戦時標準船ラグパルナの生涯 エロエロンナ物語 -港湾都市編- 外伝
エルダと言う世界がある。
古妖精語で大地と言う意味だ。
古代王国期に活躍した〝墜ちて来た女傑〟テラ・アキツシマ曰く「天動説だし大地が丸いって知ってるんだから、地球で良いじゃん」との提案もあるが、これは採用されなかった。
今でも続く、一日が24時間で一時間が60分。
距離をメルダ法。キロ、メートル、センチ、重さをそれに対応させたトン、キロやグラムに単位を定めたテラであったが、自分達が立つ大地の名までは変えられなかった様だ。
まぁ、テラの話は本題ではない。
大体、「違う世界から墜ちて来た」とか語る神話の人物なのだから、幾らエルダ全体にその影響力が与えたとしても、遙か昔の故人である。
テラの時代から数千年後、エルダ世界の中央大陸は戦乱に巻き込まれていた。
超古代文明の突然の終焉。
魔界からの魔族侵攻による古代王国期(この時代にテラは活躍した)の、本当の意味で世界の存亡を賭けた戦い程では無く、大陸に住む住人達による覇権戦争に過ぎないのだが、それでも当事者から見れば、食うか食われるかの大戦争である。
第四次マーダー大戦。
大陸西部南方のグラン王国と、西部北方のマーダー帝国が戦った全面戦争である。
第四次とあるから判るだろうが、この二国は既に数百年に渡って覇権争いを繰り返しており、第三次大戦から二百年を経た末の戦いである。
帝国の新兵器、亜竜に乗った竜騎兵の活躍によって、帝国が勝利を収めた第一次。
対空用の弩砲によってそれが封じられ、王国が圧勝した第二次。
開戦したは良いが、だらだらと十年に渡って一進一退を繰り広げ、疲弊して停戦。どちらも何も得られなかった第三次。
それに続く第四次大戦の特徴は、海戦の比率が飛躍的に上がった事である。
どちらも艦隊を繰り出し、互いの沿岸を脅かし、時には艦隊決戦さえ起こった。
そんな中、輸送に海路の重要度がにわかにクローズアップされたからだ。
エルダ世界は剣と魔法の世界である。
大陸やら都市を浮かべたとか、信じられない様な、隔絶した文明を持っていたとされる超古代文明は一夜で滅び、その系譜を僅かながら残した古代王国期を頂点に、むしろ文明は後退しており、昔の技術を再発見する復古運動が、度々行われてきた歴史がある。
前述のテラがもたらしたとされる、コークスによる鋼鉄の精錬法すら、ようやく近年になって復興した具合なのである。
鋼ならぬ、鉄の武器で殴り合っている当時の戦いは、戦いの後、ひん曲がった剣を叩き直すとか、今から見ればギャグにしか思えぬ光景が日常だったらしい。
魔法も大半が遺失技術になっており、過去に存在したと記録される大規模で奇跡的な魔導は未だ原理すら掴めない。
だから、戦争の基本は昔ながらの刀槍と弓である。
今知られている戦闘魔法の射程が短く(概ね100m未満)、大規模な敵を撃滅する威力も無いので個人戦はともかく、戦争に向かないからだ。
さて、お題である戦時標準船。
その主役となるアーシア級のスクーナーは、元々、不足する船舶を短期間に補い、当時の交戦国である帝国の通商破壊に対抗する為の輸送船だ。
スクーナーは縦帆の帆船である。
横帆に比較すれば、追い風での推進効率は悪い。
しかし、少人数で操作が可能で風上へ向かっての切り上がり性能が高く、向かい風でもある程度の帆走性能を見せる利点もある。
この船が作られたのは時代の要求もあった。
第四次マーダー大戦当時の王国は海軍力が貧弱で、敵である帝国の私掠船に対抗出来なかった為、保有船舶の被害はかなりの数になったからだ。
この時代の通商破壊は敵を撃沈するのではなく、船を拿捕して乗組員を人質に身代金を要求する物であるから、失われたと言っても無くなる訳ではない。
が、現実的に船は敵の手に渡り、一日に数隻の船が立て続けに被害に遭うと、王国の海運は麻痺してしまった。
乗組員の補充はまだしも、船と言う奴は建造に数年から数ヶ月の時間が掛かるからだ。特に外洋向きの大型船は一旦失われると補充が効かない。
インフラ面でも問題があった。
沿岸航行が基本の漁業や商船は小型船の方が小回りが効き、税制上も有利であったから、王国内にある船渠の大半は、全長20m以下の小型船用だったのである。
