことを思いつつも、少し疑いを含めた一種の感情から「遠くを見る」というアドバイスを参考にしてしまう。
遠くを見る、ねぇ。
有村は覗いていた顕微鏡から目を離し、その石を目視で観察する。
石の大きさはA5サイズの長方形。厚さは拳ひとつ分ほどの大きさだ。
しかしその大きさがあれどもハードカバーの書籍程度しか重量がない。
浮力もないようで、それは本当に異質なものであった。
文字を見るが、前の研究所のレポートによれば、どの言語のどの文字とも一致しないという。
遠くから。遠くから―
ぼうっとしていると、いつの間にか夢を見ていたようだ。
すっかり暗くなった部屋に、まどからすこし月明かりが射している。
「寝てしまったのか、俺は」
大切な『石』を枕にした罪悪感はあまりないが、研究所で居眠りをしてる自分を起こさなかった渡辺には憤りを感じていた。
意識がはっきりとしない中、怒りと「きれいなつきだなあ」という感情だけで存分に10分を使った後、とても馬鹿げていると自分でも思うような閃きが浮かんだ。
おもむろに机から石を取り上げ、それを窓から射す月明かりにそおっと照らす―
こんなことをして意味があるのか?
なんて思いながら半ばダメ元であったことを覚えている。
月明かりが文字に照らされる―刹那、刻まれた文字から約15cm上に、自分でも解析できる文字が浮かび上がった。
「日本語……?」
次々と浮かび上がる『日本語』、内容は昨日のことのように覚えている。日本語なんて10億年前には存在しないし―そもそも文字すら無いだろうが―俺は驚愕で目が冴え、空いた口が塞がらなかった。
そしてカバンからあたふためきながらやっとペンと紙を用意し、すぐさまそれをレポートにまとめてから夜中であるが構わず、渡辺のところへ持っていったのであった。
そして次の日、今から10年ほど前。それをきっかけに俺は渡辺の組織『A-L-I-C-E』に雇われたのであった。