当時、全長30mを超える船舶建造可の大型の船渠なんて施設も限られていたからだ。
海軍工廠に幾つか、民間のそれを併せても十指に満たない。
まして船渠は建造だけに使う物では無く、船のメンテナンス用にも使用されるので使えるドックは更に減る。
それに当時の建造法は、職人による手作りである。
設計図はあるがそれはガイドライン的な物に過ぎず、技師は手に入る材料を臨機応変に使い、現物合わせででっち上げるのが普通だったのだ。
建造効率は極めて低い。同型艦と言いつつ、形が似てるだけでサイズから何から全く別の船、なんてのも当たり前だったのだ。
「これじゃ拙いでしょ」
と、唐突に現れたのが王国海軍きっての技術士官、と後に謳われる事になる少女だった。
名前をエロコ・エロエロンナと言う。
ちなみに古妖精語で『エロ』とは光、輝きを指し、名前は『光り輝く乙女』で、姓は『エロエロ』つまり、輝きの乱反射から『波瀾万丈なる者』を意味する。
これからも判る様に彼女は半妖精族の海軍将校で、しかもティーンエイジャー後半の若い女の子であった。
彼女は王立工廠に乗り込んで当時の船大工達に物怖じせずに意見を述べる。
彼女が提案したのが船の規格化であった。
カスタムメイドで作る方式を止め、流れ作業的に統一規格の船を建造して建造ペースを上げる。材料も見直してとにかく量産向きに船を設計するのである。
「鉄材を使うなんて本当か?」
「対策さえすれば行ける筈よ。肋材ひとつに材料待ち数年なんてやってられないわ」
エロコの提案したのが木鉄混合船である。
要は竜骨や肋材などの骨材を木ではなく、鉄材に代えてしまって強度を上げると同時に、材料の入手難を解決する方法であった。
木で船を造る際、一番の問題はそれが天然資源であるのを知らぬ者は多い。
特に竜骨や肋材なんかの大物は、船の規模が大きくなるに従って、それだけそいつを造る材料が入手困難になるからである。
例えば、後世の戦列艦を例に挙げるのはフェアではないが、それを建造するのに樹齢百年を超える大木が数千本必要になるのだ。
森林資源が豊かなら問題にはならないが、それでも限度がある。
特に肋材には船の断面、曲線になった微妙なカーブが必要になるので、どんな木でも使える訳ではないのである。
わざわざそれに沿う様に木の成長段階から、わざと一方方向へねじ曲げて用材を取る手法すらあった程である。
中にはそうした用材が入手出来ず、作りかけで何年も船渠に載っていた船もあったらしい。のんびりとした時代であった。
無論、エロコはそんな気の長い建造法を踏襲する気はない。
用材がないのであれば、造ってしまえと言うのが彼女の発想で、近年、入手が可能になった鉄材を用いて船を造る様に指示したのだ。
「鉄ならば形はある程度自由に作れるし、量産にも向いているわ」
鋼ではなく、ワンランク低い材質である鉄を選んだのもコストダウンの為だ。
骨組みは鉄。外皮は木造なのは、まだ鉄船を作るまでの量産技術が発達していないからである。それは大規模な製鉄業が確立される後世になる。
鉄は潮に弱いのでと危惧する者も居たが、どの道、帆船の寿命は平均で行けば15から20年程度。直接、海面に触れて居ないのだから心配ないと断言し、防錆用に塗料とグリスを塗って保護すれば保つと太鼓判を押したのである。
錬金術を修めていた彼女は伝統的な船大工と違い、船に対する金属部品の採用に躊躇がなかったのだ。
こうして誕生したのがジーベック型戦闘艦シグルーン級である。
三艢の縦帆、弩砲46基を積んだ重装備の艦であり、王国海軍に革命を引き起こす訳だが、これの活躍は取りあえず脇に置く。
ひとつ言えるのは、このシグルーン級から産まれたのがアーシア級であり、その影響力は元になったシグルーン級以上であった事である。
但し、悪い意味においてだ。
元々、エロコがアーシア級を設計したのはやっつけ仕事であったらしい。
本命のシグルーン級の建造の合間に設計された船で、最初の要求が「とにかく手早く造れて、安い船を量産する」であった。
船名のアーシアは古代王国に実在した姫の名前で、しかも、代替わりした国王から、前国王の遺児と言う要らない王女として邪険にされ、幽閉されて死を迎えたかなり不幸な境遇にあった王女の名である。
美姫であり、悲恋の対象として劇化もされている彼女の名を付けたのは、この戦時標準船が、かなりいい加減のスペックでも構わぬとの継子扱いであった為だとされる。
「動けば良い。レベルじゃないの」
最初に提示された要求書を見て、エロコの開口一番がこれだ。
凝った設計は要らない。マストも横帆一本で可。速力も出なくて結構。安い素材でとにかく、どんどん造れ。
近年の帆船では必須となっている、船底の銅被覆すら省略せよとのお達しである。
銅で船体を覆う被覆は、船喰い虫や牡蠣みたいな水中生物対策だ。
これをしないと船底が牡蠣やフジツボなんかに汚損され、更に外板を食い荒らす船喰い虫が繁殖して船の寿命を縮めてしまうのだが、当然、銅は価格も高いし、貼るのにも時間が掛かる。だから省略してしまえとの話だが…。
「下手すると三年保たないわよ。これ」
どうせ失われる可能性が高いのだから、数で圧倒し、かつ拿捕されても相手が「使いたくねぇ」と、嫌がられる低性能船を押し付け様とする思惑が見え見えである。
量産性の大事さは理解しているが、流石にエロコも良心的な技術士官であった。
この酷い仕様書通りには造らず、改設計が施される。
まず、マストは縦帆二艢に増やされた。帆装をスクーナー型にしたのは、コグみたいな横帆ひとつでは圧倒的に推進力が足りず、機動性も劣るからである。
エルダ世界では、風属性魔法の【送風】が存在する。
これを用いれば帆船でも自在に機動力が確保出来るのだが、当然、風魔法の使える魔導士、それも六級以上の資格を持つ者ではないと満足に動かせず、それを雇える船主はある程度以上の経済力を持った者に限られる。
つまり、この船を使うだろう零細船主には経済的な負担が重く、いきおい自然の風に頼る事になるので、帆装の改善は重要なのだ。
次に一応、外洋でも航海可能な様に船底へ、安定版を取り付けた。
出来ればシグルーン級で採用されたビルジキールを採用したかったのだが、もっと単純で価格の安いフィンキールで妥協せざる得なかった。
フィンキールは単純だが船底から垂直に伸びるので、喫水が上がってしまい、浅い水深では座礁の危険がある。
センターボード式にキールを折りたためる機構を取り付ければ問題は解決するのだが、そんな手間の掛かる工事は許してはくれず、涙を飲んでこれを採用したのである。
加えて船体を可能な限り大型化して、搭載量を増やす努力をした。
ネックとなるのは、前述の通り、船渠の数である。新規にドックを建設する訳には行かないが、幸いにして海軍工廠にある大型船渠のひとつを確保出来た。
ここでエロコが考え出したのが分業である。
シグルーン級、そしてアーシア級は各地の中小造船所は船体の一部、船首か船尾だけを建造し、それを大型ドックのある主造船所まで曳航して合体させるのである。
大量生産を前提に規格化を進め、まるでプレハブ小屋を建てる様に船台にキールを敷かずともブロックを組み立てるみたいな感じで組み上げる。
これによって小型船しか建造出来ぬドックを動員して、素早く30m級の大型船を量産させる事に成功したのである。
アーシア級の設計は単純極まりなく、直線を多用して優雅さの欠片もない。材質も戦闘艦であるシグルーン級と違い、硬く高価なオーク材は使用しておらず、それより数段劣るチーク材の様な雑材を用いていた。
鉄材の使用は当然で、コスト面から船体の被膜は省略。ここは戦争が数年で終わる事を期待しつつ、コールタールによる防腐塗装での妥協を余儀なくされた。
船体に使われる船道具は、船扉、船窓、碇や舵輪、内装の船灯に至るまでシグルーン級と共通で、大量生産によるコストダウンを図っている。
性能的には平凡で、見るべき所は無いにせよ、この要求書でこの性能の船を造り上げたのだから、グラン王国海軍きっての技術士官と呼ばれたエロコ嬢の手腕が光る逸品だ。
こうしてアーシア級の量産は進んだ。
戦時中はそこそこ活躍し、地味ながら海運を支える存在となったが、問題は戦後に起こったのである。
海軍の監督下から離れた造船所が関わった時から、この戦時標準船は悪評を高める事になる。
何しろ「知的財産権。何それ?」の時代だ。
海軍が下請け用に各造船所に回した設計図は何時しか流失し、闇に出回ったそれは勝手にコピーされて管轄外の船が建造されてしまったのだ。
アーシア級の低コストぶりが評価された反面、質の悪い船が出回ったのである。
王国海軍が監督した船は海軍だけあって審査も厳密であり、安物ながら不良品なんかは当然跳ねられる。
だが、闇で勝手に造られたアーシア級は使われた素材が単に劣悪なだけであったのみならず、工作もいい加減であった。
しかし、見た目は逆に正規のアーシア級よりも上であったのは皮肉であった。
コピーには正規の船が涙を飲んで省略した、銅の被膜が標準装備であったからだ。
しかし、見た目に反してコピーはコピーでしかなかった。
正規の船は造りは安っぽくても、船の基幹である公差を厳密に守っており、普通に使う分には船としての不安はない。
対してコピーは水漏れは日常茶飯事。甚だしい物になると波浪によって船体が裂けて沈没なんてのも起こったのである。
「戦時標準船は危険だ」
との悪評が広まり、一時は雨後の竹の子の様に海上を席巻した戦標船は僅か数年で殆ど姿を消してしまったのである。
他に贋アーシア級の材質が劣悪だったのも原因で、木造船が一番恐れる乾食に冒されて崩れた船も多かった。
これは乾燥が充分ではない生木を建造に使うと、生木が乾食菌に冒されて変色してボロボロに崩れ去るのだ。
物が腐る時はじめじめして液状に崩れるが、ドライ・ロットは乾燥したまま細かく粉になって崩壊するのが特徴である。
贋船はご想像通り、充分に乾燥を施してはいない生木を多用していたのである。
が、それでもアーシア級はひっそりと生き残っていた。
無論、それは軍の造船所で建造した正規の戦時標準船である。
時代を経て、船体は銅の被膜に覆われ、フィンキールはビルジキールに取り替えられ、飾り気のない船体は改造されて装飾が施されていたが、それはまさしくアーシア級の一隻であった。
船名はラグパルナ。
最初の名はアーシア46。そして、民間に払い下げられ、何度も所有者が変わった末に、名付けられた名前である。
名はセイレーン諸島の現地語で「どうしてなのか?」を意味するらしいが、名付け親の前船主が行方不明なのではっきりした事は分からない。
このラグパルナが有名になったのは、突如、出現した大海魔に対する特攻であった。
こいつは南洋航路に出現し、王国経済の柱とも言える南洋諸島との交通を遮断してしまったからだ。
砂糖、ゴム、ジュートなどの貴重な資源が届かなくなるのは死活問題であった。だが、奴はタフな化け物であったのだ。
リヴァイアサンは水棲魔物の一種だ。
別名、クラーケンとも呼ばれ、タコやイカに似た物や、オウムガイやクラゲ他、姿の異なる幾つかの種類が存在するが、いずれも巨躯で島の様に大きい怪物である。
古代王国期の魔族侵攻の際、魔王が魔界から連れて来たとされる生物兵器で、生半可な攻撃や魔法では通用しない。
特に今回現れたのはエイの様な奴で、弩砲で投射される爆裂魔法を仕込んだ魔導弾頭の太矢を食らっても、その厚い外皮はびくともしない厄介な強敵だった。
魔導弾頭自体がいわゆる榴弾であり、貫通を目的とする徹甲弾的な性質を持っていなかったのも効かない原因だった。
無論、弩砲の太矢は貫通性を持っていて突き刺さるが、その前に弾頭の方が作動して巌の様に硬い表面で爆発してしまうのである。
「こいつを対リヴァイアサンの切り札にするわよ」
と言う訳で、船自体を巨大な爆弾として特攻させ、敵の体内で自爆させれば倒せるかも知れないと考えたのは、あのエロコであった。
既に三十路を過ぎており、海軍からも引退して予備役の将官となっていたが、半妖精だけにその容姿は当時と変わらなかったし、その才能はますます磨きがかけられていた。
大体、半妖精の寿命は人間の数倍あって30歳程度ではまだまだ若者なのである。
予備役になったのも、貴族として受勲されたからであり、本人は生涯技師として海軍で奉職したかったらしいが、領地持ちの貴族となったからには貴族当主としての義務(領地経営)から、引退を余儀なくされたのだ。
「大口を開けて船を飲み込むのなら、爆弾と化したこいつを飲み込ませて体内で自爆させてやるわ」
そして選ばれたのが、このラグパルナであった。
建造後、既に木造船の耐用年数を超えた船歴25年の老朽船であったが、意外な事に船体はかろうじて現用に絶える強度を保っていたのである。
既に船としてではなく、港に係留される浮かぶ倉庫になっていたのだが、調査の結果、使えると判断されてエロコの領地である港湾都市エロエロンナ(都市名は彼女の姓から取られている)に回航され、必要な改造を突貫工事で受けたのである。
まず船内には魔導弾頭の親玉である、古代遺跡から発掘した巨大な爆発魔導石が安置された。
これは古代の自爆装置の一種で、爆発したら小さな街ひとつは吹っ飛ぶと噂されており、発掘されたが再利用の困難さから、王立魔導アカデミーでも取り扱いに困っていた代物で、ある意味、絶好の厄介払…いや、再利用であった。
これを中心に周囲には爆発した際、周囲に被害をもたらす破片、大半が石ころとくず鉄が充填された。
帆柱は倉庫船になった当時から取り外されていたが、それを再艤装はされなかった。
代わりに取り付けられたのが、エロコ発明の噴進式機関である。
これは燃料を燃やして推力を得る画期的な機関であり、魔法文明であったエルダ世界に一石を投げかける新発明であった。
凄まじい轟音を立てるそれは、元々、別の所で開発された飛空船を推進させる為に考案された物である。
原理は単純。シャッター式の管を置いただけのいわゆるパルス・ジェットエンジンで、工作精度の低いエルダ世界でも容易に制作可能であったが、エンジン本体の薄鋼板を造る為に、ドワーフの名工が協力する等、当時の最新技術が投入されていた。
一基に付き推力約300kgとの数値は大した事は無く、速度を得る為に四基が船尾に取り付けられたが、船の常識を上回る速度で突進が可能なのは、先に行われた実験で既に実証済みであった。
そして改装されたラグパルナは護衛艦三隻を伴って、巨大な亀、タグ・タートルに曳航され(長距離自力航行が不可能であったのだ)、奴の棲む海域へと到着する。
現れた海魔にタグ・タートルが恐慌状態を起こすハプニングもあったが、そんな中で高濃度のアルコールを燃料として点火されたラグパルナは、狙い通り、猛スピードでリヴァイアサンへと突進して行った。
船を操る三人の操作員は突入直前まで乗ったままで、突入確実になると信管のセイフティを解除し、舵を固定して船から脱出する手筈であったが、それは叶わなかった。
凄まじい轟音と共に走るラグパルナに興味を抱いたのか、リヴァイアサンは急接近し、脱出する間もなく、それを飲み込んでしまったからである。
結果、海魔は身体の内側から膨れ上がってバラバラに破裂した。
離れていた護衛艦三隻も爆発の余波を食らって、危うく沈没しそうになる等、あの爆発魔導石は王立魔導アカデミーが事前に試算した威力の数倍、戦術核爆弾並みの威力を秘めていた事になるから、仮に事前に脱出したとしても結果は同じだっただろう。
アーシア級戦時標準船ラグパルナは、こうして数奇な生涯を閉じた。
しかし、彼女の残した影響は大きく、エルダでは以後、特攻の事を指す代名詞に、ラグパルナと言う言葉が使われる事となる。
そして特攻船で散った勇敢な操作員達は、エロコの推薦もあり、死後に王国から英雄として表彰され、〝爆弾三勇士〟の称号を得る事になったのであった。
プルワク・パ著『エルダ海戦史』より抜粋。
〈FIN〉
著者とさせて頂いたプルワク・パはフランスの帆船で、実在した探検船です。
正確には、プルワク・パ?で、はてなマークが付きます。
「どうしてそうなるの?」って意味で、探検家であった船主が幼い頃からの好奇心全開で、他者を質問攻めにしたのが由来だそうです。
数隻あるのですが一番有名にⅣ世は、探索航海中に行方不明になったらしいです(後に発見。生存者は一名のみ)。今、フランス政府にV世があるけど、これは帆船では無く、探検家さんとも関係ないそうです。
ラグパルナの由来は。そのパロディですね。
木造船の船体材料のお話、ドライ・ロット他の資料は田中航氏の『戦艦の世紀』を参考にさせて頂きました。古いですが帆船時代の技術を知る事が出来る名著です。